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水月ホテル鴎外荘「舞姫の間」 での宴席

創作活動
10 /20 2009
先日、漫画家M・M氏主宰幹事の、とある自費出版本執筆者謝恩会に出席した。
場所は、東京上野の水月ホテル鴎外荘「舞姫の間」 。
文豪森鴎外の邸宅をホテルに改築した料亭だ。
18時半から開宴のため、夜の上野公園を歩いたが、思いのほか暗いのにびっくり。東京都心とはとても思えぬ。
少し遠回りして駅から20分ほどで鴎外荘に到着。
出席者はエヴァのH.A総監督やゴジラのH監督など、錚々たるメンバー。
とても自費出版の宴席とは思えぬほどの豪華さである。
宴席に先立って自費出版本の元になった作品のヒロインY.Mの声優を担当なさり、現在は講談師として活躍中のAさんの講談を拝聴する。
そしてAさんの乾杯音頭の下、宴会に入った。
豪華和式フルコース料理。一人用の盆に料理が運ばれてくる。
1960年代の映画「駅前社長シリーズ」でよく観るシーンだ。
おそらく、これを有料で申し込んだら軽く1万円は越すであろう。
いずれにしろ、こんな豪華な宴席に招待されることは、殆ど稀であるからまったくもってありがたいやら吃驚するやら。
そして主宰の漫画家M.M氏の人徳が覗える。
面識のあるイラストレーターK氏と隣だったので、その元作品の思い出とか語る。
この作品が初放映されたのは、確か1974年だったか。
当時、まだテレビは一家に一台が当たり前の頃。中学生だった自分がチャンネル権を確保出来るか微妙だったにも拘わらず、何とかリアルタイムで観た記憶がある。
見終わった後、いつもエンディングテーマが頭の中でリピートして映像が脳裏に激しく焼きついていた。
第一次アニメブームの先駆けとなったこの作品を、同世代のクリエーターが避けて通ることはありえなかったろう。
最近、実写化されると聞くが、自分にとってはあくまで最初に放映されたオリジナル作品がすべてである。
初放映から35年経ったと改めて知ると感慨深い。

それにしてもかつて文豪森鴎外が住んでいた邸宅でアニメ、漫画のクリエーターが宴を開くなんて、何だか妙な感覚だ。

22時半過ぎに宴は終了し、クリエーター数人と共に夜の上野公園を歩む。
かつて、森鴎外邸に通った明治の文学者仲間もこんな感じで上野駅に向かったのであろうか?なんて妄想してみる。
残念ながら今の世は「坂の上の雲」のような富国強兵時代でもなく、未来は暗い。
上野駅まで歩く間、国を憂うなんて話は微塵も出ず、話題は1970年代声優アイドルであった。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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