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コミックマーケット95新刊御案内

同人イベント
12 /27 2018
コミックマーケット95新刊御案内
誌名/「Battle of ZOUHAN YUURI4」
ジャンル/ガールズ&パンツァー
サイズ/B5
総ページ/28P
頒布予定価格/650円
ゲスト/信吉・Ktooonz・森野優樹
頒布スペース/31日月曜日東6ホール「チ」45b「あびゅうきょ」

内容/『ガールズ&パンツァー』2次創作漫画第4巻。
「戦車道」を隠れ蓑にした中国共産党配下の文化大革命学院による怒涛の大洗侵攻作戦。
プラウダ高校は蹴散らされ、アンツィオ高校は逃亡し、サンダース大付属高は撤収、知波短学園は玉砕し、聖グロリアーナ女学院は利用された挙句、裏切られる。
更には高速増殖炉『常陽』も占拠された。
風前の灯火となった大洗町で次々と倒される大洗女子と黒森峰の学徒達。
中国共産党に乗っ取られた日本戦車道連盟に、もはや何の権限もなかった。
その状況を打開するため、各家元の要請によるサンダース大付高主導の救出作戦が展開される。
しかし、包囲網突破を試みるも情報を察知され、逆に粉砕されてしまう。
文化大革命学院は容赦なく敗残各校の生徒を殺戮していった。
陥落が時間の問題となった大洗町に新たなる脅威が迫る。
西住姉妹はこの「地獄」から生きて生還できるのか?
ガルパン造反4表紙版下aa ガルパン造反4版下05頁aa ガルパン造反4版下06頁aa ガルパン造反4版下07頁aa ガルパン造反4版下08頁aa ガルパン造反4版下09頁aa  
またその他オリジナル既刊本も頒布予定。

その他
新刊「マンガ論争20」にコラム「あびゅうきょ妄言通信出張編」連載中
頒布スペース/「マンガ論争」頒布スペース

『漫画の手帖』各号にコラム「あびゅうきょ妄言通信」連載中

よろしくお願いいたします。

平成最後の師走妄言

報道
12 /09 2018
気がつくと12月上旬。
コミックマーケット新刊原稿に加えて、諸々依頼原稿が重なってブログ更新の間が空き過ぎた。
ツイッターで短いコメント近況など書いてしまうとブログのほうが疎かになってしまう。

11月から12月にかけて耳にした巷のニュースも落ち葉と共に記憶から脱落していく。
そうなる前に備忘録を認める。

山手線の新駅名とか、自動車会社の外国人会長逮捕とか、もう堕ちるに任せている日本の哀れな守旧既得権者最後の虚勢に感じて香ばしい。
実感のない「好景気」やらで日本の既得権経営者辺りは調子に乗っているようだ。
提携外国企業に乗っ取られる前に明智光秀よろしく、会社を救った外国人経営者の首を取ったつもりだろうが、所詮は凋落日本。
この会長がいなくなったところで、遅かれ早かれ外資に頼るほかなくなる。
かつて栄華を誇った日本家電メーカーが悉く外資に投売りされていくのと同様にね。
これは「終わりの始まり」に過ぎない。

重ねて噴飯なのは、山手線駅新駅名。
カタカナを付ければ「ナウい」とでも思ったのか?
カタカナが斬新と信じたいなら己の戒名にでも付ければよろしい。

外国人労働者を導入するとかで国会は騒がしい。
「人手不足が深刻」とかいっているが、いずれ景気が下がれば「人余り」になる。
そうなったとき、どうするのだ?
水道民営化もサマータイム同様に、世界の趨勢と周回遅れの愚行。
外国人労働者導入も諸外国の状況を窺えば解ろう。
結局は治安悪化でナショナリズムを煽る結果しか生まぬ。
そもそも、こんな超少子化を放置したのは誰か?
婦女子から母親になる選択を妨害し、亡国状態を作った既得権者たちこそが罰せられるべきだ。
「産めよ増やせよ。富国強兵」の何が悪い?

天皇家の次男が大嘗祭をもっと簡素にせよと述べられたとか?
皇室が政治に関与することは憲法によって禁じられているはずだが、よほど浩宮殿下のご即位が気に入らないのか?
本心ではこの次男が「我こそが次期天皇に相応しい。兄は退位しろ」と考えていらっしゃるかも知れぬ。
確かに浩宮殿下には男児が居らず、幸薄き境遇であることはたしか。
現天皇陛下の話題は事欠かぬが、来年即位される浩宮殿下に関しては、このような散々たる話しか出てこない。
平成の次の世が否応なしに暗く感じてしまう。
お労しき浩宮殿下。
自分と同じ世代だからこそ、この苦境がよく解る。
浩宮殿下にも我が「影男煉獄シリーズ」を拝読戴ければと思う。

ヘリコプター搭載護衛艦をいよいよ空母化するとかなんとか。
これも40年前に実施すべきものを今更寝言か?
空母艦載機を導入するお金、搭乗員育成、人材発掘・・。こんなものは高度経済成長期にやっておくものだ。
低成長、超少子高齢化、人口減、若年層の減少期にこんなプロジェクトなど「砂上の楼閣」で終わる。
傭兵でも雇うのか?
これも「産めよ増やせよ。富国強兵」を怠った報いだ。
もっとも日本に空母機動部隊など「同盟国」であるはずの米国すら許さないだろう。
日本の「核プロジェクト」が悉く頓挫するように、空母構想も米国の妨害で永遠に「絵に描いた餅」で終わる。
衰退日本においては、もはや何をやっても「気づいたときにはすべて遅すぎる」のだ。

中国が月の裏に探査機を送り込むという。
米国も火星に新たな探査機を着陸させた。
列強は太陽系フロンティアに次々と既得権益を構築している。
ところが日本は未だに「技術者のマスターベーション」のような実証試験とかいう、実証された頃には時代遅れになる不毛な衛星を自慰のように飛ばしているだけ。何たる愚行か。
小惑星の砂を拾ってきたところで、飯の種にはならない。
己の国が豊かに生き残りたければ、米中のように国家権益のために宇宙開発しなければいけない。
いますぐ火星にセクサロイド型美少女ロボットを送り込み、火星のプラズマ生命体と融合して火星征服しなければいけない。

超少子高齢化も空母機動部隊も労働力も企業再生も宇宙開発も天皇家世継ぎも、セクサロイドのような人間に代わるアンドロイドに託せばすべて解決する。
日本が唯一、成長繁栄出来るのは超レプリカント増産しかない。
マンハッタン計画のごとく、国家予算の総力を投じて美少女レプリカント戦士開発増産に賭けるのだ。

だが、この日本にそんなプロジェクトを遂行できる「まともな人材」はもう望むべくもない。
この国の民は守旧的世襲という「腐敗物」と、劣化紅衛兵のような「毒物」という愚の骨頂しか選択出来ないのだ。
だからこの日本に「希望」という字は存在しない。
ただ時に委ね、皆、年老い、朽ちて終わっていく。

平成最後の師走妄言終わり。

ハロウィン妄言

日常
10 /27 2018
気がつくともうハロウィンだ。
今年のハロウィンカード。
ハロウィン1810色ab
季節的には冷暖房も要らず、心地よいシーズン。
このハロウィンというイベントが日本で盛り上がり始めた10年位前は、妙に心地よいものだった。
しかし、最近はどこか俗っぽい面が肥大化して新鮮さが失われつつある。
あとお祭り騒ぎに対する抑圧も何だか冷や水を浴びせているような。
クリスマスに並ぶ一大商期に成長したから、このまま萎むということはないだろうが、お祭りとしては基礎が軟弱で方向性が定まらない。

某コーヒーショップ(フランス語で黒猫)がこのシーズンにコップに乗る「ふちねこ」のハロウィンバージョンを景品として出している。

ドリンク3杯分のレシートで一つ貰える。全部で5種類。
特に集めるつもりはないのだが、何となく気になって手を出す。
10月末日までなのでもう粗方都内の店舗では在庫切れ。
わずかに吉祥寺の店舗に残っていたので、わざわざ3杯分のドリンクを1日でオーダー。
かなりお腹に来る。
最低でも600円以上はかかる。
普通の小物ショップで売っていたら100円でも買わなかったろう。
IMG_20181026_200829aa.jpg
やはりモノを売るためには、話題性、希少性、期間限定感を醸し出し、購買欲を煽る戦略が必要だということを学ぶ。
店にいた間、半数以上の客がこの「ふちねこ」をレジでGETしていた。
中には数人で来店し、一気にドリンクをオーダーし、複数景品交換する客も。
日本は平和だ。

最近は電子書籍関連のアプローチが多い。いろいろと原稿依頼や電子出版の依頼を頂く。
既刊作品ばかりでなく、オリジナル連載配信も増えてきたようだ。
電子書籍だから在庫管理、取次、流通、印刷費等から解放され、もっと伸び伸びと広範囲なジャンルで展開出来そうな印象を持つが、実際は紙の媒体と大きな違いはなく、確実に売れるジャンル以外は、あまり冒険的な作品を欲しない。
だから自分のような特殊でマイナーな漫画家の作品は電子書籍でも掲載のハードルが高く、なかなか企画が現実化しない。
時代は確実に電子化に向かって入るが、電子書籍ジャンルは紙媒体に比べ、まだまだ業界規模が小さく、先行投資する余裕がないようだ。
だから結局Kindleのような巨大外資系に席捲されてしまうのだろう。
描き手からしても、印税70パーセントは魅力。
但し、個人出版だと、宣伝、経理、作品管理等全部自分で処理しなければならず、相当な知名度がないと商売にすらならない。
ある程度は既存の電子出版社と組み合い、柔軟で多角的な販売戦略を構築していく手立ては必須と思う。

ところで既存単行本を電子化する場合、ほとんどが「底本」からのスキャンに頼っているという。
「底本」とは紙媒体で出版した本を指す。この「底本」をそのままスキャンして電子化するということだ。
自分は今のところ、「底本」を使った電子書籍化は一部の同人誌を除き、実施していない。
一旦、印刷された作品は線が掠れたり、潰れたりして原画の魅力を著しく損なっている。
特に自分のような細かい描写で構成された絵の場合は影響が大きい。
繰り返しになるが電子書籍化する際は、すべて原稿からグレースケールでスキャンしなおし、ゴミや下書きの線を取り除き、ネームも改めて打ち直して版下を作る。
これが思ったよりも手間が掛かる作業で、単行本一冊分に一ヶ月位掛かってしまう。
拘りがあるので、人に任せる訳にもいかない。
だが、自分の作品をよりクオリティーの高いレベルで読者に観て頂くためには当然の工程だと考えている。
単に「底本」をスキャンして電子書籍化するという手法が自分には理解しがたい。
描き手の漫画家のほうもこれで満足なのだろうか?
これが電子書籍がいまひとつ伸び悩む理由なのかもしれない。
もっとも改めて原稿からスキャンするというのは膨大な作業量になるからその経費を考慮すると商業レベルではペイしない。
だから漫画家側も電子書籍出版社側も安易な「底本」スキャンで妥協しているのだろう。
が、読み手からすれば電子書籍ならではのクオリティーを欲しているはずだ。
でないと有料でダウンロードする理由付けが希薄になる。
いずれにしろ、こういう手間を省いていては、なかなか電子書籍の未来は開けないと思うこの頃。

昨今ニュースで流れる様々な「報道」は、もう数日で忘れてしまう。
ちょっと気になった事も、あっという間にどうでもよいことと化す。
昨日も、中東のどこかで人質になった「フリージャーナリスト」が解放されてどうのこうの云々というニュースが流れてきた。
巷では「プロ人質」だとか「自己責任」だとか、その是非を巡って不毛な呟きが行き交う。
もう最近は、どっちの立場にしろ、「己の正義」をSNSという「肥溜め」に投げ込む糞尿中傷合戦には辟易。
その「飛沫」が飛んできたところで何の徳にもならない。
貴重な限られた人生を無駄にしないためにも首を突っ込まず、スルーするのが一番だ。
どうせ数日経てば忘れてしまう。
でもまあ、定かではないが国家レベルの「救出劇」に発展したに拘わらず、この人は取り合えず「ジャーナリスト」としてこれからも生きていけるのだろう。
一方で、たかがスマホで女性のスカートの中を「盗撮」しただけで社会的信用を失ってしまう男性と比べると、あまりにもその行為と結果の格差が激しく、香ばしい思いに駆られる。
こんなどこか狂っている「メディアの正義」に翻弄されては、本当に人生の無駄である。
相手にしないのが身のためだろう。

テレビで『もののけ姫』を放映していた。
公開されてからもう21年も経っているのか?
当時即興で描いた主人公アシタカの落書き。
アシタカ19970730aa
ちょうど最初の劇場版『新世紀エヴァンゲリオン」もこの年だった。
世紀末の緊張感漂う1997年界隈。
この二大ヒットアニメ作品が当時の時勢を象徴していた。
『もののけ姫』のラストで、ヒール役のジコ坊がこう呟いた。
「いや参った参った。馬鹿には勝てん」
これが当時の宮崎駿氏の本音なのだろう。
レプカにしろ、カリオストロにしろ、ムスカにしろ、四角い顔の悪役は皆、宮崎駿の分身だ。
若者は馬鹿になれる。歳とって分別つくと、新しい思考が出来なくなる。
年老いて硬直していく己を嘆いたのかも知れない。

日本は超高齢化社会を驀進中だ。
もう「馬鹿」になれる者もいなくなり、滅びの道を行くのみ。
あるのは右も左も上も下も「老害似非正義」ばかりなり。
アシタカやもののけ姫みたいな「昭和純愛カップル」などもう望むべくもない。

新たな世代が生まれなければ一巻の終わりである。
ハロウィン妄言終わり。

9月諸々

日常
09 /28 2018
もはや9月も終わろうとしている。
台風24号が沖縄の南辺りで停滞し、秋雨前線が関東地方に長くかかっている。
典型的な秋の長雨パターン。
東京は梅雨時よりも9~10月の秋雨のほうがダメージが大きい。
昨年も、この時期尽く週末雨に降られてイベントが潰れてしまった記憶がある。

少し前になるが、東京駅の美術館で開催されていた「いわさきちひろ」展を観た。
練馬区にある専用ギャラリーにも過去赴いたことがあるが、今回はスペースも広く大規模。
いわさきちひろといえば、自分の幼年期、すなわち1960年代のシンボリックな絵本画の典型であった。
学校の図書館や病院などの待合室には必ずといってよいほど彼女の本が転がっていた。
テレビまんがばかり観て、児童文学や絵本をまったく読まなかった自分ですら知っている作家。
今思うと、思想的にバイアスがかかっていてやや複雑な気分になるが、いろいろと経歴なんかを垣間見ると山の手のお嬢さんという感じで裕福な家庭に産まれたが故に自由な創作活動が許されたんだろうなあと羨ましくなる。
実家が裕福でないと、クリエーターが大成することはなかなか難しいのは今も昔も変わらない。
そういうことばかりが気になってしまい、作品自体の感想は二の次になってしまう。
しかし、シンプルな線で情感を表現するのは、1960年代特有だ。
『ねこじゃら市の11人』のオープニングと同じだ。
あの頃は若者が人口比の多くを占めていた。
だから、常に皆前のめりに生きていた。
が、若年層は多かったが、大学生の数は全体の2割程度。
高度成長期の企業にとっては大卒は貴重な人材だったから、学生運動等で多少暴れてもいくらでも就職口は見つかった。
火炎瓶を投げてゲバ棒振り回しても終身雇用が約束されていた時代。
今だったら、大学生など特別ではないから、下手な運動したらもやまともな所には就職できない。
いわさきちひろの絵を観ていると、そんなエネルギー溢れた1960~70年代の残滓が迫ってくる。
昔の左派系新聞に連載していた「働く女性」みたいなコラムに真空管を手作業で作る女工エピソードの挿絵が紹介されていて、古き良きアナログ時代は遥か古に遠ざかってしまったことを改めて感じる。
別に真似した訳ではないが、いわさきちひろ風に水彩を淡く溶かした絵を描いたことがある。
これは自分の学生時代に描いた落書き。
昔の水彩画1979aa
だがこんな画風で漫画は一度も描かなかったな。

もうひとつ、自分の学生時代の後輩が出展している展示会にも足を運んだ。
国立の閑静な住宅街の中にあるギャラリー。
現代芸術っぽい作品が多い。参加しているのはアマチュアの方が多いのだろうか?
しかし芸術にアマもプロもない。アートとはそういうものだ。
出展物の中に、蛇状に長いルービックキューブみたいなものがたくさん机に置かれていたコーナーが。
観覧者が自由に造形してよろしいと案内されていたので、ひとつ徐に手にとってくねらせる。
そしてタイトルも記す。
題して「58才児」。
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適当に赴くままに作ったので主張も何もない。
強いてあげればそんな無目的に時間を過ごしていたらまともな造形物に至らぬまま還暦近くまで子供のまま年取ってしまった事を訴えてみたと、適当に自分を納得させる。
暫くすると、50代くらいの女性グループがこのオブジェの前を通りかかり、笑い出した。
「58才児ですって。ぎゃはははは」
多少でも反応があるだけマシだという事か。

更に、知人のアマチュアバンドライブにも顔を出す。
1970~80年代のJPOPsである。
「おやじバンド」ブームというのがあって、定年近くの会社員が組んで若き時代のニューミュージックを演奏するグループが増えた。アマチュアといっても腕や歌唱力は馬鹿にならない。
あの頃は才能があっても、一般企業に就職する以外、選択肢はなかった。
プロになるのは極々限られた者だけ。
今のようにユーチューブなんかなかったからアマチュアの自己表現の場など限られていて、サラリーマンになったらひたすら滅私奉社の時代。
会社員やりながらバンドなど不謹慎といわれた。
みんな趣味を捨てた。思えば乏しい時代。
そんな世代が子育ても終わり、余裕が出てきて再びかつて爪弾いていたギターを取り出し、歌いだしたのだ。
一流企業に勤めている人が多く、定年後も年金で潤える世代だから皆、悠々自適。
「いわさきちひろ」と同じである。

還暦とは次世代を育み終わり、これから悠々自適に余生を楽しむ入り口なのだ。
しかし、そのためにはお金がいる。
お金のない絶望独身男性還暦は惨めだ。
表現活動を趣味ではなく、生業にしている者は生涯現役で死ぬまで仕事で描いていかねばならぬ。
描けなくなったらおしまいだ。
「58才児」に余生を楽しむ60代はやってこない、としかと心得ねば。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/