今年も桜の季節
日常
今年もまた桜の季節が来た。
24日に例年のごとく、新宿御苑にスケッチと写真撮影。
御苑は今春より入場料を倍以上に値上げした。大人200円から一気に500円へ。
これではあまり気軽に行ける場所ではなくなってしまう。
入場門は行列。過半数が外国人ではなかろうか?
欧米系、中国、韓国系に混じって東南アジア系の言語も多く耳にする。
経済成長著しいのだろう。いつしか日本のほうがGDPで抜かれる日も近い。
気温は20度に迫る暖かさ。すでにソメイヨシノは八分咲き位。





スケッチしていると、昨年に続き、外国人が写真を撮ってくる。そんなに珍しいのだろうか?

外国人といっても御苑で桜見物するのは富裕層なのだろう。「金持ち喧嘩せず」で、皆穏やかで礼儀正しい。
一方で、コンビニや飲食店で就労する外国人はこのような所へは遣って来ないのだろう。
入場料金値上げした分、開園時間も延長されて18時まで滞在できるようになった。
夕日がNTTドコモビルの向こうに沈んでいく。

先週の土曜日も大学サークルOBで毎年恒例の花見をする。
場所は代々木公園。このときはまだ二分咲き程度で花見客も疎ら。
更にはあいにくの小雨模様。それも霰だ。
気温も10度以下。花見というより耐寒訓練。
この季節は寒暖の差も激しく、天気の移り変わりも頻繁だからなかなか好天の下での花見には恵まれない。
今年のOB花見日程ははずれだったな。
それはさておき、同輩はもう還暦前後。
既婚者は息子娘すら結婚の話が出るという。
遅かれ早かれ孫が生まれ、祖父祖母の世代に。
そんな話を聴くと、改めて独身で居る無意味さが身に滲みる。
子供は勝手に成長し、更なる子孫を残す。己の意思には関係なく未来が築かれていく。
いわば「自動未来製造機」だ。
この唯一無二の装置を獲得出来ない無念さが歳を負うに連れ、重たく圧し掛かる。
子供を残せる者と残せない者との差はいったいどこにあるのだ?
表面上に差があるようには思えない。
ただ、明らかに新卒就職した者に妻帯者が居る傾向が強い。
だが何か決定的な要因が他にどこかにあるとしたら?
宿命としての独身。
宿命とは何か?
ただ老い朽ちるだけの存在。
還暦を前にして、あと出来ることは何なのか?
逡巡したところで何も始まらない。いつものことである。結局答えなどない。
確かなことは少なくとも「このままでは終われない」のは確かだ。
アニメ『ケムリクサ』全12話が終わった。
テレビ放映リアルタイムでほぼ全話観る。
41年前に、同様にリアルタイムで観た『未来少年コナン』や1994年の『新世紀エヴァンゲリオン』の追体験に近い。
後半、妄想の琴線に触れてしまい、不毛な落書きに興じてしまった。
全部、ツイッターやピクシブに上げる。
『ケムリクサ』はそれだけ妄想力を喚起させるハイレベルな作品であることは間違いない。
最後は意外とあっさり、捻りもなく終わる。
物語としては「お約束」の王道で、めでたしめでたし。
続編の余韻もなく、とにかく12話完結として何とか収まったようだ。
結局、『ケムリクサ』の舞台は地球の都市を3Dモデリングするために遣って来た「宇宙人」の「船」の中での物語だったのか?
最後に「船」から出た世界は如何なる場所なのだろう?
実際の地球なのか?宇宙人の母星なのか?あるいは更なる「船」の外郭部分なのか?
おそらく、「船」と地球とは同じ時空間では繋がっていないのだろう。
其々別々の時間軸の世界で独立しており、わかば達は特別な技術で別の時間軸世界に干渉出来るのだろう。
だから 物理的に地球の上に浮かんでいる訳ではないと想像する。
次元が違う場所に独立して存在し、サルベージする時だけ干渉するのだ。
地球に住む者にはまったく気づかれない方法で。
次元空間が繋がっていないのだから、スケールの問題とか、ケムリクサが実際の地球に影響を及ぼすとかは、余り意味のない邪推かもしれない。
一方、ストーリーとしては、イレギュラーにサルベージされた「さいしょのにんげん」がケムリクサで六つ其々の人格に分裂し、最後に初心を果たすという流れだった。
だが、ヒロインとしてのりんが、わかばに対しての愛情開花の経緯がいまひとつで締めの台詞に至ってしまい、結局りんというキャラクターには最後まで感情移入出来なかった。
「さいしょのにんげん」のコピーの一部であるから、その目的であるわかばに対する「愛情」は必須のはずが、主に戦闘要員として描かれているから、もしかすると「愛情担当」は別の姉妹に移植されているのかと。
だから、最後の最後までわかばに対してはブッキラボウ。果たして愛情の発芽に至ったのか。
時々、体が火照る等の描写はあったが、それも取ってつけた描写でいまひとつ。
男勝りすぎるので、りんはトランスジェンダーかもしれない。
だから、男に対して恋愛感情を持たないのだ。なぜそんな存在が「さいしょのにんげん」の分身となったのか?
「敵」と戦わねば目的を遂行出来ない以上、6人の「分身」が戦闘能力の高い素質を持つのは尤もだが、そうなると話がどうにも破綻してしまう。
結局、りんがわかばに告げた締めの言葉も恋愛感情ではなく、強敵を共に倒したわかばの意外なマッチョ性を褒めただけではなかろうか?「お前もやるな」みたいな。
あるいは、最終的に敵を倒した段階で、りんの恋愛感情が解き放たれるトリガーが仕込まれていたのか?
その辺りは何回も観直さないと理解に至らないのかも。
いずれにしろ、『ケムリクサ』も次世代に希望を託す物語に違いはない。
「さいしょのにんげん」りりが犯した罪の払拭と愛する者の救済を、ケムリクサを触媒にして実践する。
この現実の世でケムリクサに代わる触媒とは何か?
それは男女の営みだ。
結果、生まれ出でる「次世代」が、新しい世界を実践する。
『ケムリクサ』は国産みの物語でもある。
やはり、次世代を育む以外に、未来はないのだ。
3月も終わろうとしている。
そして月が明けると次の元号の発表。
何やら「安」という漢字が入る噂が。
勘弁して欲しい。
万一、読み方が「あきゅう」とか「あびゅう」とかなったら最悪だ。
己のペンネームと類似して、生涯有象無象の至近弾が十字砲火のごとく目の前を飛び交う。
兎に角、「あ」で始まる元号など御免被る。
「高輪ゲートウェー」も通る世の中だ。
いっそカタカナのきらきらネーム元号にでもしたらよろしい。
24日に例年のごとく、新宿御苑にスケッチと写真撮影。
御苑は今春より入場料を倍以上に値上げした。大人200円から一気に500円へ。
これではあまり気軽に行ける場所ではなくなってしまう。
入場門は行列。過半数が外国人ではなかろうか?
欧米系、中国、韓国系に混じって東南アジア系の言語も多く耳にする。
経済成長著しいのだろう。いつしか日本のほうがGDPで抜かれる日も近い。
気温は20度に迫る暖かさ。すでにソメイヨシノは八分咲き位。





スケッチしていると、昨年に続き、外国人が写真を撮ってくる。そんなに珍しいのだろうか?

外国人といっても御苑で桜見物するのは富裕層なのだろう。「金持ち喧嘩せず」で、皆穏やかで礼儀正しい。
一方で、コンビニや飲食店で就労する外国人はこのような所へは遣って来ないのだろう。
入場料金値上げした分、開園時間も延長されて18時まで滞在できるようになった。
夕日がNTTドコモビルの向こうに沈んでいく。

先週の土曜日も大学サークルOBで毎年恒例の花見をする。
場所は代々木公園。このときはまだ二分咲き程度で花見客も疎ら。
更にはあいにくの小雨模様。それも霰だ。
気温も10度以下。花見というより耐寒訓練。
この季節は寒暖の差も激しく、天気の移り変わりも頻繁だからなかなか好天の下での花見には恵まれない。
今年のOB花見日程ははずれだったな。
それはさておき、同輩はもう還暦前後。
既婚者は息子娘すら結婚の話が出るという。
遅かれ早かれ孫が生まれ、祖父祖母の世代に。
そんな話を聴くと、改めて独身で居る無意味さが身に滲みる。
子供は勝手に成長し、更なる子孫を残す。己の意思には関係なく未来が築かれていく。
いわば「自動未来製造機」だ。
この唯一無二の装置を獲得出来ない無念さが歳を負うに連れ、重たく圧し掛かる。
子供を残せる者と残せない者との差はいったいどこにあるのだ?
表面上に差があるようには思えない。
ただ、明らかに新卒就職した者に妻帯者が居る傾向が強い。
だが何か決定的な要因が他にどこかにあるとしたら?
宿命としての独身。
宿命とは何か?
ただ老い朽ちるだけの存在。
還暦を前にして、あと出来ることは何なのか?
逡巡したところで何も始まらない。いつものことである。結局答えなどない。
確かなことは少なくとも「このままでは終われない」のは確かだ。
アニメ『ケムリクサ』全12話が終わった。
テレビ放映リアルタイムでほぼ全話観る。
41年前に、同様にリアルタイムで観た『未来少年コナン』や1994年の『新世紀エヴァンゲリオン』の追体験に近い。
後半、妄想の琴線に触れてしまい、不毛な落書きに興じてしまった。
全部、ツイッターやピクシブに上げる。
『ケムリクサ』はそれだけ妄想力を喚起させるハイレベルな作品であることは間違いない。
最後は意外とあっさり、捻りもなく終わる。
物語としては「お約束」の王道で、めでたしめでたし。
続編の余韻もなく、とにかく12話完結として何とか収まったようだ。
結局、『ケムリクサ』の舞台は地球の都市を3Dモデリングするために遣って来た「宇宙人」の「船」の中での物語だったのか?
最後に「船」から出た世界は如何なる場所なのだろう?
実際の地球なのか?宇宙人の母星なのか?あるいは更なる「船」の外郭部分なのか?
おそらく、「船」と地球とは同じ時空間では繋がっていないのだろう。
其々別々の時間軸の世界で独立しており、わかば達は特別な技術で別の時間軸世界に干渉出来るのだろう。
だから 物理的に地球の上に浮かんでいる訳ではないと想像する。
次元が違う場所に独立して存在し、サルベージする時だけ干渉するのだ。
地球に住む者にはまったく気づかれない方法で。
次元空間が繋がっていないのだから、スケールの問題とか、ケムリクサが実際の地球に影響を及ぼすとかは、余り意味のない邪推かもしれない。
一方、ストーリーとしては、イレギュラーにサルベージされた「さいしょのにんげん」がケムリクサで六つ其々の人格に分裂し、最後に初心を果たすという流れだった。
だが、ヒロインとしてのりんが、わかばに対しての愛情開花の経緯がいまひとつで締めの台詞に至ってしまい、結局りんというキャラクターには最後まで感情移入出来なかった。
「さいしょのにんげん」のコピーの一部であるから、その目的であるわかばに対する「愛情」は必須のはずが、主に戦闘要員として描かれているから、もしかすると「愛情担当」は別の姉妹に移植されているのかと。
だから、最後の最後までわかばに対してはブッキラボウ。果たして愛情の発芽に至ったのか。
時々、体が火照る等の描写はあったが、それも取ってつけた描写でいまひとつ。
男勝りすぎるので、りんはトランスジェンダーかもしれない。
だから、男に対して恋愛感情を持たないのだ。なぜそんな存在が「さいしょのにんげん」の分身となったのか?
「敵」と戦わねば目的を遂行出来ない以上、6人の「分身」が戦闘能力の高い素質を持つのは尤もだが、そうなると話がどうにも破綻してしまう。
結局、りんがわかばに告げた締めの言葉も恋愛感情ではなく、強敵を共に倒したわかばの意外なマッチョ性を褒めただけではなかろうか?「お前もやるな」みたいな。
あるいは、最終的に敵を倒した段階で、りんの恋愛感情が解き放たれるトリガーが仕込まれていたのか?
その辺りは何回も観直さないと理解に至らないのかも。
いずれにしろ、『ケムリクサ』も次世代に希望を託す物語に違いはない。
「さいしょのにんげん」りりが犯した罪の払拭と愛する者の救済を、ケムリクサを触媒にして実践する。
この現実の世でケムリクサに代わる触媒とは何か?
それは男女の営みだ。
結果、生まれ出でる「次世代」が、新しい世界を実践する。
『ケムリクサ』は国産みの物語でもある。
やはり、次世代を育む以外に、未来はないのだ。
3月も終わろうとしている。
そして月が明けると次の元号の発表。
何やら「安」という漢字が入る噂が。
勘弁して欲しい。
万一、読み方が「あきゅう」とか「あびゅう」とかなったら最悪だ。
己のペンネームと類似して、生涯有象無象の至近弾が十字砲火のごとく目の前を飛び交う。
兎に角、「あ」で始まる元号など御免被る。
「高輪ゲートウェー」も通る世の中だ。
いっそカタカナのきらきらネーム元号にでもしたらよろしい。