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『バケモノの子』を観る

映像鑑賞
07 /25 2015
絶賛上映中の夏休み恒例、細田守作品『バケモノの子』を観て来た。
宮崎駿氏が長編作品を引退し、庵野秀明氏も『エヴァ』以降、エンターテイメント新作アニメ製作から遠ざかり、新海誠氏も今ひとつメジャーに成り切れない状況下、ヒタヒタとディズニー映画が日本のアニメ市場を侵食しつつある今、唯一頑張っているのは細田作品位だろうか。
(以下、ネタバレ注意)
殆ど予備知識なしで観賞。
思ったよりも長い作品だったが、飽きさせることなく最後まで興味深く観賞出来た。
前作の『おおかみこども・・』では人間と獣間の葛藤をテーマにしたにも拘わらず、母子家庭の苦労を描いただけで終わってしまった感があったが、今回の『バケモノの子』は一応、広げた風呂敷は全部納めていてよかった。
渋谷に人間界とは別の空間があるというのは、自分も自費出版『渋谷宮益坂妄想』で描いたことがあったので妙に納得。
そういえば、先日TVで新作の『ガッチャマン』を観たが、なぜか同様に渋谷が舞台だった。

まあそれはさておき、全編通じて感じる事は、親子のあり方とか、血筋とか、血統の抗いというものは、男の人生において避けて通れぬ宿命であることを痛感させられた作品であった。
就職、結婚、子育てという男にとって当然の通過儀礼を避けてきた己からすると上映中、スクリーンに向かって「あいすみません」と懺悔の念を吐露する連続だった。
男たるもの、ある年齢に達すれば、己の技を次世代に継がせ、新たな未来を築く礎とならねばいけない。
だがその責務を放棄し、いや継がせるべき技すらこの歳になってまで持ち合わせぬ、己の惨めさに目頭が熱くなった。

バケモノ界のヒーローである猪王山には、己の技を継がせるべき良き家庭と息子がいる(この辺りは伏線があるのだが)。
それはバケモノ界の模範もであり、人望も厚い。
それに対抗する熊徹は結婚もせず、子供も居ない。己の技を継がせる弟子も居ない。
バケモノ界では鼻つまみ者だ。
そこに主人公九太が人間界から迷い込み、紆余曲折あって熊徹の弟子となる。
うだつの挙がらなかった熊徹は遂に己の技を継承する「未来」を手に入れたのだ!
思わず、自分はスクリーンに向かって「悔しい」と吐露した。
結婚も出来ず、将来を託す子供も居ない絶望独身男性からすれば、熊徹はその屈辱の日々から脱出する手立てを獲得したのだ。
熊鉄はみるみる男としての度量を上げて、ついに猪王山を倒す。
男は「父親」になってこそ、男としての価値が試されるのだと痛くシンクロした。
熊徹は血が繋がっていないものの、限りなく「息子」に近い九太という弟子を持つ事によって男としてのステージアップが計られたのである。

監督が映画パンフでも語っているように「旧来の伝統的家族観はもはや参考にならず、新しい家族のあり方を模索しなければならない」と語っているが、つまり必ずしも血統が繋がっていなくとも、未来を継承する「息子」「弟子」を確保していかねばならないということだろう。
この超少子高齢化の日本において、可及的速やかに解決せねばならぬ問題は正にここにあるのは間違いない。

同時に『バケモノの子』では、「未来」を確保出来る男と出来ぬ男の闘争も描かれている。
それが九太と猪王山の長男、一郎彦との対決だ。
一郎彦は実は父親と血が繋がっていない事が後に明らかとなる。九太と同じく、人間界で捨てられた存在だったのだ。
だが九太と一郎彦には決定的な違いがあった。
それは九太には献身的な恋人が居たと言う事。
一郎彦には居ない。
その差は男の人生において決定的な差異を生じさせる。
そうだ。
九太には将来を約束できる良き妻候補がいる。将来を継ぐ子供を設ける事ができるのだ。それが心の闇を相殺させる。
一方、一郎彦に未来への希望を継承する手立ては何処にもない。
ああ、まさしくこれこそが独身男性の絶望そのものの具象化なのだ。
やがて心の闇が一郎彦を蝕み、ルサンチマンを爆発させる。

九太の恋人についてはあまり深く描かれていないから、作品のヒロインとしては希薄な存在だった。
ただ、主人公に対する献身、依存性は宮崎駿氏の描くヒロインに負けず劣らずで、将来「強き優しき母親」になることは疑いない。
因みに細田作品に描かれるヒロインは事の他、今時の女子には嫌われるらしい。
『時をかける少女』のヒロインも男性グループの中にぽつんといるタイプで、おそらくクラスメートの女子グループから疎外されているのは想像に難くない。
この『バケモノの子』のヒロインもどうやら酷く女子から虐められている。
いや、劇中だけではなく観賞した女子からも評判は悪いらしい。
こんな感想ブログを見つけて恐ろしくなった。
良き妻として専業主婦として、夫に尽くし、強き母親にならんと覚悟を決めると同性の女子からはかくも残酷な非難を浴びなければ生きていけないとは・・。
細田ヒロインは「女の敵」なのだ。
昨今のディズニーアニメが「女性の自立」を描き、日本アニメ市場を侵食している事と何やら対照的で興味深い。

いずれにせよ、人間の寿命は限られている。
次世代に未来を継承する事を放棄したら、そこでおしまいなのだ。

映画館を出ると蒸し暑い、纏わりつくような空気がどっと襲ってきた。
映画に影響されたのか、グッズのソフト大太刀でチャンバラごっこをする父娘がいる。
その楽しそうな父娘の脇を通り過ぎ、妻も子も弟子も居ない自分はがっくりと独り頭を垂れ、最寄り駅に向かうのであった。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/