ドラマは所詮夢物語

映像鑑賞
06 /20 2016
地上波民放TVで放映されていた漫画編集者が主人公のドラマが先日、最終回だった。
特段熱心に観ていた訳でもなく、部分的に掻い摘んだ視聴でしかなかったが、自分の生業を舞台にしたドラマだったのでザッピングするリモコンの手が止まっていた。
老練漫画家は出版社の漫画賞を獲り、新人漫画家は初版5万部で再版出来の大ヒット。元チーフアシスタントだった40代男性も堅気の商売で成功し晴れて結婚。
基本ハッピーエンドな終わり方だった。

だが、漫画家に限らず、大抵のクリエーターはここに至ることはない。
99.9パーセントの者が漫画賞はおろか、人々の記憶にも残らず消えていく。
新人の殆どが初版1万部に達せず、数千部止まりの上に重版もなし。それはまだ良いほうで、途中打ち切りでコミックス化すら到達できぬものが多い。
漫画の世界から足を洗ったからといってまともな就職も間々ならず、40代にして大学生バイトと同じ給料でその日暮らし。結婚など御伽噺・・というのが現実に近い。

この国において、自由業は生きにくい。
基本、今でも新卒採用、終身雇用、専業主婦のための社会構造だから、そこから少しでも外れると「人生の敗北者」になってしまう。
学校教育も従順な集団行動を基準に育成プログラムが組み立てられているから、自由業のような独立独歩での生き方は誰も教えてくれない。
ただひたすら流れに乗せられ、言われるがままに学校へ通い、促されるままに就職活動し、気がつけば飛び込みセールスを強いられる会社で酷使される。
従順で堅実な集団行動処世術に長けた人間だけが最低限の生活を得られる。
それ以外の選択肢は苦痛しか待っていないのが日本社会。
企業の中での営業一兵卒。それが日本のスタンダードな生業なのだ。
滅私奉社の中で、専業主婦を娶り、子を育てる。
それしかまともな生き方が出来ない。
サラリーマンとしての素養がない人間がただ流れに乗せられ、人の言うとおりにやっていると、とんでもないことになる。
自由業という道を選ぶならば、まずこの流れから外れ、すべて自分で考え、自分で決めて、自分で実践しなければならない技を磨かねばならぬ。
ドラマで描かれていた初版5万部で、更に重版がかかった新人漫画家みたいのは空想だ。
確かにそんな大ヒット作家になれば、宣伝、出版、営業、経理、その他諸々の雑務はすべて編集や出版社がやってくれる。
劇中のサイン会も担当がすべてお膳立てし、書店が率先してパネルや宣伝素材を用意してくれる様子が描かれていた。
そう、漫画家を含めた数多のクリエーターは、大ヒットさえすれば、自分の創作に専念出来、それ以外、何もしなくてよい。
煩わしい雑務はすべて会社組織が面倒見てくれるのだ。
それに乗っかっていればよいだけ。それだけで計り知れない収入が保障される。

だがこれは万に一つ、いや億にひとつの空想物語だ。
出版社に依存し、作品だけ描いていられる神に選ばれし「王侯貴族クリエーター」はこの国に同時に10人も居まい。
あとの99.98%のクリエーターがこのような待遇に与ることは決して、ない。
デビューしてある程度の年月、結果が出せなければお払い箱。
それでも漫画家として生きたいのなら、出版社が担ってきた、営業、出版、経理、渉外、宣伝等諸々の「雑務」をすべて自分で取り仕切らなければならぬ。
かつて、このような「雑務」を個人で運用出来る環境は存在し得なかった。
だから、見込みがなくなれば漫画家から足を洗うほか、なかったのだ。
今はWeb環境や自費出版市場の広がりによって、かつてよりは個人レベルで「生き残り」を計れる間口は増えた。
とはいえ、今の日本社会は相変わらず、漫画家が出版社に依存せずに生きていける環境は「ない」に等しい。

だから、もし漫画家他、クリエイティブな世界で末永く生きることを志望するのなら、出来るだけ早く、日本のスタンダードな社会風習や教育からエスケープしなければならない。
大きな組織に依存することを前提とする、その構造の中に浸ってしまえば、もう「自分で考え、自分で作り、自分で売っていく」という意欲もスキルも身につかない。
そのまま大人になって、漫画家を生業と望んでも、数年で行き詰まることとなる。

日本社会は独立独歩で「創作」を生業とする者を保護、育成する環境は一切ない。
あるのは会社人間育成のみ。
だから、ほんの一部の売れっ子クリエーターしか「クリエーター」として生きることは出来ない。
大半は結婚、子を設ける事はおろか、まともな社会生活すら営めない。
これが終身雇用制度が崩壊した今も尚続いているから、超売れっ子以外は非正規雇用やアルバイト、パート、ニート、引きこもりになるしか生きる選択肢はなくなる。
これが現実。

出版社に依存しない漫画家は存在し得るだろうか。
営業、出版、経理、渉外、宣伝等諸々、人を雇う余裕などまずないから、すべて自己負担だ。
作品発表はキンドル等の電子書籍に頼るしかない。少なくとも紙の媒体と比べて経費は掛からない。
しかし、ただアップしただけで売れるものではない。
何かしらの仕掛けで販売促進を図らねばならぬ。動画サイト等で宣伝を仕掛け、何とか電子書籍売り上げを促す。
ネットを宣伝媒体にすれば経済的負担は軽い。しかし効果の程は未知数。
またネガティブな情報も全て自分で処理しなければならぬ。
出版社で執筆していると、ファンレターなども編集部経由で中身を確認された上で作者に渡されていた。
だがそんな安全クッションもなく、すべてダイレクトに本人が被らなければならない。
それら「雑務」を負担しつつ、創作を続けるタフさも必須。
365日、24時間不眠不休でも時間は足りなくなるだろう。
にも拘らず、これで生活を営めるほどの収入が上げられる可能性はとても見込めない。


結局、漫画家というものは全国誌何十万部という印刷媒体に載り続けない限り、生き残ることは難しい。
未だ電子書籍一本で食っている漫画家の話は聞いた事がない。居たとしても極例外事例だろう。

出版社に依存せず、独立独歩で漫画家を続けていくには従来の職業概念を大きく変えて「自分で考え、自分で作り、自分で売っていく」ビジネスモデルを捻り出さなくてはならない。
そのためには、いち早くこの国の画一プロセス環境から逃げ出し、超人的コミュニケーション能力と驚異的執筆速度と強靭な精神力で闘争しなければならないだろう。

ドラマは所詮夢物語だ。



あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/