45年後のバーベキュー

日常
07 /21 2016
気が付くと世間は夏休み。
小学生だった頃の7月21日というのは様々な意味で「夏への扉」だった。
庭でバーベキューをしながら、プロ野球のオールスター戦を観るというのもあの頃の家族イベントだった。
1969年当時の絵日記なんかを読み返すと、実家の庭で飯盒炊爨までやっていた。
杉並区のど真ん中で、当時は庭で焚き木したところで誰からも文句も言われず、長閑に過ごせたのだ。

先日、その夏休み恒例だったバーベキューを45年振り位に復活させてみた。
そこではたと気が付いた。
明らかに足りないものがある。
そう、このバーベキューの場に子供の歓声がないのだ。
当時、小学4年生だった「自分」が存在していないのだ。
代わりに居るのが、当時の父親よりも年取った独身の己の姿。
妻も子もいない45年後のバーベキュー。

先日、かつて阿佐ヶ谷某バーでお馴染みだった「謎のバイオリニスト」のライブを10年ぶりに観る。
本人の演奏後、5歳の息子さんがステージに立って親子揃って音楽を奏ではじめた。
親の「才能」は確実に、その息子に継承されていた。
5月に大学OBの宴に参加した時、衝撃を受けた「抗えぬ血統」をここでも思い知らされた。

人の命は限りがある。
人はやがて年取り、死ぬ。
この宿命には抗えない。
しかし子息を残すことによって己自身の分身を新鮮なる生命の中に宿らせ、未来に継承させることが出来る。
これこそが人として、唯一の希望なのだ。

昨今、戦後昭和を代表するテレビの主役だった有名人が次々に鬼籍に入るニュースを耳にする。
子供の頃、当たり前にテレビの中で傍若無人に振舞っていた兆児たちが老い、死んでいく。
これは自然の摂理であって、何らおかしなことではない。
しかし、この超少子高齢化、人口減少の中で、その失った「戦後昭和のエネルギー」を継承する「次世代のエネルギー」がどこにも存在しないことに愕然とするのである。
ただ、失われるだけで、新たに生まれるものがない国、日本。

「子供を作る作らないは本人の自由」とかメディアは流布する。
そして「女性は母親を目指すべき」と促す者が現れると、途端に非難の嵐が吹き荒れる。

騙されてはいけない。

人は年老い、様々な大切なものを失っていく。
その時になって、人は知るのだ。
己の遺伝子を残さねば死んでも死に切れぬと。
子息を残せる身体がある限り、母親、父親を目指すのは当然の生きる摂理だ。
にも拘らず、それを最初から放棄するような事を流布するメディアは害悪でしかない。

メディアに騙され、子供を作らなかったことを一生後悔する者が、これからたくさん出てこよう。
子供を設け、父親、母親になった「幸福者」は決して声を上げない。
なぜなら、そんなことをしなくても幸せだからだ。
不心得者だけが己の「不幸」を覆い隠すべく、事煩くメディアで喚き散らす。
そんな不毛な声に惑わされてはいけない。

45年後の夏休みのバーベキューの場に「美しい妻、可愛い息子、娘」が居ない「不幸」に気が付いたところでもはや手遅れだ。
大切な形あるものは、いずれ失われてしまう。
だから新しいモノを己の手で作り上げていかねばならぬ。
そんな当たり前なことを、いつしか日本人は忘れてしまったのだ。

TVで「ハッパフミフミ」のCMが流れていた頃の家族団らんは、もう戻っては来ない。

気づいた時には、いつも、遅すぎるのである。






余命僅かな蝉のごとき選挙戦と異国語の日本人

日常
06 /30 2016
6月も末、梅雨真っ盛りだ。
どこからか選挙カーの音がする。しかしかつて昭和時の選挙からすれば随分と静かだ。
なんだか余命僅かな蝉のようである。

五月雨的に読み続けている『夢声戦争日記』も1945年8月~9月に至った。
無条件降伏受け入れの日に、ラジオは「忠臣蔵」を流していたそうだ。
そのことに著者は、「武士道を謳ったところで、所詮近代兵器には勝てぬ」と自嘲気味に言い放つ。
当時の知識人はラジオのプロパガンダや戦況を信用せず、かなり客観的に現実を見据えていた。
原爆についても、そんな新型爆弾を独占している国に抗することは不可能と敗因が原爆であることを認める一方で、アメリカは自由の国だから、やがてギャング団の手に渡って 少数の集団が優に一国の政府に対抗出来るようになろうと予言する。
そして両方で核(著者は「ピカリ」と呼称していた)を使って両方なくなるという「大喜劇」が見れるかもしれないとも記す。
これもなかなか先見の明がある記述だ。
また、マッカーサーが来る日、東京はいたって平穏。上空に乱舞するB29を見上げて娘たちが敵愾心どころかウキウキと眺めている様を見て、彼女達はB29を透して戦勝国アメリカの男たちに憧れているのだと諭す。
そして、これが女性の持って生まれた生物本来の在り方で仕方なしと嘆く。
更に終戦直後、電車の中で見る日本人の情けない顔を「チンパンジー」「虫」「鯔」と形容し、どう見ても戦争に勝つ国の顔じゃないと自嘲気味に突き放す。
同じ人間でも戦争に勝つ負けるではこんなにも違うのかと。
戦争中、「神国日本」は優秀な民族で「鬼畜米英」などに敗れる筈がないと誇っていたのに、敗戦が決まると180度意識が変わる。
終戦の玉音放送に涙する一方で、最初から勝てそうもない戦争に引きずり込んだ当時の日本の指導者に対する不信感と軽蔑が「敗戦の傷心」よりも勝るというのは興味深い。
また、敗戦後、杉並区(夢声が住んでいた所)には重慶軍が進駐してくるという噂が流れると著者は、「日本とシナは兄弟と言われるが肉親に財産を横領されるぐらいなら、他人相手のほうがまだマシ」と近親憎悪を滾らせる。
一方、敗戦直前でも焼け残った都内の演芸場には若い男子(徴兵されない工場に動員されていた者)が溢れていたという。
こんな時でも皆娯楽を渇望していたのだ。
表面上、国民すべて「1億総玉砕」の覚悟はあったのかもしれぬが、一方で俗人として娯楽に餓えていたことも事実だ。
そしてそれは両方嘘ではない。
それが人間というものだ。
70余年前の敗戦直後の小市民が抱く意識など今の日本人は殆ど皆忘れている。
が、この日記を読むと様々な「当時の現実」が読み取れる。
来るべき戦争の後、もし日本が再び敗戦国になった場合、この状況が繰り返されるのだろうか。

最近、街を歩くと妙なことに気が付く。
普通に近所の住民と変わらぬ格好のランドセルを背負った小学生、買い物籠を下げた主婦、家族連れから中国語が漏れ聞こえるのだ。
これまで中国人といえば、コンビニ店員等の出稼ぎ労働者、そして最近は「爆買い」の観光客に限られていたが、最近は近所の庶民の中にも「日本人に同化」した中国系の人が急激に増えていることに気が付かされる。
いったいいつからこんな状況になっているのだろう?
急に中国人が大量移住して日本国籍を取得したとは思えない。
もしかすると従来から居た中国系の人が、これまで日本語で話していたのを止めて、一斉に母国語を使い始めたのかもしれない。
そんなことはありそうもないが、他に理由が見つからない。
なぜなら完全に日本文化に溶け込んでいるからだ。違和感がないのだ。『サザエさん』に普通に出てくるような人たち。
単に喋っている言語が中国語なだけ。
こんなことが一朝一夕に成せる訳がない。
実に奇妙だ。
このままいつしか日本語のほうが少数派になる予感さえする。この急激な変化はいったい何なのだろう?
ただ、それが怖いとか不快という訳ではない。
中国人街のような排他的なものとは違い、ごく普通の住宅地で実によく日本の風景に溶け込み、服装、身嗜みも日本人として何ら違和感がないのにも拘わらず、言葉だけが中国語ということにSFミステリー的不可思議を抱くのだ。
時空間の歪みに落ち込んで、中国語が標準の日本に墜ちてきた感じなのだ。
恐らく、この人たちは中国共産党が支配する中国人としての誇り、習慣、文化にこだわるより、より快適で豊かで自由で安全な場を求めていたのかもしれない。それが隣国日本だったのであり、日本文化に同化することでそれが達成されるのだ。
深い意味はない。
こちらのほうが「幸せ」だからだ。

街は国政選挙たけなわ。
久しく既成政党に何ら期待していないので、どの候補者もただの「政治屋」にしか見えず、彼らの既得権益獲得競争に関わりたいとも思わぬ。
だが、少しだけ気になる候補者はいる。
「表現の自由」を守ることを主に訴えて立候補している現議員の人。
漫画や同人誌に拘わる者なら支持して然るべき候補者といわれる。
だが、なかなか当選ラインは厳しいという。
議員本人の方に関してあまり詳細な知識がないので具体的なことはよく知らない。
選挙中でもあるので支持不支持を明確にするのも控える。
この議員に一票を投ずることに関してネット上には様々な意見が散見されるようだ。
妙なバイアスがかかった主張とかもある。「オタク」の起源にまで遡っての呟きも見受けられた。
あまり詳細に読み込んでいる訳ではないのだが大凡こういうことらしい。
「オタク」を代表とする同人誌文化なるものは元々学生運動やミニコミ誌などのリベラルな活動が源泉であって、本来「レフト」に位置する存在だったという。
それが1980年代、いわいる幼女連続誘拐殺人事件報道を発端としたマスコミ総掛かりの「オタクバッシング」によって一転する。
本来、自分達の味方であるはずのリベラル「マスコミ」が事もあろうに自分達を攻撃、弾圧したことによって「オタク」のマスコミに対する不信感と怨念が爆発。
以後、彼らはマスコミを「敵」とみなし、「レフト」から「ライト」へと一気に宗旨替えしたのだと。
それが、今日における「ネット右翼」や「レイシスト」に繋がっていると。
本来、表現の自由とは「レフト」の専売特許であるのに拘わらず、表現自由を標榜する「オタク」が「ライト」に与するのは矛盾すると。
だから「レフト」を敵対視する「オタク」は愚かしいと。
その流れの中で元来の「レフト」とは微妙に違う今回の「表現の自由を守る」公約をメインとして立候補した現議員に票を投じても無意味で表現の自由を求めるならば元祖「レフト」の候補者に入れなければ意味がないが、それを望まない「ライト」オタクは愚かだみたいな趣旨だったと思う。
マスコミのオタクバッシングによって「オタク」が「レフト」から「ライト」に宗旨替えした所までの洞察はかなり説得力があると思われる。
だがその先の「オタク」が「ネット右翼」で「レイシスト」に繋がっているという発想が何とも単純すぎる。

そもそも、「ネット右翼」も「レイシスト」も、そんなものがひとつのリアル社会における強固な組織だった存在と感じたことは一度もない。
これらはすべて午後の沼上に現れる蚊柱のようなもの。
実体などないのだ。
幻のようにネット上に現れては立ち消える蜃気楼のようなもの。
リアル社会でそれを実践しているのは取るに足らない僅かの人間だけ。
「ネット右翼」と称されるその99パーセントはリアル社会では「品行方正」な善良市民である。
そんな無思想、無宗教な人々がネットに向かい合った時だけ匿名で排他的な文言を吐くのである。
一貫した思想がある訳でもなく、普段は親切で善良な者が鬱積した不満をネットで匿名吐露するときだけ「排外」を叫ぶのだ。
それらはむしろ「オタク」とは程遠い「リア充」ほど著しい。
ネット上で芸能人に誹謗中傷の書き込みを繰り返す者を捕まえてみたら平凡な主婦だとか大学教授だったとか聞いたことがある。
要するにそういうことだ。
「ネット右翼」なるものは、都合のよい敵を作り出したい者の幻影に過ぎない。
もしかするとリアル社会では「レフト」活動に勤しんでいる者が、ネット上では匿名で真逆の「ライト」主張を展開しているかもしれない。
蚊柱は巨大だが掴もうとしても手元から逃げていく。
なぜならそんな強固な「柱」は存在しないからだ。それらは無数の微小で無害な「虫」でしかない。
英国のEU離脱国民投票も似たようなもので、離脱派がすべて「国粋主義者」とか「レイシスト」の訳がない。
善良な普通の人間が決めたことなのだ。

もはや、考え方の対立軸を「ライト」「レフト」で思考する事自体が滑稽に思える。
また「オタク」と「一般人」の線引きも意味を成さない。
先日、有名百貨店のお中元の広告に萌絵が使われているのを目撃した。
お中元といえば非常に守旧的な行事で「リア充」の最たる催し。
その宣伝に萌絵が採用されるに至っては、もはや「オタク」と「一般」の線引きは困難だ。
一般企業の広告で萌絵が使われる例は今や枚挙に暇がない。
にも拘らず、未だに物事を「レフト」と「ライト」、「オタク」と「一般」で区分けして語るのは時代錯誤というものだ。

今、「表現規制反対」を掲げる唯一の候補者を支持せよという流れは、このような古臭いステロタイプの思考から一線を画している。
つまり、同人誌を中心とした成人向けを含む表現活動がひとつの「業界団体」にまで成長し、その既得権を守るために国会議員が必要だということに尽きるのだろう。
要するに業界利益保護に影響力を持ったりする、いわいる「族議員」養成なのである。
そういう方向性が表現活動を生業とする者にとって正しいかどうかは知らないし、そのような「族議員」を当選させるだけの力と数が自分達にあるかどうかも判らない。
またこの議員が本当に自分達のために未来永劫、尽力してくれるかも保障できない。
議員にとっては「票」にならなければ意味がないのだからね。
だが生き残るための手法として「族議員」を後押しすることが誤っていると誰が決められようか?
法治国家である以上、すべては法律に支配される。そして国権の最高機関は国会である以上、己の権益を守ってくれる国会議員を送り出すしか手段はないだろう。
此処に至って旧態依然な思考回路で「ライト」「レフト」「オタク」を語っても無意味なだけだ。

すでに各世論調査では国政選挙の趨勢は決まっているようで、与党第一党とその連立党、そして野党の「レフト」最先鋒の党が躍進するとか。
いずれも半世紀以上前の価値観で構築された組織票による政党ばかり。
そんな二者択一で日本の将来を託せなんて、冗談にも程がある。
守旧既得権に固執するだけの世襲与党と古の思想信条で固まっているだけの党と、議席確保のために離合集散するだけで理念の欠片もないその他雑兵政党にこれからの茫漠たる未来を任せられるとはとても思えない。
与党は信用に足るに怪しくなったアメリカの安全保障政策に盲目的に乗っかるだけ。一方野党はそれを「戦争法」だとか「人殺し予算」とかで非難するだけ。
「両極端の馬鹿」しかいないのか?
与野党候補者すべて60年位前から思考停止した価値観で安全保障を論じるしか能がない愚者ばかり。これならまだ北朝鮮の瀬戸際外交のほうが賢いと思えるほど。
己の英知と戦力でこの風雲急を告げるアジアパワーバランスを乗り切ろうと訴える候補者はどこにもいない。
居たとしても泡沫候補だ。
もはや選挙制度自体が、半世紀以上前の価値観でしか当選出来ない仕掛けになっている訳で、救いもない。
やがて行き詰って、破れかぶれの「勝てない」戦争に走り、再び『徳川夢声戦争日記』に記されたような、醜い負け戦の惨めな日本人になってしまう可能性も高い。
いや、もう戦争はとっくの昔に始まっていて、すでに勝敗は決まっているのかも。

中国語を話しはじめた「日本人」の存在こそが、この国の未来を暗示しているのかもしれない。



抗えぬ血統

日常
05 /16 2016
先日、改めて大学当時のサークル仲間を集めた宴に足を運ぶ。
お花見時にタイミングが合わなかった者含め、10人ほどが集まったか。
すでに皆50代半ば。話題は老眼、白髪、禿、病気治療と年相応の流れだ。
歳には抗えない。
既婚者で子持ちは息子娘の話題。すでに2世が成人を迎えんとするちょうど己が大学当時の年齢に差し掛からんとするのと同じ頃。つまり世代が完全に一回りしてしまったのだ。
18歳位の娘がいる後輩から、その娘さんが作ったというアニメ動画サイトにアップされた作品をスマホで見せてもらった。
どこか、その後輩が学生時代の学漫機関誌に掲載した漫画に描かれたキャラクターと面影が似ていて吃驚する。
実はこの親である後輩もかなり高い作画レベルを持ち、魅力的な絵を描いていた。プロの道は選ばなかったが、その能力は見事に子に受け継がれている。
どの程度、親が子に自分の作画テクニックを伝授させたかは知らない。
しかし、これは表層の技術を学んだだけでは説明できぬ。
明らかに「血統」であると悟った。

この娘さんは特にプロになりたいとは思っていないらしい。
近年の20代前後の若者は高い能力があってもプロ志向は低い。苦労してまで商売にしたくはないのだろう。
将来の進路はどうするか全然決めていないというし、それが親の悩みだともいう。
しかし、この娘さんの優れた作画能力と親世代の作品が記憶の中でオーバーラップして奇妙な眩暈に襲われてしまった。
「抗えない血筋」によって「レジェンド」は代を受け継いでいる。
己が18歳当時、ケント紙に向かってGペンを叩きつけるように描いていた時と同じ情念が、この18歳の娘さんの作品に垣間見れる。
そして親である後輩の描いた絵に宿っていた不思議な魅力が、娘さんの作品にも同様に存在するのである。
この恐るべきDNAの策謀を目のあたりにした瞬間、己はしてやられたと思った。
人には寿命がある。
若き情念で何かを表現できる期間は短い。やがて人は老い、死ぬ。
しかし、子を作ることでその情念が宿る遺伝子を次世代に託す事ができるのだ。
最大の創作とは子供である。
可能性を次世代に受け継がせ、己の情念を宇宙開闢から宇宙終焉まで繰り返し花開かせるためには遺伝子を残さねばならぬのだ。そして魂の情念を何十億年にも渡って、覚醒と解放を繰り返すことが出来るのだ。
この生きる闘争に勝ち残った者だけが、この世に己の足跡を残すことができる。

この18歳の娘さんが将来、親から受け継がれた創作情念を糧にして生業とするかは知らない。
だがそんなことはどうでもいいのだ。
時空を超え世代を超えた創作遺伝情報のシンクロ。
抗えぬ「魂と血統」。
その実践を40年に渡って見渡したという現実がリリシズムとなって全身を貫き、それが己の人生ではなかったことに絶望するのである。
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世界の終わり

日常
05 /12 2016
アナログシンセサイザーの旗手、冨田勲が鬼籍に入ったという。
幼き頃より『新日本紀行』や『ジャングル大帝』のテーマ曲を冨田作品とは知らずに慣れ親しんだプロローグ時代を経て、後の1970年代、モーグシンセサイザーによって超宇宙的に再構成されたドビッシーや、ラヴェル、バッハ、ホルストの楽曲が青春期の己の琴線を直撃貫通。
そして己の脳髄に宇宙開闢に匹敵する4次元回廊を形成したことは決定的であった。
丁度その頃、小松左京やスタニスワフ・レムのSF小説に傾倒し、アンドレイ・タルコフスキーの映像に酔い、スタンリー・キューブリックのSF映画に圧倒され、宮崎駿の世界観に撃たれ、西新宿の高層ビル群を崇拝した、その幻想大伽藍の総合的BGMがトミタシンセサイザー楽曲群だった。
己の夢想世界構築の原点が冨田勲のシンフォニーだったのだ。
その冨田勲がこの世を去った。
大抵の著名人訃報は「他人事」でやがては記憶から去るものだが、トミタの死は己の夢想世界に直結している。
冨田勲が鬼籍に入ったからといってトミタサウンドがこの世から消える訳でもない。
だが、トミタシンセサイザーによって己の脳髄に4次元回廊を構築し、夢想世界への扉を開いた者にとってトミタの死は「神」の死と同意語だ。
もはや、トミタシンセサイザーの新曲は永遠に封印された。
トミタの死によって己の幻想大伽藍はその芯柱の支えを失い、音を立てて崩れ去ろうとしている。
それは夢の終わり。
生きるための数多の支えが、今、もんどり打って倒れていく。
精神的支え。
経済的支え。
体力的支え。
創造的支え。
巨大戦艦が無慈悲な虚無の大海で転覆するがごとく、「世界の終わり」が来る。
己の「老い」に加え、己を囲む「世界」の壁が崩れ去る。
そして邪な影が己を食い潰さんと襲い掛かってくる。

冨田勲の死は、世界の終わりを意味する。
4次元回廊は無味乾燥とした卑しくおぞましい「現実」によって潰され、枯れ果てる。
幻想大伽藍を失った世界に意味はない。

脳髄の中にレクイエムのごとく、トミタシンセの『ソラリスの海』が響く。

トミタのない世界は虚無だ。


花見に想ふ

日常
03 /27 2016
週末の土曜日。昨年に引き続いて大学時代の漫画研究会同輩と代々木公園でお花見をする。
まだソメイヨシノは2分咲程度。
朝のうちは曇っていて寒い。ただ風向きは南西。北東気流とは逆なので好天の兆し。
案の定、昼過ぎからは青空が広がった。
幹事がデジタルデバイスに慣れておらず、参加予定者にうまく連絡が行き届かなかったためこの日の参加者は5人。
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それはさておき、天気も良くなったので廻りは盛況。
それも学生風の若い世代ばかりだ。
自分たちのようなもうすぐ還暦なんてグループはどこにも居ない。
話すことといえば、健康や息子娘の進路、嫁さんへの愚痴など等。
だが家庭を持ち、次世代を育て上げた同輩の会話には余裕がある。
一方、独身のままの参加者は存在感がない。
もう自分はそのギャップに麻痺してしまい、痛みも感じなくなってしまった。
慣れたというより感覚器官が壊疽したというレベル。
末期症状だ。
それはさておき、外国人が本当に多い。
花見なんて風習は欧米には馴染みないのにも拘らず、ちゃんと日本風にレジャーシート敷ているグループも居る。
本気度が違う。

それにしてもどうしてこんなに外国人が目立つのだろう。
観光地として日本の価値が急に上がったとも思えない。
円安という理由だけでも説明できない。
中国、台湾辺りの観光客は日本製品の「爆買い」がメディアで騒がれているが、これも腑に落ちない。
いろいろ思考を巡らしたが、一番説得力ある理由は、恐らく日本がもうすぐ滅ぶからではないだろうか。

美しく神秘的な極東の島国、日本。
しかし東日本大震災以降、凋落の道を突き進んでいる。
まもなく中国の覇権主義の波に飲み込まれこの国は滅ぶだろう。
だから今のうちに訪れて、中国の核攻撃で焼け野原になる前に記憶に留めておこうと。
それが欧米人観光客の最大の動機付けだ。
また、中国人、台湾人観光客にとっては、かつて世界を席巻したメイドインジャパン家電製品も今や中国、韓国、台湾メーカーに買収され、かつての栄光は過去のものとなり、まもなくこの地球上から姿を消すだろう。
だから今のうちに入手しておこうと。
お花見に押しかける外国人を見て、改めて日本の最期が近いことを認識した。

代々木公園からの帰り。隣の明治神宮に参拝する。
神殿では、丁度神式の婚礼行事の行列を目撃した。
なんと新郎新婦は白人。
IMGP6176a.jpg IMGP6179a.jpg
親族も続いていたから模擬ではないだろう。それを取り囲む観光客も外国人。
ここでも日本の行く末を改めて咀嚼せざるを得なかった。

還暦をまもなく迎え、人生の表舞台から消えようとしている己の世代。
結婚し、息子娘を育て上げた者にとっては、まだ未来への希望を次世代に託すことが出来る。
しかし、親の介護だけが責務として圧し掛かる独身者に希望はない。
滅び逝く日本と共に忘れ去られるだけ。
鳥居に長く伸びる影が己の行く末を暗示していた。
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あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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