女川にて

旅、訪問記
04 /04 2016
先週、ふとしたきっかけで女川に赴く。
東日本大震災から5年。
テレビやネット媒体から垣間見た事はあっても、現実の「被災地」は知らない。
東京から新幹線を乗り継いで約5時間。
降り立った女川駅は真新しく、周辺も5年前の惨状の気配はどこにもない。
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行きかう復興工事車両とわずかばかりの観光客。
地元の人はほとんど目立たない。
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仮役場に向かう歩道にあった「共同墓地」「献花台」という文字に身体が凍りつく。
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何百人も住民が大津波に浚われた、その肉体を離れた魂の気配が、まだ生々しく、どことなく感じられるのだ。
道にベンチがぽつんと置かれている。
誰が座るのだろう?
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死者のためのベンチだろうか。そんなはずはないのに、そんなふうに思えてしまうのだ。

唯一震災前から残っていたであろう大きな建物にスローガンが掲げられている。
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ここはまだ部外者がうろついてよい場所ではない。
鎮魂の期間はまだ続いている。

春画展に赴く

旅、訪問記
12 /24 2015
東京の永青文庫で開かれていた「春画展」に赴く。
23日が最終日。
「鳥獣戯画展」で懲りたので今回は開場30分前に現地に到着。それでも列が出来ていた。
永青文庫は旧熊本藩主細川家の邸宅の一角。周りは閑静な樹林に覆われている。
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1500円の当日券を買って会場内へ。
春画なるものをじっくり観たのは今回が初めて。
女性客も多かったが、春画をどういう気持ちで鑑賞しているのだろうか?やたら饒舌になっている女性客が目立つ。
喋る事で表向きな猥雑感を排除しているように思えてしまう。
それはさておき、総じて英国に収蔵されている作品の保存状態はよい。
結局、日本は己の美術価値を己自身で評価できないのだろうな。「春画」が欧米に渡ったのはある意味、幸いだったのだ。
また保存環境を考えても日本の湿潤な気候は美術品保存に適さない。
どの作品を見ても煩悩に対する貪欲なほどの表現意欲は、古今東西、身分を越えて普遍だ。
克明に描写された性器は、この部分だけ、現在の成人向けマンガに貼り付けても何ら違和感がないほどリアリティーに富んでいる。
著名な浮世絵師もたくさん春画を描いているようだ。
エロスもまた、創作分野のひとつでもあって、それを完全否定して画家の力量を計るのはナンセンス。
当然、春画の需要も相当あったことは想像に難くない。当時の絵師にとっては貴重な収入源だったのだろう。

一方で今現在、これら春画の「実用性」となるとあまり使えそうにない。
浮世絵にあるようなおかめ顔で今の水準からすると50歳くらいに見える女性が性器丸出しで性交に励んでいる図は、正直なところ「気持ちが悪い」。
子供の頃、家の棚の奥で昭和40年前半の「無修正写真」を見つけ、おぞましいものを観てしまった時の感覚に似ている。
だから脳内変換して、今風のマンガ、アニメ少女に置き換えて夢想してみたりする。
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それにしても春画はあくまで「美術品」というスタンスが必要なのだろう。そこに今流行のアニメキャラを入れたらもはや「美術品」ではなく「わいせつ図画」として取締りの対象となってしまうのだろうが、それはそれで奇妙なことである。







紺碧の入間航空祭

旅、訪問記
11 /05 2015
毎年の恒例行事である入間航空祭に今年も赴く。
いつもと変わらぬルーティン。時間も見る場所もカメラも。こうして一年の経過を確認するだけの行事と化してしまった。
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だが、広大な基地の中、頭上に広がる紺碧の下に己を置き、天空の祭典に身を仰ぐ事で晩秋の終局を確認できる場があるのは貴重である。
何十万の人で埋め尽くされた入間基地。もはやテーマパークの一大イベントと何ら変わらない。
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13時過ぎからブルーインパルスの飛行展示が始まる。
これまた例年通り。
雲一つない快晴の空にエアタトゥーが刻まれる。
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F-15とF-2の帰投を見送って、大凡のプログラム終了。
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今回、ブルーインパルスは翌日帰投のようだったので、15時半頃、会場を離れる。
陽が西に低く傾き、眩しい。
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 いつもならこのまま直接、稲荷山公園駅に直行するのだが、混雑を避けて、一旦北門から出る事にする。このルートは初めてだったかもしれない。
往路では見かけなかった航空祭ポスターがホーム掲示板にこれでもかとたくさん貼られていた。
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あれほど人で溢れていた駅のホームも17時半近くになると人影も疎らになる。
空の祭典の余韻さえ消えて、基地は闇の中にひっそりと静まり返っていた。

富士山ご来光

旅、訪問記
08 /26 2015
先週の21~22日にかけて、初めて富士山に登った。
何となく登れそうな気がしたのだ。
人のペースに合わせることが出来ない性質なので、単独登山だ。
慣れないアウトドア雑誌を読み、ごまかしつつも装備を入手し、富士吉田口へ。
5合目まではバスだが、そこからは歩く。
中国人、アメリカ人、他様々な異国人で溢れる登山道を何十人と抜かれながら、のろのろと重い体を引きずって上を目指す。
5時間かけて、3000m近い山小屋へ。
雑魚寝の大部屋の中、高山病の頭痛で悩まされながら、妄想する。
「今、世界核戦争が起きたら、ここは忘れられてしまうのだろうか」
「今、富士山が爆発したら、一巻の終わりだな」
くだらない妄想だけは標高3000mまで登っても纏わり着いていく。
そんなことはどうでもいい。

午前4時過ぎ、山小屋スタッフが「あと1時間くらいでご来光です」と残っている宿泊客を起こしにくる。
体がだるい。頭が痛い。何のやる気も出ないが、ご来光を見なければここに来た意味もないと体を鞭打って外に出る。
東側に位置するテラスからは茜色の雲が輝き始めようとする日の出前の空が広がっていた。
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これを見た瞬間、急に元気になる。
デジカメ2台を駆使してどんどん撮っていく。
4時45分位から撮り始める。地平線の向こうがどんどん明るくなっていく。

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4時50分頃には赤みを増して上空の雲も茜色に染まり始める。
そして5時3分頃、太陽が雲海から顔を出した。
5時5分くらいには完全に太陽が地平線上に現れる。

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強風が吹いていたが、ぜんぜん気になることもなく、ひたすらにご来光を撮り続けていた。
いつしか、頭の痛さも倦怠感も感じなくなっていた。
やはり、これを見てこその富士登山なのだ。
晴れてよかった。頑張ってここまで来た甲斐があった。
なぜか頭の中で流れるBGMは松任谷由実のSAVE OUR SHIP。
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結局、登頂は諦めたけれど、このご来光を拝めただけでも収穫だ。
人生の朝は、また登ってくる。

「鳥獣戯画展」に再チャレンジ

旅、訪問記
06 /05 2015
先日の日曜日に挫折した東京国立博物館開催の「鳥獣戯画展」。
思うところあって再びチャレンジした。
ツイッターのRTが7000を超えてしまい、これはもしかすると時空を超えて鳥獣戯画の作者が「お前はこれを観なければならない」という暗示なのかもしれぬとの妄想に駆られ、木曜日、再び東京国立博物館に赴いた。
まず、前回の失敗の理由を考えてみた。
1、何も考えずに取りあえず日曜日に赴くイベントとして選び、展示方式の予備知識なしに入場してしまった事。
2、偶然にもそれが最も混む日程、時間帯であった事。
3、午後に予定が組まれていたので6時間待つのは無理だった事。
そこで今回は状況を入念に調べて赴くことにした。
混雑状況を主宰者がツイッターで流しているが、やはり平日でも目玉展示の「甲巻」に限っては相当待ち時間が長い。
昼間に行っても数時間、我慢する必要がある。
そこで、丸一日時間が取れる木曜日に、朝の開場前から並ぶことにした。
とはいえ、前日、水曜日でも数百人がゲート前に並んでいたという。
しかし、これ以外の選択肢は難しい。
もはや躊躇する余裕はないのだ。
前日にネットでチケットを購入し、プリントアウトする。万一、当日券がすぐに発券されない場合を考えてのこと。
木曜日の天候は晴れ。
午前8時に東京国立博物館前到着。
案の定、すでにゲート前には人の列。
200人は居るだろうか。
比較的高齢者女性が目立つ。小中高生らしき人影は皆無。老若でいえば半々。特に高齢者が多いという訳でもない。
男女比は4:6で女性か。
当日券は8時半頃から販売し始めた。
入場は同時なので特段当日券組が損するという事はない。
係員が出て「門を8時半に開けるが展覧開始は定時どおり9時半」と告げる。
8時半、門を潜り、平成館へ。その頃には公式のツイッターによると700人位が列を作っていたとのこと。
この状況のままなら、あと1時間待たされるが、幸い15分開場を早めるとの事。
思わず列から拍手が起こる。
自分は先頭から200番目位だったので、平成館へは9時40分頃に入場出来た。
早速、問題の「甲巻」列へ。
まだ開館したばかりで列も短い。
が、ほっとするのもつかの間。少し前に並んでいた初老の男性が係員に何やら苦情を言い始める。
始発で来たがスタッフの手違いで列の後に回されたとか何とか。
こんな場所でクレームつけなくてもいいものなのに困ったものだ。更に列の後には幼児を連れた母親二人組。子供が退屈そう。
ぐずらなければいいが。いずれにしろ忍耐が必要だ。
10時には作品前に到達。
前半はすでに展示終了した作品の写真パネル。これは有難みがない。
後半のみ国宝の現物。
とにかく係員が前に進めと促すので落ち着けない。更に作品保護のため照明が落とされている上に、屋外の明るさからまだ目が慣れていなかったのと老眼のせいでじっくり観賞する余裕がない。
それでも何とか被り付いて作品を凝視する。
原画はやや黄ばんでいる。裏打ちの修復がされていたようだ。800年もの過去にこれが描かれたと思うと妙な気分になる。
墨は薄めだが筆裁きは素人目にも高い水準と解る。墨の濃淡が非常に効果的に使われている。時間と共に褪せているようには思えない。
つくづく墨というものは耐久性が高い絵具と感心する。
デジタルデータなどへたをすると10年も持たないだろう。
800年後、どれだけのCGがデータとして残っているだろうか。
そんなことを思いつつ、あっという間に観賞終了。少し後に下がって見ることは可能だが逆行は出来ない。すぐに係員が注意をする。
なんとも落ち着かない。
単に「原画の前を通り過ぎた」という感じ。
これが大きな絵画であれば遠目からも観賞可能だろうが、漫画原稿のB4サイズを横に並べた位だから、観れるスペースが限られてしまう。これに大挙して人が押しかけるものだから、あっという間にオーバースペックとなってしまう。

ところで鳥獣戯画は甲、乙、丙、丁、4巻あり、その全てが展示されている。
甲巻におなじみのウサギや蛙の絵が載っているのでこれだけが異常に人気で展示がアンバランスになっているようだ。
他の乙、丙、丁はまったく並ぶ必要もない。
乙巻は動物図鑑のようで犬から空想上の獣まで描かれている。
竜の絵を凝視すると、鱗の格子状が正確無比に描かれている。下書きなしでどうやって描いたのだろうか。技量の高さは尋常ではない。ただし絵巻全体としてみると擬人化されていないのでやや退屈。
丁巻は絵師の落書きというイメージ。
絵師達が酒でも飲みながらリレー漫画のごとく描いた印象のラフ画。作者が複数かどうかは解らぬが、どうもみんなでワイワイ描いた、そんな気がする。
材木を引っ張っていた男達がもんどりうってひっくり返り、睾丸や男根がはみ出ている描写に貴族が振り返って吃驚している様子など、まさしく「トイレの落書き」テイストだ。
これが800年後に国宝になるなんて描いた絵師は想像すらしなかったろう。
丙巻は人物が様々な遊戯に浸っているシーンと擬人化された動物が祭りなどで盛り上がっている描写を描いている。
これは甲巻のモチーフに近く、面白い。
表情が豊かでこれも相当腕のいい絵師が描いている。
いずれの巻にしろ、会期を分けて前後半半分ずつしか展示されていない。これも作品保護が理由らしいが、それを写真パネルに置き換えているのはチープ。パネルよりも複製(レプリカ)のほうがよかったのではないか。
写真パネルなんてわざわざ美術館で有料で観賞する意味合いはない。レプリカはそれなりの水準で描かれている訳だからその辺りも少し考えて欲しかった。

一応、カタログも購入し、鳥獣戯画についてざっと読んでみた。
鳥獣戯画は作者も、描かれた意図もはっきりとしていないそうだ。
そのうえ、継ぎ足しとか裁断が繰り返されて、元の形も解らない。
それでも800年余、京都の高山寺に伝来し続けた理由はなんだったのだろう。
この寺は鳥獣戯画を含めた様々な図像を収集していたようだ。これが誰かの命であったのか、それとも高山寺中興の祖、明恵上人という人物の個人的趣味が嵩じてのことかは解らない。
いずれにしろ、この寺の収集保護意欲がなければ鳥獣戯画は今日まで伝えられなかったのだろう。
数多の芸術作品はいつの世も、パトロンとコレクターに支えられていると実感する。
丁巻の落書きみたいな絵すら好事家の目に止まれば、800年後、国宝になったりする。
ヘンリー・ダーガーの作品と共通する運命だ。

それはさておき、鳥獣戯画は如何なる目的で描かれたのか?
特に甲巻の作品意図に惹かれる。
カタログなど読むと、宮廷絵師か寺院に属する絵仏師が貴族や朝廷から依頼を受けて製作した可能性が高いとあるが、どうもそうは思えない。
修復の際、紙の質を調べたそうだが、あまり高級なものは使っていないらしい。
もし、朝廷あたりからの依頼であれば専門の和紙を使うだろう。だとすると、これはそういった依頼作品ではなくて、やはり絵師が徒然なるままに描いたもののような気がする。
いわば自費出版物だ。
では、どういった意図があったのか。
会場で甲巻を見ていた女性客が「これは子供のために描いたのかも」と話していたのを耳にした。
当時「児童向け絵巻」という概念があったかは知らない。
しかし、何となく自然体で甲巻を読み進めると「絵本」そのものであることに気がつく。それも子供が喜びそうな内容だ。
児童書の基本は動物の擬人化だ。
おそらく、800年前も今も基本的には変わっていまい。
だが、当時の日本で絵巻を嗜むのは、地位の高い者に限られていたはず。だから一般庶民のためではなかろう。
もし、甲巻が誰かの依頼であったにしてもそれは貴族の子息のために描かれたものだ。
貴族の幼児への情操教育とか。
この甲巻がバラバラにされる前の模本が残っているという。
これもカタログに載っているのだが、今はアメリカのホノルル美術館に所蔵されている模本には甲巻の「オチ」が描かれているらしい。その巻末は宴や遊びに酔いしれる兎や蛙の所に突然蛇が現れ、みんな一目散に逃げるシーンで終わっている。
これは丙巻のラストに描かれていたのと同じ。
すなわち、これは遊びや宴に現を抜かしていると、外敵の存在に疎かになって気付いた時にはテリトリーに侵入され、最悪滅ぼされしまうことを警告しているのではないか。
それを貴族の子息に解り易く諭すために、この鳥獣戯画甲巻は描かれたのではないかと。
そんな想像をするのである。
だから難しい文字も入っておらず、絵だけでわかり易く表現したのではないかと。
そもそも朝廷や階級の高い者が絵師に注文するものといったら、己の肖像画や一門を称える絵巻や歴史画、戦勝祈願や安泰などを願う仏画などが相場だろう。
動物を擬人化した絵巻などあまり注文する意味がない。
あるとすれば子供の教育のための「絵本」位しか考え付かぬ。
でなければ、本当に絵師が自分の意思で徒然と描いた妄想絵巻だったのだ。

結局、鳥獣戯画を見るだけでエネルギーを使い果たして高山寺所蔵作品はスルーしてしまった。
売店に下りてグッズを漁る。例によって散財。Tシャツまで買ってしまう。
まあこれも天の啓示と己に納得させる。
平成館を出て、本館に向かう。
ここには明治時代に写された鳥獣戯画の模本が展示されている。
入場無料で撮影も可能だ。観覧者も少なく、ストレスなく観れる。
確かに見事に書き移しているが、オリジナルと比べ、筆の強弱や濃淡が単調。とはいえ、事前に知識がなければ本物と言われれば信じてしまうだろう。
だから、なにも無理してオリジナルを見る必要はない。
あの環境では、じっくり作品を楽しめない。ただ「国宝鳥獣戯画甲巻の前を通った」に過ぎない。
だからいっそ、博物館は「甲巻閲覧証明書」を発行すればよかったのかも。ただ通過するだけでおしまいでは土産話として物足りぬ。

「鳥獣戯画展」はもうあと土日を残すのみ。
正直な感想としては甲巻以外のオリジナルも貴重なので観賞する価値は高い。特に丙巻の擬人化された動物絵巻はよい。
ただし、有名な蛙や兎が載っている甲巻だけを取り合えず覗きたいレベルであれば、コストパフォーマンスとして帳尻はあわない。何時間も待って数分だけ急かされる様に通り過ぎるだけならば、本館の模本で十分と思う。
ただ、なんとしても甲巻の後光に一瞬でも浸りたいのであれば、朝5時でも6時でも出来るだけ早く行って並ぶ価値はあると思う。
自分も2回、それも1回目は観賞することなくかなりの散財をしてしまったが、これも鳥獣戯画の保存に僅かなりとも足しになったのならよしとしよう。

今回もこの鳥獣戯画展訪問記を落書きにしてみた。今回は2枚。
一本の線で表現するのが非常に苦手。特に筆など普段は使わないからまったく様になっていないが、あくまで落書きとして観ていただければ幸い。
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この鳥獣戯画展に関するブログ、ツイッター、イラストはあくまで個人の感想、印象に基づいて記したものです。
当然ながら観覧に挑む場合は公式サイトで概要、待ち時間等を確認して下さい。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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