冬山遭難に思う

報道
01 /06 2010
年末の天気予報で予報士が「年末年始は天候大荒れになるので冬山登山は厳禁」とかなんとか喋っていたのを覚えていたが、結局のところ結構な登山者が遭難して死んでいる。
天候が荒れているのを承知で入山しているのか、はたまた知らなかったのかは定かでないが、自分のような冬山登山にまったく関心がなく、且つまったく知らない門外漢からすればほぼ「自殺行為」にしか感じられない訳で、それでも登るのだから、そこには命を懸けても掛け替えのない何らかの魅力があるのだろう。だから遭難死しようとそれは本人の自由なのだから他人がどうこう言うものではない。
自分もコミケ会場が厳寒の奥穂高岳山頂だったとしたら行商として行かざるを得ないかもしれないし、達成感もあるやもしれぬ。もっとも合理性は皆無だか。
よく、救助隊2次遭難の危険性や税金を使って助けを呼ぶのはけしからんという声も聞くが、救助するほうも職務でやってる訳で、困難な救助活動する場がないと、救助する側の存在意義もなくなる訳で、ある程度「遭難」してくれないと仕事として成り立たないので「無謀な登山」も多少は必要なのだ。

思い返せば、たいして山に興味がないのに「谷川岳」という山の名前だけよく覚えているのは、子供の頃、テレビで遭難のニュースを繰り返し聞いていたからなんだろうと思う。
調べてみると、この山の遭難者数は統計を取り始めた昭和初期から今日まで800人近いという。
これは世界で最も多い遭難者の数なんだと。谷川岳にはロッククライミングのメッカがあって当然落っこちて死ぬ人もいる。それが世界一の数を誇っているのだ。
改めて吃驚だ。
1960年には「谷川岳宙吊り遺体収容事件」というのがあって、ザイルで宙つりの遭難者を収容するために、自衛隊が出動してザイルを狙撃して切り落とすことまでやっていたそうな。

もうこうなると、煙突に詰まった煤を落す如くのレベルで、いちいち登山者の人命云々とか言ってられないのであろう。JR中央線の飛び込み自殺者と同じく、さっさと片付けて他人の迷惑になる時間帯を出来るだけ少なくする、という事が大切なんである。
この谷川岳でも、次の「遭難者」のためにこの厄介な宙吊りを片付けないと、新たな「遭難者」を迎え入れられないからさっさと処理するために、自衛隊を呼んだというのが本音だろう。
自衛隊のほうも実践的狙撃訓練の場になったから「願ったり叶ったり」。
だから、この宙吊り遭難者もお国の為に貢献したのだから、無駄な死ではなかったのだ。
結局、昨今の冬山遭難者も状況は同じで「自己鍛錬の為に生死を厭わない」人たちを肴に、警察や自衛隊のヘリが悪天候下の飛行訓練していると思えば、まあ浮かばれるのかもしれない。

1960年代、危険な冬山やロッククライミングに挑戦することは、当時の若者にとってスタンダードな生き様であった。若者の人口比が卓越していた時代において、これを非難する世論は出来ようもなかった。
50~60代の今になってもなお、チャレンジできる精神力と経済力があるというのはある意味羨ましいし、恵まれているともいえよう。
そんな気概が日本の高度成長期を支えていた訳で、その気概は決して誤っているとはいえない。
元気なうちは寧ろどんどん冬山にチャレンジすべきだ。
これからは、恐らくますます悪天候をついて冬山登山する団塊世代高齢者が増えるだろう。1950~60年代の「登山ブーム」で青春を山登りに賭けたのだから、他人がそれをどうこういう権利なんかない。
大いにやれ。
恐らく年末年始に冬山に登った人たちの幾人かは「死にに行く」ということを自覚していると思われる。
でも最後の最後で命が惜しくなってしまい、救助を呼んでしまうのだ。やはりそこまでの覚悟は難しいのだろうな。
だからこれからはいっそはっきりと「自決登山」と割り切って冬山に突入すべきではないだろうか。
中途半端が一番いけない。
他人に迷惑をかけないよう「死ぬんだったら死ぬ」と明確に意思表示しないとダメなんだろう。
昨年末、富士山で遭難した元F1レーサーとか、先日NHKで放映されていた7つの大陸の最高峰を制覇チャレンジしている登山家の映像なんか見ていると、仲間の凍死とかは「致し方ない」ことのようだ。
そこまで割り切る事が登山というならばそれはそれで清々しい。

たまにハイキング程度の奥多摩低山ハイクなどすることがあるが、こっちは息が上がっているのに高齢者の団体や個人がどんどん追い抜いていく。
まるで天国へ駆け上っていくように。
きっと己の死ぬ場所を知っている世代なんだろうな。
もはや自分にはそんな体力も気概もない。
団塊の世代までは、まだ冬山で遭難しても、救助はあるし、願い叶って山で死んだとしても、いずれ収容され手厚く葬ってくれるであろう。息子娘も設けたし、もう己の人生に悔いはないのだろう。

でも、「後始末」してくれるのはここまでだ。
これからの時代、そして以後の世代は「死に行く者」に構うほど寛容ではなくなる。
これからは遭難しても絶壁でザイルに吊るされたまま、収容されることもなく死ぬだけ。
報道もされなくなろう。なぜならそんなことはもう日常茶飯事だから。
そのうち鳥の餌となって白骨がぶらーんぶらーんと揺れるだけ。
収容も看取られることも葬られることもない。
南北アルプスは白骨の山となり雷鳥は骸骨に巣を作るであろう。日本の中部山岳地帯は「自然白骨墓地公園」と名称を変え、死に行く人たちの霊域として、誰も立ち入ることはしなくなる。
来るのは、自殺者と修行僧位なもの。
そう、再び日本の山々は俗社会から切り離され、大自然に戻っていくのである。

素晴らしき日本の山々がここに甦る。
これで炭酸ガス25%削減達成も夢ではなくなるね。はとぽっぽ。
なにせ火葬する必要ないのだから。

さあ、この週末も冬型が強まって冬山は大荒れらしい。
来週明けの冬山遭難ニュースはいったい何件あるだろう。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/