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『この世界の片隅に』を観る

映像鑑賞
12 /03 2016
先日、アニメ映画『この世界の片隅に』(原作/こうの史代、監督/片淵須直)を観た。
板橋区にあるシネマコンプレックス。休日だったのでほぼ満席。
かなり前から評判だったのでなかなか手ごたえのある作品だった。
原作者の方については、コミティアで自費出版していた位の知識しかなくて、こんな重厚長大な作品を商業誌で連載していたとはまったく知らなかった。
映画のストーリーは呉に嫁いだ一人の女性が淡々と戦時中の銃後の視線から垣間見た作品。
それを克明にアニメーションで再現しており、実際、あの当時、呉にいたら、あのような情景が広がっていたに違いないと感じる。
兵器描写もリアル感があって、この部分だけでも興味深い。
松山の紫電改(一瞬、雷電かと思った)やB-29、大和や重巡洋艦青葉等も克明に描かれている。
戦後70年以上経って、当時の情景がリアルな動画で再現されるというのは妙な気分にもなる。
当時、米軍が撮影した呉空襲のフィルム等は結構残っているが、それをアニメーション映画として再構成という点でも価値ある作品だ。
このクオリティーで本土防空戦のアニメが観てみたい。
昔、自分がコンバットコミック他で連載していたB29が主役の『ジェットストリームミッション』という作品があるが、これを今回の水準並みでアニメ化出来たら・・。
もっともクラウドファンディングで募っても、お金が集まる見込みはなさそう。
まず企画が通らない。
以下の画像は『ジェットストリームミッション』からB29のシーンより。
JSM1707.jpg JSM0107.jpg JSM0503a.jpg JSM1801.jpg JSM1803.jpg

それはさておき、劇中で主人公が呉初空襲に遭遇したとき、その光景を見て、絵に残しておきたいほど綺麗な情景だったと感慨にふけるシーンがあった。
たしか徳川夢声の『夢声戦争日記』でも著者が東京大空襲を見て「凄観!、壮観!、美観!」と記してあった事を思い出す。
空襲下では何万人もの人間が焼き殺されているのにも拘わらず、その情景は恐ろしくも美しく映る。
しかし、それが人間として正直な感覚であることを素直に描くことが大切なのだ。
妙なバイアスをかけて悲惨さだけを強調すると、戦争の本質を見失う。
人間がなぜ戦争をするか。
それを問うためには嘘偽りない「現実」を描かねばならない。

戦争を題材とすると、自ずとそこに制作者の意図というものが介在してくる。
すなわち同じ戦争を扱っても描き方によって「反戦」映画にもなるし、逆に「戦意高揚」とか「プロパカンダ」映画にもなりうる。
バイアスをかける意図が強ければ強いほどその作品は胡散臭くなってくる。
そういう意味で『この世界の片隅に』は比較的冷静な側面から戦争を描いている気がする。
その手法が正しいかどうかは観る者それぞれが判断すればよいこと。
絶対的基準など存在しない。
最近はあまり耳にしないが「戦争娯楽映画」というジャンルもあった。
「戦争」と「娯楽」を結びつけると昨今は「不謹慎」と叱咤される向きもあるが、皮肉にも第2次世界大戦体験者が現役だった時代にそんなジャンルの戦争映画が多かったのも事実。
そこにもまた「戦争」の本質を探る鍵がありそうだ。

それにしても今年は、手ごたえある劇場用アニメが多い気がする。
『君の名は。』が宮崎駿的ヒットであれば、『この世界の片隅に』は高畑勲的ヒットといえようか?

最後にツイッターにも上げたが「漫画の手帖」連載コラム『妄言通信』カットイラスト。
妄言通信1612原画a
昭和20年10月、呉湾にてすずさん、海上特攻要員として訓練を受けるの図。
『この世界の片隅に』の世界で、もし昭和20年8月に終戦とならず、陸軍がクーデターを起こし、徹底抗戦となったらこんな情景もありえたのかなと。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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