成人の日なんてまだあったのか?

日常
01 /11 2010
なぜか月曜日が休みだという「ハッピーマンデー」。
何の祭日かと思いきや、成人の日だとか。祭日の意味が後から悟る時点で「祭日」の意義がもう薄れている。
もっとも「365日アンハッピーマンデー」「人生の絶望月曜日」を繰り返している自分にとってはどうでもよいことなのだが。
この日にやっていた「青年の主張」というのはもうなくなったのだろうか?
代わりに「人生の成功者」たる人気ミュージシャンやアスリート、宇宙飛行士が「上から目線」で新成年に向かって説教する番組をNHKでやっていたのでチラッと見る。
後付の「結果論」で「人生の勝利者」の弁を語ることに果たして意味があるのか。
己が二十歳の頃はこんな苦労をしたなどという事は、己が今、成功しているから語れることであって、もし今尚、夢を成就出来ない人生を歩んでいたならば、そんな嫌な出来事、オクビにも出すまい。
己が成功したのは、類稀な才能、運に恵まれたからであってそれ以外のナニモノでもない。特に自由業なんてそれに尽きる。
だから、こんな「人生の勝利者」のご鞭撻を聞いたところで何の役にも立たない。99・998%の者がそんな「夢」など叶わずして朽ちているのだ。
百害あって一利なし。
むしろ、40、50になっても若き頃の夢はおろか、ささやかな幸せすら手に出来ず、それでも這い蹲って叶えられるはずもない青臭い理想を求め、のた打ち回る哀れな中高年の心の叫びを放映したほうが、よほど新成年にとって役に立つメッセージとなろう。
雲の上のクリエーターを目指すも、己の才能のなさに気づくのが遅れ、しかし今更引き返すことも出来ず、潰しの利かない人生を歩み、気が付いてみれば40を過ぎて独身。スキルも資格もないまま、いつの間にか深夜コンビニのパート。20も年下の店長から毎日のように「使えねえ奴だな。おっさん」と陰口を叩かれ、お客の女子高生から冷笑を浴びる。しかし、己の口から出てくる言葉は
「すいません。ごめんなさい・・」
そんな人生を歩んでいる絶望独身男性の、嫉妬、怒り、妬み、悲哀、諦め、苦痛にまみれた「心の叫び」をこれでもかこれでもかと公共の電波を通じて、全国の新成年に伝えるのだ。
これこそがNHKの使命じゃないのか?
これを聞いた新成年は少なくともこんな人間にはなりたくない!と悟り、真っ当な人生を模索するであろう。

これからは堅実な結婚、子育てこそがステイタスとなる。
もはや男女共同参画なんて誰も相手にしなくなろう。
結婚して子供を設けた同輩の年賀状こそに「真の幸せ」があることに皆、気づき始めている。
この状況下において、まだ「独身がいい。女も外で働くべき。おひとりさま最高」なんて世迷言を信じる者はいない。
居たとしたら、太平洋戦争末期、B29に焼け野原にされた己の国の姿を見て、なおも竹槍を使って戦争に勝てると信じ込んでいる愚か者と同じレベルだ。
もうそんな「泥舟」に誰が乗るものか!
真っ当な者は、直ちに男女共同参画という狂気の教条主義を投げ捨て、「専業主婦」という「正しき幸せの場」へと戻っていくだろう。
新成年に悟らせるべきはこの真理であって、自己欺瞞に溢れた「自分探し」ではないのだ。そんなものはもう誰も求めちゃいない。
「専業主婦」と「終身雇用」こそが絶対的正義であって、それ以外の選択肢は邪道と悟れ!
その絶対的正義に乗れなかった者は、すべて「人生の敗北者」だ。
これから新成年になる者はこの掟を肝に命じておくべきなんである。
これを語らないすべてのメディアは嘘つきだ。

この3連休、気が付くとずっと寝ていた。目が覚めると日が暮れていて天気すら解らない。
明日も同じ。
嗚呼、辛い。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/