新世紀エヴァンゲリオン「まごころを君に」TV放映

エヴァンゲリオン
09 /01 2014
先日、深夜の地上波テレビをザッピングしていると新世紀エヴァンゲリオン「まごころを君に」が放映されていた。
1998年公開作品か。
この映画を初めて観たのは角川の試写会。
終劇の後、どう判断していいか解らぬ戸惑いに満ちた劇場の雰囲気が印象的だった。
エヴァの話をすれば、皆熱を帯びたように語り始めた16年前。アニメに造詣が深くなくともこれで共通の話題が可能で人の輪も広がった。
世間を震撼させたオウム真理教事件とシンクロして、この作品は自分を含めた皇太子世代にとって象徴的通過儀礼となった。同人活動もこのエヴァなくして盛り上がることもなかったろう。
様々な意味で忘れがたきこの「まごごろを君に」も今回が地上波初の放映らしい。
一部分カットされたり修正も入っていたが、もう何度も音声だけを録音したテープを聞き返していたので、懐かしさとかはまったくない。
それよりか、このエヴァ「まごころを君に」以降、心を一つに出来うる象徴的な「何か」がまったくなかったことに気が付く。
当時はジブリの「もののけ姫」も公開されていた。宮崎駿作品において最も洗練され、完成度が高かったとも思う。
だがこれ以降、日本のアニメ、ゲーム、コミック周辺はゆっくりと静かに堕ちていく。
いつしか自分達の糧は過去作品の焼き直しでしか生き残れないことに気付く。
昨今の「新劇場版」はもはや「エヴァ」ではない。
試練が迫ってもひたすら「何もしない」のが主人公碇シンジの真骨頂だ。
己がアクティブに現状打破し始めたら、もはやそれは「エヴァ」の物語ではない。
結局、この共同幻想で監督の庵野氏だけが「サードインパクト」を乗り切り、結婚という「人類補完計画」を成就した。
しかしこの作品に心酔した、多くの「信徒」は、綾波レイに胎内回帰することも出来ず、アスカ・ラングレイという生身の女性を娶ることも出来ないまま、今を彷徨うしかないのだ。
16年前を反芻することだけが希望となった2014年。
碇ゲンドウの台詞が心に沁みる。

「その報いが、この有様か。すまなかったな。シンジ」。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/