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2024年、新春に思ふ。

日常
01 /10 2024
遅ればせながら明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
2024年賀版下aa
さて、新年が明けた元旦。
何気なくBSにチャンネルを合わせたら黒澤明の『用心棒』が放映されていて、気が付くと全編見てしまった。
貴重な元旦を古い映画で消耗させる虚しさを抱きながら近所の神社へ初詣。
昭和40年代の頃は場末の古ぼけた子供の遊び場みたいな神社だったのに、今や中央線沿線でかなり有名な神社と成り果て、参拝するにも長い時間待たねばならぬ程の人気。
その行列に並んでいる最中にスマホから緊急地震速報が流れる。
どうやら北陸地方で大きな地震が発生したようだ。
こういう時に備えていつもラジオ付き無線機を携帯しているのにこの日に限って部屋に充電したまま置きっぱなしだ。
年始の神頼み行列の場で己の程を天に吟味されているようで如何ともしがたい状況に憤懣やり方ない。
正月二日目も羽田空港で事故の報。
この状況でテレビの正月特番も吹っ飛んでしまった。
もっとも昨今の正月テレビを楽しむ過ごし方から久しく遠ざかってしまったため、特段惜しいとも思わぬ。
逆に不謹慎ながら地震と事故は皮肉にも近年稀にみる「新春ライブ特番」と化してしまった。
だが、何かが引っかかる。
ライブ映像から流れる北陸の街に人影がないのだ。
昨年、夏の東北豪雨の時もTVライブ映像で見る限り地元住民の姿が薄い。
昭和30年代の自然災害記録映像など観ると、地方でもそこかしこに人で溢れ、右往左往しているのに。
超少子人口減時代と言われて久しいが、若い人間が街から消え、家に籠る高齢者だけの社会と成りつつあることのほうが災害そのものよりも恐怖に感じる。
更に災害を伝える側の妙な鈍さも気にかかる。
正月という長期休暇の最中に起こった事象だから、報道の立ち上げも普段通りにはならないとはいえ、何だか昭和の「災害報道」と比べると気力に乏しい。
「働き方改革」云々で休日返上で不眠不休で働くなんてことはもう誰もしなくなったのだ。
これだけの災害、事故が起こったとしても、もう必死になって伝える事を辞めざるを得ない社会は逆に危うい。
更にその状況に対してネットのSNS等では香ばしい蠢きが醸し出されている。
所詮SNSなど「便所の落書き」でしかない。
9割9分8厘は役に立たない戯言だ。
その屑の山に埋もれている僅かながらの必要な情報を取捨選択する嗜みあってこそのSNSである。
にも拘らずそんな「肥溜め」に向かって品行方正を求めたり、憶測の呟きすら許さない「不謹慎警察」みたいな輩が闊歩し、当事者でもないのに胡散臭い「正義」を喚いている状況を観るのは実に滑稽だ。
そんな輩がかつて関東大震災時に雨後の筍の如く湧いて出た「自警団」の如く、厄介な所業を起こす起因となるのだろう。
どちらにしろ、大災害や事故に対して、被災者も報ずる側も救援する側も、そして「高みの見物」を決め込む民衆も、良くも悪くも対峙する度量やエネルギーが失せているのだ。
昭和時代であれば、これをバネとしてより一層の飛躍の梃子にすべく奮闘したが、もうそんな気力は日本人には残されていないのだろう。
そんな状況下、日本の近辺に存在する覇権国家が軍事行動に出たらもうこの国もおしまいだろう。

それにしても浩宮天皇陛下の時代は受難の連続だ。
コロナ文革という禍が終焉したと思う間もなく、元旦から大災害や事故が連続し、一般参賀もまたもや中止。
「令和」は正に日本衰退の象徴的元号と成り果てた。

年賀状が書き上がったのは正月から10日近くなってから。
何もかも時間に追われ、間に合わなくなってきた。
喫緊の作業を終えるには、その前の喫緊の作業を処理しなければならない。
まるで渋滞に嵌ったの如く前に進むことが出来なくなってきた。
今年で65歳となる。
明らかに体力、気力の減衰が実感として圧し掛かる。
今後は現状維持が出来れば御の字だ。

どうでもよい余談だがアマゾンの画像アフェリエイトリンクが廃止となって年始からこのブログに張り付けていた自分の書籍リンクが全部切れてしまった。
一体どんな理由でアマゾンが設定変更したか知らぬが、この所業でブログを作り直さねばならなくなったユーザーも少なくないだろう。
Webは短期的にシステムが更新されるから使い慣れた「道具」が一瞬にして別物に化けてしまう。
もはや「道具」として扱われているのはユーザーたる「人間」のほうだ。
システムに合わせて人間のほうが変わらざるを得なくなる。
そんなのは真っ平ごめんである。
ウインドウズアップデートの度に使えなくなってくる「道具」とは何なのだ?
結局、25年前に導入したMacG3のほうが余程「道具」として優秀である。
「道具」というものはスタンドアローンであるべきで、勝手に干渉し、改変されたらおしまいである。
それがもはやWebの限界であって、遅かれ早かれ生成AIも進化の袋小路に嵌って自滅するのは時間の問題だろう。
「道具」は使うものであって、使われるものではない。
だから最近は、絵を描くにもアナログ回帰で水彩用紙に透明水彩で彩色する工程に戻そうかとも考えている。

いずれにせよ、これからあまり良いことは起こらないだろう。
やがて「勝てない」戦争が始まり、高齢者しかいない日本は悲惨な状況となって、お金と地位がない者はバタバタと死んでいくしかなかろう。

2024年も宜しくの程を。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/