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『ゴジラ-1.0』を観る

映像鑑賞
01 /10 2024
『ゴジラ-1.0』を観る。

自分は特段「ゴジラ」に興味はない。
というより殆ど観ていない。最初の「ゴジラ」を子供の頃、TV放映で観た記憶があるのみ。
それ以降は、陳腐な続編ばかりという印象で全く鑑賞する意欲も湧かなかった。
近年製作された『シン・ゴジラ』も庵野秀明氏が監督という理由のみで鑑賞したが、確かにSFXの出来は良かったものの、ストーリーに関しては然程面白いとは感じず記憶に刻まれることもなかった。
だから単に「ゴジラ」新作が封切られたという理由だけで映画館に足を運ぶはずもなかったが、宣伝映像にそれなりのクオリティーで旧海軍の艦艇が映っており、時代背景も終戦直後の動乱期という設定が妙に気にかかった。
更に、封切後の評判も良く、これはちょっと観ておかねばいけないかなという気に至る。
(以下ネタバレ注意)
映画館に足を運んだのは正月4日目。
それなりに観客も入っていた。
さて、総じた個人的感想としては残念ながら期待していたほどの出来ではなかった。
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の製作スタッフが携わったということでCGの完成度は高く、映像的には『シン・ゴジラ』と同等かそれ以上のクオリティーが保たれていた。
しかし、ストーリーは薄っぺらで共感できる部分は少なかった。
終戦直後の日本に襲い掛かるゴジラという設定は興味深く、旧軍の兵器で対抗するというシチュエーションも悪くない。
しかしそういった時代背景であれば、もっとグローバルで深堀りしたシナリオが欲しかった。
重巡高雄もあっけなく沈没するし、その他旧軍生き残り艦艇も荒唐無稽な装備を搭載されてリアリティーを削いでいたし、またラストに出てきた「震電」も安っぽい動きで真実味に欠けていた。
何だか昔観てゲンナリした映画『ローレライ』を彷彿とさせて気分が落ち込んでしまった。
更には「さらば宇宙戦艦ヤマト」的自己犠牲特攻精神の浪花節に嫌悪感を抱いたし、父母子愛的「お涙頂戴」シーンも鼻について作品に没入することは最後まで出来なかった。
とにかく話が総じて安っぽいのだ。

もし、自分が同じ時代設定で「ゴジラ」を作るなら以下のストーリーにする。

終戦直後の混乱した講和前の日本。
1946年、太平洋上で行われたアメリカの核実験「クロスロード作戦」後、突如パラオ近海に現れたゴジラが旧南洋諸島を次々襲って日本の帝都に向かって北上。
米国大統領トルーマンはGHQの総撤退を命じるが、日本占領軍総司令官のマッカーサーは「ゴジラはソ連の開発した怪物兵器」と信じて疑わず、米軍が撤退すればソ連が日本を占領するのは確実。そんな事態は絶対に容認できぬと撤退命令を拒否、それどころかゴジラ撃退に核兵器を使用することを進言、トルーマンと対立する。
この混乱に乗じて日本宰相吉田茂は密かに日本再軍備を画策。
隠遁中の旧陸軍中将石原莞爾を総帥とした対ゴジラ特務機関「王道楽土」を創設。
マッカーサーから極秘裏に旧海軍艦艇の指揮権を取り戻すことに成功。
シンガポールから回航した重巡高雄を旗艦とする「王道連合艦隊」で接近するゴジラに挑む。
「皇国の興廃この一戦にあり。総員一層奮励努力せよ!」を表すZ旗を掲げ、駆逐艦「雪風」以下、旧海軍艦艇の果敢な水雷戦シーンをこれでもかとリアルに描く。
しかし、勇猛にゴジラに挑んだ「王道連合艦隊」も結局は壊滅。
ゴジラは東京湾から上陸し、怪光線で帝都を再び焦土と化した。
このままではソ連に日本を乗っ取られると危惧したマッカーサーは極秘裏に石原莞爾に核兵器を一発譲渡。
これでゴジラを倒せと命じる。
マッカーサーからすれば米軍自ら核兵器を使えばトルーマン大統領に対する明確な反逆になるが、旧日本軍に使わせれば自らの手を汚さずに目的が達成できると画策したのだ。
かくして石原莞爾はゴジラに対して「王道菊水作戦」を発動。
重爆「富嶽」に米国の原爆を搭載し、厚木基地を発進。
ゴジラが口を開けた瞬間を狙って電波誘導で精密爆撃。
見事ゴジラは四散し、物語は大団円かと思えた。
しかし、その後、匿名科学者の驚愕なる極秘情報が石原の耳に届く。
実はゴジラはアメリカの核実験で覚醒した怪物で、先の「王道菊水作戦」でもバラバラになっただけで更なる原爆の放射能で強化され、やがて蘇ると。
それを知った石原莞爾はゴジラを自らの著書『世界最終戦論』の依り代として再生させることを画策。
この無敵のゴジラを我が手中に収めれば大日本帝国と満州国再建が叶い、「五族協和」で欧米列強に対抗しうる強力な武装国家として来るべき「最終戦争」に勝利できると確信。
昭和天皇も石原莞爾のこの革新的構想に歓喜し合意。
この年、吉田茂に代わって首相に就任した石原は極秘に「王道楽土覚醒計画GOZIRA」を発動。
マッカーサー占領軍には全て秘密裏に復興事業をカモフラージュにしてゴジラ肉片を回収。
そして三種の神器と共に伊勢神宮境内にご神体として奉納し、ゴジラ再覚醒の日を祈るシーンで終わる。
戦後日本は現実の対米一辺倒単独講和を目指した吉田茂首相ではなく、ゴジラの出現によってゴジラを依り代とした完全独立を果たす王道宰相石原莞爾が握る事となる。
実際の石原莞爾は1949年に60歳で亡くなったが、劇中ではゴジラの怪光線の副次的効果によって病巣が取り除かれ、120歳、2009年まで生きて日本を統帥し、王道楽土に導く設定だ。

どうであろうか?

このような重厚壮大なストーリーを映画館でひたすら妄想していた。
途中からこの己の妄想のほうが卓越してしまい、鑑賞中の『ゴジラ-1.0』のことなどどうでもよくなってしまった。
ある意味、新たなる妄想を搔き立てる事が出来る作品は幸いである。
真の駄作は妄想の源泉にすらならないのだ。
よって『ゴジラ-1.0』は少なくとも内容はともかく鑑賞する価値は大いにあった。
劇場に足を運んで損はなかろう。

以上『ゴジラー1.0』感想終わり。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/