『メアリと魔女の花』を観る

映像鑑賞
07 /13 2017
元ジブリに所属していた米林監督の最新作『メアリと魔女の花』を観る。
スタジオジブリがなくなってしまったので、元スタッフが新たに立ち上げたスタジオが制作している。
なぜジブリが製作部門を閉鎖したのか知らない。宮崎駿監督が「引退」したからと伝え聞くが、「ジブリブランド」の看板を下ろす理由が思い当たらぬ。優秀な人材が拡散するだけで利するものはないのにと素人目には映るのだが。
なぜ、ディズニーのような体制を維持できないのか?
日本コンテンツ産業の地盤の薄さに危惧する。
それはさておき、ジブリブランド亡き後、その正統なる継承作品第一作目がこの『メアリと魔女の花』らしい。
テレビCMなどで予告編を観ると、これまでのジブリ作品のエッセンスをミックスした雰囲気が醸し出されている。
「ジブリブランド」を継承しているのは間違いなさそう。
(これ以降はネタばれ注意)
公開初日の土曜日に観賞。
都外の県庁所在地に位置するシネマコンプレックスで夕方の回。
初日にも拘わらず、なぜか空席が目立つ。
理由は解らず。満席だと思っていたので拍子抜け。
主人公メアリのキャラクターは赤毛でどことなく、高畑勲演出の『赤毛のアン』を髣髴とさせる。
黒猫を従え、箒に乗って空を飛ぶ役柄は『魔女の宅急便』のキキにかなり近い印象。
他にもジブリ作品で「見たことのあるような」場面設定、キャラクター、演出が至る所に見られる。
しかし、やはり従来のジブリ作品とは根本的に違う。
第一印象としては、作画などは確かにジブリの水準を保っており、遜色はなかったが、内容は「ポケモン」や「妖怪ウォッチ」等の子供向けテレビアニメの劇場版といったところ。
更に時事ネタ的なバイアスがかかった演出もあり、やや興ざめする場面も。いつものジブリ作品とは程遠い印象。
宮崎駿氏が東映動画時代からジブリまで継承してきた「冒険活劇」という要素は殆どなかった。
『ポニョ』以降の宮崎ジブリ作品は、老齢ゆえ精彩を欠いて妙な「自己完結」作品で終わってしまった感があったが、それ以前の宮崎アニメは確かに「血沸き肉踊る」冒険活劇ロマンを維持していて期待を裏切らなかった。
だがこの作品には、その真髄がない。
勿論、『メアリと魔女の花』は別人の米林監督作品であるから、宮崎アニメと異なるのは当たり前なことは解っている。
しかしどうしても元ジブリスタッフが手がけていることで、否応にも比較してしまうのだ。
観る者が期待しているのは、ジブリブランドを正統に継承する作品。
だから、米林監督は望む望まずに拘わらず、歌舞伎役者や落語家のようにジブリ一門を受け継ぐ、「2代目宮崎駿」の襲名を背負わされてしまっている。
その観点からすると、庵野秀明氏、新海誠氏等と比べ、不自由な立場にあるのかもしれない。
結局、作品内容的に思い入れて鑑賞する事はなかったのではあるが、妙なことに主人公メアリのニーソックスとスパッツが気になって仕方なかった。
『魔女の宅急便』のキキは黒いワンピースに幼女の履く白い提灯ブルマのようなパンツ姿で味気のないものだったが、メアリは若干大人っぽく描かれているため、その部分が変に「ジブリブランド継承作品」らしからぬ猥雑な印象を発するのだ。
良くも悪くもメアリの「スカートの中」とニーソックスが『メアリと魔女の花』最大の収穫であった。
メアリ170711 仕上げ

諸々近況お知らせなど

日常
06 /29 2017
気が付くとブログを一ヶ月も空けてしまった。
諸々、描かねばならぬ事があっていつものルーチンとは違う2017年初夏。
まず創作活動お知らせ
●コミックマーケット92は、日曜日8月13日東7ホール「こ」41aです。
●漫画の手帖TOKUMAU16号に「妄言通信27」掲載。
よろしくお願いします。
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6月は様々な収穫シーズン。
東京の住宅街でもいろいろ採れる。
初旬には、家の庭に実った梅を収穫して、梅シロップや梅酒に。
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下旬には知人宅で李を御裾分け頂く。
大量に実るから採りきれないほど。
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これでジャムを作る。
自分の手で果実を捥ぎるのは気持ちが良い。
太陽の光と水と土壌からだけでこのような果実が生まれるのは、ある意味不思議だ。
こんな当たり前なことが、特別に思われるくらい、今の世はどこか歪んでいる。

6月末の妄言

報道
06 /29 2017
気が付くともう6月が終わろうとしている。
近日、頓に精神的、肉体的に代謝が衰えていることを実感する。
以前だったら3日で片付く事が一週間たっても終わらない。やらなければいけないことがどんどん先延ばしになっていく。
なぜなら、やるべきことの前に、片付けなければいけないことが終わらないからだ。
どこに時間が吸い取られていくのだろうか?
以前はこれほど酷くはなかった。
歳を取るということはそういうことなのかもしれぬ。
少し代謝を高めるために役に立つか解らぬが、久しぶりに「パチンコ屋のチラシの裏」に妄言を記す。

どこかの古典舞台役者の元放送女流朗読担当勤務だった妻が病で倒れたことを世界の終りのごとく取り上げていたと思ったら、今度は卓上ゲーム少年の連勝記録に血眼になるマスコミ。
「人の不幸」の次は、卓上ゲーム少年の昼ご飯が「国家の一大事」だそうである。
去勢された宦官みたいな痩せ細男子アナウンサーが、胡散臭さに輪をかける。
両方、関心もないから見ようとも思わないのにも拘わらず、耳に入ってくる。
もっと国民に伝えるべき事柄があるはずなのに、相変わらずだから、ますます、新聞、テレビを観なくなる。
それでもまったく無視出来ぬからいくつか反応してみることにした。

少し前、ニュースで「週休3日制」のことをやっていた。
一週間に3日休むのだという。
一方で、小学校の夏休みを短縮して「10日間」だけにする自治体があるとか。
「休暇」という概念の感覚がよくわからない。
「週休3日」も「夏休み10日」も、誰が渇望していたのか知らない。
少なくともそんな世論が沸騰していたなんてことは聞いたことがない。
ニュースでは週休3日にしないと、若い社員が会社に残らないとか、夏休みを10日にしないと教師が過労で苦しむとか理由を流しているが、俄かには信じがたい。
誰の、何のために、そういう休日の取り方を決めるのが、胡散臭さだけが残る。
いっそ、「月月火水木金金」を標榜するほうが、信用できる。
少なくとも、胡散臭さはない。
自分が子供の頃は、休みは日曜日だけだった。
それでも、過酷だとは感じなかった。
一方、夏休みは40日が当たり前でそれを短縮するなんで狂気だとさえ思う。
夏休みが10日になれば良くも悪くも「夏休みの思い出」というものが、存在しなくなる。
普段の授業時間が短縮されたところで、学校に通うことには変わらない。
机上の空論で、夏休みを子供から奪って、教師に楽させるという発想自体、何か間違っている。
「休み」という概念が狂い始めた。
たとえ、週休7日になったとしても、恐らく意味不明な理由付けで週休10日になるのではないか?
誰も望んではいないのに。
そして「週休10日」になったとて「幸せ」になれる人は現れない。

どこかの国会議員が、秘書に暴言を吐いて、そのパワハラ記事が週刊誌に載ったり、暴言音声がテレビから流れ出ていた。
正直、どうでもよいのだが、しかし、ある意味、国会議員と秘書との関係はあんなものだという話も聞く。
程度の差はあっても、議員なるものは格下の人を人間扱いしない。
そんな人格に問題がある者が、選挙や国会質疑のときだけ「聖人君子」を装う。
何かに似ていると思ったら、高校野球だ。
「さわやか」とか言っておきながら、実態は暴力、いじめ、パワハラ、狂気の巣窟。
「清き一票を」なんて街頭で頭を下げていながら秘書に暴言を吐く候補者と、「さわやか甲子園」に出るために学徒を「野球人形」として泥まみれにさせて制裁を加えている部活指導者と妙にシンクロする。
あのパワハラ議員もいっそ、記者会見でこう言えばよいのだ。
「東大卒以外は人間の屑だ!愚民共、私に投票せよ!逆らうとあの秘書のように酷い目にあわせてやるから覚悟しな!私には議席が必要なんだ!政策なんてどうでもよい!国がどうなろうと知ったことか!お前らが路頭に迷おうと、中国が攻め込んできたとしても知ったことか!国会議員であればアメリカに亡命できる特権があるんだ!生き残りたいんだ!だから私に投票せよ!解ったか愚民!」
今、真っ盛りの都議会選で、もしこんな街宣をしていたら、その人に投票してもよい。
なぜなら少なくとも嘘は言っていない。
やはり「正直者」が議員になるべきである。

テレビを見ていたら「空襲警報もどき」のお知らせが時々流れる。
なんだこれは?
アラードが出たら、地面に伏せろとか、家の中に入れとか?たぶん朝鮮半島北側のミサイル弾着に備えよという趣旨なのだろう。
しかし、己の領空に敵性国の弾頭なり、爆撃機に侵入された時点で、もう戦争には負けている。
かつての大戦中、防空意識云々を叫んでみても、B29に侵入されたら為すすべもなく焼け野原にされたのを忘れたのか?
国家安全保障の立場に鑑みれば、まず目標とされないこと。そして同等以上の報復手段を持つことが必須。
それがない国は独立国とは言えない。
それを他国に依存している時点で終りだ。
だから日本は独立国ではないし、いずれまた「勝てない戦争」に引きずり込まれて、酷い目に合うのだろう。
これも建前と本音を使い分けて、既得権に縋りつく守旧的な偽政者たちの「賜物」。
そしてそれを選んだ国民自身から出た錆だ。
もはや選挙制度自体が硬直して、未だに1950年代の価値観で動いているのは滑稽ですらある。
そして、それを是正しようとする者もいない。
この国も終わりが近い。

少し前だったか、朝日新聞夕刊の「オトナの保健室」というコラムに、個々の男女間情事を日本文化全体の悪癖と決め付けてすべての日本男性の基本的人権までを抑圧すべしと促す趣旨の記事が目に留まった。
これを書いている「活動家」のことは知らないし、関心もない。
どんな主張をしようとその人間の自由だし、世迷言だろうが何だろうが人の勝手だ。
だが、新聞はネットのような「トイレの落書き」、「パチンコ屋のチラシの裏」ではなかろう。
いつの世も偽政者は「世迷言」や「妄言」を、さも価値のある「正論」として担ぎ上げて、世論を扇動する「道具」として利用する。
この「活動家」もそんな類の一つだ。
科学的根拠もなく、情緒的、恣意的な「妄言」をさも「真実」として世に放ち、態々外国人記者の前で会見させたりする機会を設けるなどということ自体が、それを証明している。
これらは、日本女性の人権や自由を守るためではない。
日本文化、国家の基本的基盤を崩して、国外勢力の権益確保のための「文化、経済侵略」の一環に他ならない。
己が非難している「性ビジネス」の胴元が、日本人から国外勢力に変わるだけ。
搾取される方法が巧妙になるだけで事態は変わりはしないのだ。
「活動家」本人がこれを自覚しているか否かは知らない。
だが、己が怪しげな勢力に担がれていることぐらいは、知っておいたほうがよい。
利用価値がなくなった途端、ゴミのように捨てられるだろうから。

以前もブログに記した事があるが、旧大戦中に戦争日記を記していた徳川夢声が終戦前後に何回も延べている噂話。
「進駐軍がやってきたら、日本男子は皆、睾丸にレントゲンを当てられて種無し去勢される」と。
物理的には、そのようなあからさまな行為はなかったかもしれないが、こんな記事が全国紙に平然と載る現実を鑑みると精神的には戦後70年以上経った今も、営々「日本男子去勢化工作」が続いている事実を実感する。
ただでさえ、超少子高齢化、生涯未婚率が急騰しているのにも拘らず、男女間交流を「犯罪化」して、出会いを阻み、人口減少に拍車をかける記事を掲載しているのだ。
これで誰が得をするかを考えれば、その背後に「誰」がいるか容易に想像できる。
どんな些細なことですら、事の真偽に拘わらず、男子が女子にアプローチすると「犯罪者」として強制収容所行きを目指しているのは明らか。
最近、痴漢容疑者が必死になって線路上を逃げるのも頷ける。

以上、妄言終了。
ここまで書いて代謝が上がったかは、不明。
むしろ、貴重な限られた人生をまた無駄にしたか・・。

他に代謝を高める何かを探さねばならぬな。







商業単行本キンドル化健忘録&『晴れた日に絶望が見える』キンドル版発刊のお知らせ

創作活動
05 /28 2017
「電子書籍は本の墓場」と聞いたことがある。
実際のところ、それが本当がどうかは知らない。
いずれにしろ、「本」が紙の媒体から電子化に移行するのは避けられぬ時代の趨勢。
著作物を出版することを生業にしている限りは電子書籍が「墓場」か否かに拘わらず、その流れの中で生き残っていくことを模索していかねばならない。
10年以上前から、自分の商業単行本の電子書籍化は行っていた。
『快晴旅団』や『風の中央鉄道』はこちらでDL出来る。
http://www.ebookjapan.jp/ebj/author/198/
https://comic.k-manga.jp/search/author/2524
また同人誌もDLサイトなどで頒布出来るようになっている。
http://www.dlsite.com/home/circle/profile/=/maker_id/RG13792.html
これらは基本的に原稿データを業者さんに渡して、フォーマットなどはすべてお任せだった。
キンドルにも数年前、試験的に『多摩モノレール堰場幻影』をアップ。
この時は経験のある知人にお願いして作成して頂いた。

今回は幻冬舎コミックスで刊行された『晴れた日に絶望が見える』他数巻分をすべて一挙キンドル化しようという企画である。
単行本およそ3冊分。
総ページ500ページ近い。
これを全て自分でキンドル化するという試みだ。

●版下制作
さて、紙の媒体から電子書籍化するには様々な方法があるようだ。
一番、簡単なのは元の単行本を裁断して、単純にスキャンして電子書籍の版下にしてしまうというもの。
「自炊」とか言われるものに近いのだろうか?
ただ、これでは印刷したものをそのまま取り込むだけなので印刷による絵の劣化、ミスもそのまま出てしまう。
自分は極力、そのようなイージーな方法での電子書籍化は避けてきた。
まず、自分の漫画は絵が細かすぎて、縮小印刷されると線が潰れたり、掠れたりして原画の細密感が著しく損なわれてしまう。
そもそも単行本化された自分の本で満足に値する印刷のクオリティーに達するものは少ない。
白黒2階調印刷では原画再生は難しいのだ。
だからそれをそのまま、電子書籍の版下に流用することは最初から考えていなかった。
既存の電子書籍も一部の同人誌を除いて元原稿から高解像度でグレースケールでスキャンし、修正したものを版下にしている。
今回のキンドル化も、全て元原稿をグレースケール(カラー原稿はRGB)でスキャンしたものを使う。
また、台詞もすべて改めてタイピングして吹き出しに配置するので、膨大な作業量となる。この工程は知人に手伝っていただいた。

さて、まずその取り込んだ原稿データであるが、「影男シリーズ」を描き始めたころは単純にスキャンしただけで、細かな修正、補正が済んでいなかった。
グレースケールの場合は、白黒2階調では反映されない細かなゴミや数パーセントのグレーも出てしまうので、フォトショップで1枚1枚200パーセント拡大でチェック修正していく。100パーセントでは見落とす場合もあるからだ。
なので、1枚の原稿を処理するのに15分以上かかる。
根気のいる作業だ。
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基原稿チェックが終わると、今度は電子書籍のフォーマット、サイズに合わせる作業だ。
取り込んだだけの原稿サイズは微妙にバラバラで縦横紐も違う。
これも統一しなければならない。
ただ、作業を始めた当初、キンドルのフォーマット、縦横比率、解像度がいまひとつ解らなかった。
ネットで調べても、人によって制作時期によって様々違うので汎用テンプレートも存在しない。
そもそも電子書籍を見る末端のディスプレイサイズが統一されている訳でもないので決めること自体、無意味なのかも。
煮詰まってきたので、いっそのことA5サイズの紙媒体用の版下で作ることにした。
これなら、テンプレートはあるし、いずれ紙媒体で書籍にする時にこの版下を流用できる。
これは数年前、試験的にキンドル化した『多摩モノレール、堰場幻影』時と同じ方法。
大きさは縦21.6cm(4422ピクセル)、横15.4cm(3153ピクセル)。解像度540dpi。
これはあくまで印刷前提の版下である。
これを3巻分作る。
但し、紙媒体のコミックス1巻をそのまま電子書籍化するとかなりの容量になってしまい、扱いにくくなる。
だからといって1Pあたりの解像度を落としてしまうとクオリティーも墜ちてしまうので一冊120Pが限界か。
第一巻の『晴れた日に絶望がみえる』も120Pに減らした。
おそらく、そういう理由も鑑みて電子書籍版「影男煉獄シリーズ」は4巻ぐらいに分けようと計画している。
台割は若干変更しなければならない。

●電子書籍版下に変換
印刷前提の版下が完成したら、これを電子書籍用版下に変換する。
まず、キンドル書籍制作の定番である「キンドルコミッククリエーター」をダウンロードする。
基データの解像度は電子書籍末端の種類によって異なる。
比率が4:3の場合は1280×960、比率1:1.6の場合は1280×800で作る。
解像度縦最大値は1280ピクセルらしい。だが比率さえこれに収まれば解像度が高くても問題ない。
比率は精密にこだわると煮詰まってくるのでぴったり合わなくても良いことにする。
印刷用A5版下を縦1280ピクセルにあわせると横は913ピクセルになるが、多少の比率の違いはスルー。
で、このフォーマットに合わせて、先に作った印刷用のPSDファイルをJPGファイルに変換縮小。
電子書籍だから解像度は72dpiに落とし、縦は1920ピクセル×1369ピクセル(縦横比率はそのまま)に。
縦1280ピクセルまで落としたくなかったので、比率は同じでやや大きめの解像度で制作し基データを揃える。
それを「キンドルコミッククリエータ」に一括取り込み。
が、並べられたページ数が印刷用版下ノンブルと合わぬ。0ページとかも出来てしまう。だがキンドルにアップされるとまたページ表示が変わってしまう場合もあり、このあたりは拘るとまた煮詰まってしまうので、ページのズレは順番さえ合っていれば気にしないことにする。修正方法もあるらしいが今回は先に進める。
他の電子書籍を見ても印刷書籍用ノンブルと電子書籍のページ数がずれているのは結構ある。
「キンドルコミッククリエーター」でビルド&プレビューする。
プレビュー画面を見ると、上下に幾分隙間が発生する。
最初は気になったが、そもそも漫画原稿は書籍印刷前提にサイズが設定されている訳で、スマホ、キンドル末端の寸と合うはずがないのだ。縦を合わせれば横がはみ出すし、その逆も然り。
だから神経質になっても意味がない。ディスプレイの背景色が白であれば気になることもないはず。
ビルド&プレビューすると「mobi」ファイルが指定したフォルダーの中に出来る。これがキンドル用データ。
すでにキンドルのアカウントはあるので、新しい書籍として指示されたとおりに手続きする。

●キンドルにアップロード
さて、いよいよファイルをアップロードするのだが2回ほどエラーが出てしまった。
ブラウザを変えて何とか3回目でアップロード成功。時間も30分以上かかった。
データ量は120ページで66.1MB。
結構でかい。
以前は一冊50MBに制限されていたが、今は上限650MBまで大丈夫らしい。
さて、価格設定なのだが、キンドルはロイヤリティー35パーセントと70パーセントの2種類選べる。
70パーセントを選択すると著作者の取り分は大きいが、他の電子書籍では販売できない(紙媒体なら大丈夫)等の制限がある。また1MBあたり1円の配信量がかかる。
キンドル版『晴れた日に絶望が見える』の価格は550円前後に設定する。
もっともキンドルはドル計算なので切りの良い5ドルに。
ロイヤリティー70パーセントの場合、紙媒体の単行本価格より20パーセントほど安くしなければならないとあるが、すでに幻冬舎コミックス版は絶版になっているのでこの決まりに従う理由もないかもしれない。因みに幻冬舎コミック版は660円だった。
ロイヤリティー70パーセント、価格5ドルで設定し、数値を打ち込む。
でも何だかおかしい。
この設定だとロイヤリティーがゼロ?
配信料を引かれても490円位には収まるはずなのになぜ?
やはり、データ量が多すぎるのか?
いろいろ調べてみると、入力していたのが間違えてアメリカ合衆国のキンドル価格設定の場所と判明。
なんと、日本の場合は10MBを越すと配信料が掛からないとある。
なぜ、こんな重要な文言が目立たないところに示されているのか?
結局のところ、キンドルはアメリカ合衆国の会社なので日本はローカルに過ぎないのだ。
そんな「ローカル特典」はあくまでローカル分野で取り扱われているので、ユーザーが自分で探せと。
日本の漫画家や様々なクリエーターは、そんな米国主導のキンドルに電子書籍のプラットフォームを委ねなければならない現実。
つくづく、日本の凋落を感じざるを得ない。

それはさておき、作業を始めてから2週間、やっとなんとか影男煉獄シリーズ01『晴れた日に絶望が見える』のキンドル化作業を終えた。
ただ、容量はもう少し減らしたほうがよかったか。
ダウンロードにも時間が掛かるし、利便性を考えると66MBは重過ぎる気もする。
ただ、細かな線も再現したいので、ある程度の解像度は必要かもしれない。
このあたりは今後、カット&トライで修正も考えている。
キンドル版PRのために動画も制作。

もともと公式サイトで幻冬舎コミックス版発刊の2003年にJPG画像としてアップしていたものにライセンスフリー素材サイトからDLしたバッハの『G線上のアリア』をBGMとして再構成。
キンドル版『晴れた日に絶望が見える』発売は5月31日より。
今後、「影男煉獄シリーズ」 は順次、キンドルにて発刊予定。
よろしくお願いします。
キンドル晴れ絶望表紙版下a





コミティア&ガルパンイベントお疲れ様でした

同人イベント
05 /10 2017
遅ればせながらGW中の同人誌イベントお疲れ様でした。
6日土曜日は東京ビッグサイトでのコミティアにサークル参加。特に新刊など用意しなかったのでまったりと過ごす。
併設のイベントも多く、ビッグサイト周辺は賑わっていた。
続いて7日は、引き続きビッグサイトでの「ガルパン」&「艦これ」オンリーイベント。2日続けてのビッグサイトサークル参加というのは稀有な経験。
こちらは新刊コピー誌もあったためか、大変盛況。この日は一人参加だったのでスケブ依頼もあって大童だった。
艦これやガルパンコスプレ女子がスペースの前を時々通り過ぎて、やはりコミティアとは趣が違う。
隣のサークルさんから本をいただいたのだが、これがかなり刺激になる。
忘れかけていた勢いのあるペンタッチというのを思い起こした。
絵は魂で描かねばならない。
とにもかくにも、コピー誌制作も含めてハードなGW後半であったが何とか乗り切った。
夏に向けて頑張る。

新聞を読んだ日

報道
04 /15 2017
桜も散り始め、新芽が覗くようになった。
だが、まだ夜は風が寒く感じ、コートは欠かせない。
久しぶりに新聞にじっくり目を通す。

「50年後に人口8808万人」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
出生率1.44。
50歳まで一度も結婚したことのない人の割合「生涯未婚率」は男性で23.5パーセントという。
世間は経済力云々を理由に挙げるが、それはおそらく違う。
第2次世界大戦終了後、5年しかたっていない1950年。その時の「生涯未婚率」は男性で1.5パーセント。女性も同じ位。
ほぼ全員が結婚、出産を経験していた。
あの敗戦の混乱期が今より「裕福」だったなどと誰も思うまい。
結婚、出産しなくなった理由は他にある。
今後、いくら景気がよくなったとしても、日本人は結婚しないだろう。
たとえ年収1兆円になったとしてもますます「生涯未婚率」は上昇する。
恐らく遺伝子レベルで人口抑制トリガーが仕込まれているのだ。
ある程度の文明度まで達すると、人間は生殖活動を停止する。
その理由は恐らく地球レベルで許容以上の消費活動を抑えるために生物界が生み出した不文律のルール、あるいはホメオスタシスの一種なのかも知れぬ。
だがこのまま緩やかに人口減が続くとは思えぬ。
どこかで劇的に減るのだ。
恐ろしきカタルシスによって。

「化学兵器の貯蔵庫ない」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
どこかの内戦続く中東国に北米軍事大国が巡航ミサイルを撃ち込んだという。
理由は化学兵器使用に対する制裁だとか。
本当かどうかは知らない。
ただ、戦争の歴史上、攻撃の口実を捏造した例は枚挙に暇がない。
ベトナム戦争トンキン湾事件。
湾岸戦争におけるイラク軍のクウェート人少女虐待事件等。
これらは後から「事実ではなかった」と報道されている。
北米軍事大国の攻撃は国際法違反だという。
笑止。
戦争が始まれば法律など無意味。
「勝てば官軍。負ければ賊軍」
発端が捏造だろうが、国際法違反だろうが、歴史と正義は「戦勝国」のものとなる。
それ以上でもそれ以下でもない。
だから「負ける戦争」はしてはいけない。

「フィギュア人生 悔いはありません」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
有名フィギュアスケーター引退。
脂の乗りきった最初のオリンピックではわずかの差で年齢制限で引っかかり、出場出来ず。
4年後は強力なライバルの後塵を拝し、あとはジリ貧。
勝利の星の下に生まれなかった悲運のアスリート。
それを過剰に持ち上げたマスコミ。
本人は過酷な期待を背負わされ、「フィギュア人形」として弄ばれたのではないか。
星飛雄馬が「野球人形」として苦しんだように。
彼女は26歳になった今尚「ちゃん」付けされて呼ばれている。
これは幸いなのだろうか。
今や40代、50代でも「女子」だ。
永遠の氷上の妖精アイドルとして80歳を超えても「ちゃん」付けされ続けるのだろう。
ジャネット・リンが懐かしい。

「空母朝鮮半島近海へ」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
ユーラシア大陸東端の半島北側の独裁国の動向に危惧して、北米軍事大国の空母機動部隊がオーストラリア沖から朝鮮半島近海へと移動とか。
米韓合同演習に呼応して北の国がミサイル発射や核実験を繰り返すのはいつものルーチン。
これで誰かが潤うのだろう。
本気で戦争始める気は更々ない。
新しい北米大統領は自国の利益を最優先に「世界の警察官は辞める」とか公約していたが、その最先鋒の閣僚が追い出され、いつの間に生粋の保守軍人層が周りを固め、大統領を操り始めた気配がする。
プロの軍人は思い付きで戦争は始めない。
だが、何かのきっかけで予想外のことが起こらないとは言えぬ。
これを機に世界の秩序の大転換を画策する者がいないとも限らない。

我が世襲宰相は「北が核、あるいは毒ガスを搭載しだ弾道弾を撃ち込む恐れがある」と注意を喚起したとか。
いまさら何を言っているのか。
弾道ミサイルを撃ち込まれない体制を構築することがなによりも先決で、そもそも相手に撃ち込む隙を晒す時点で「戦争に負けている」のだ。
核武装には核武装で対抗するしかない。
迎撃ミサイルなど気休めにもならない。相手が飽和攻撃してきて1発でも着弾したらアウト。
だから相互破壊確証によって、核を使ったら同じダメージが自分にも降りかかるという「恐怖」を相手に抱かせればならぬ。
すれば、そもそも標的にされるはずもない。
核による「恐怖の均衡」が戦争回避の大原則。
少なくとも「負ける戦争」に巻き込まれずに済む。
それなくして戦争抑止は実践できない。

日本が核武装しておらず、攻撃しても反撃されないのなら核攻撃する誘惑を相手に与えてしまう。
半島の北もその後ろ盾の漢民族軍事国家も核武装国だ。
やるとなったら核武装していない日本に最初の一撃を加えるだろう。
北米軍事国家大統領側近の軍人達はこの際、日本は壊滅しても致し方ないと思っているかもしれない。
半島の北独裁国家に先制攻撃し、万一報復があったとしてもそれは今のところ日本が標的だろう。
北米本国は痛くもかゆくもない。在日米国人と在日米軍を性急に引き上げさせればあとは北と漢民族国家に好きにやらせればよい。
結果、北東アジアは漢民族軍事国家にくれてやる結果となるが、それでウインウインならば、まあ北米大統領も妥協せざるを得ないだろう。

「自分の国は自分で守る」
核搭載弾道弾を配備してこなかった日本にこの情勢下、生き残れる可能性は少ない。
この期に及んで、未だ1950年代の価値観で思考停止している対米追従世襲と原始宗教のような劣化紅衛兵の取っ組み合いで成り立っている日本の政に付き合っていたら滅びの階段を転げ落ちるだけ。
弾道弾に狙われているという時点で、この国は「負ける戦争」に突き進んでいる。
戦争を回避するならば核弾道弾を持てばいい。
思考的にいえば、半島北の独裁国のほうが余程マトモだ。
電話の一本や平和憲法の条文を見せれば、相手国の戦意が喪失するのなら、そう信じればよい。
「日本人は仏陀のように特別なフレンドなんだよ」と世界に知らしめればよいではないか。
幸い、エコノミックアニマルと呼称されていたのだ。
世界から「すごーい」と言われて特別扱いされるかもしれない。
だが日本は他の先進国同様、石油も買うし、食料も買う。貨幣を使って経済活動もする。どこにでもある俗な国だ。
戦争だけが特別免除されると信じているのは当の日本人だけだ。

「見守る人が犯人、どうやって子ども守れば…」(朝日新聞デジタル4月15日付)
「容疑者は保護者会の長」
南関東のどこかの県で起こった幼児誘拐殺人犯容疑者が「正義の味方」のはずの保護者の長だったことにマスコミは右往左往している。
「庶民の敵」とレッテルを貼ってきた「宮崎勤」予備軍の仕業というシナリオしか持ち合わせていなかったから、よもや「身内」の犯罪とは予想も付かず、どう報道してよいかも解らないらしい。
マスコミはいつものごとくレッテル張りに執心するしかないから、今度は保護者会が「庶民の敵」と祭り上げねばならぬところ、それは「自分の味方」なのでそれも出来ず、もはや自分で自分の頭を壁に打ち付けてもんどりうっている状態。
「見守り隊」を疑いの目で見るキャンペーンを敷くことも出来ず、これまでの誘拐報道が如何に偏向恣意に満ちていたかに思い知らされていることだろう。
そもそもレッテル張りが間違っているのであって、子供は親にだって殺される場合がある。だったら生まれた瞬間から子供は親から離れなければならぬが、そんなことは出来るわけがない。
すべてはマスコミの「人の不幸を飯の種にして犯人のレッテル張り」に執心した姿勢が悪い。それこそが罰せられるべきなのだ。
今度は「見守り隊」を飯の種にするのか、注視しておこう。
結局、保護者会すら「子供の敵」みたいなキャンペーンを始めざるを得なくなり、「子供は家から一歩も出ずに学校も教師とも接触を避けて引き篭もってじっとしていなさい!」とか言い出すのだろうか?
噴飯ものである。

こんなメディアが半島危機云々を伝えても、信用に足る情報は微塵もない。


遅かれ早かれ、この国は「負ける戦争」に引き込まれ、50年後を待たずに人口は5000万人を割り込むだろう。
生涯未婚率など、もはやどうでもよくなる。
ある快晴の日、頭上で核の閃光が輝くだろう。
それで、おしまいだ。
そういう運命だったのだ。
生き残るために何もしなかった国の末路は、いつも決まっている。

結局、新聞を読んだ日は憂鬱になるしかない。





あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/