渦中のゴーストライター

報道
02 /07 2014
ツイッターでも呟いたが「現代のベートーベン」のゴーストライター氏のこと。
そもそもこの「全聾の作曲家」が話題になっていることすらまったく知らなかった。
知ったところで関心事の範疇ではないし、どうでもよかったのだが「ものづくり」の仕組みについてなんだか引っかかる感じがしたので、このゴーストライター氏の記者会見を暫く眺めていた。

さて音楽のことは疎いので正確なことは知らない。
だが音楽の専門教育を受けて交響楽のスコアを書ける人はそれなりに居るのだろう。
しかしクラシックの作曲だけで生活出来る人が稀有な事は想像に難くない。
ましてやミリオンヒットなど皆無に近い。
渦中のゴースト作曲家はこの話に乗らなかったら世に出ることすらなかったのは間違いなかろう。

最初の段階で大手のレコード会社なりが巧妙にプロデュースしていれば、ゴーストも「全聾作曲家」も何の呵責も為しに世を渡っていけた可能性はある。
恐らくまったく同じ構図で「活躍」している 「音楽家」は実は大勢いるはずだ。

因みにスコアが読めない書けない名アーチストは沢山いると聞く。
楽譜が読み書き出来る事と表現能力の有無は違うのだろう。
漫画でもたまにデッサン、パーツ至上主義者が居るが、正確すぎる絵というのは意外に退屈。
楽譜やデッサンは音楽や絵の基本を伝達する手段に過ぎない。
人の琴線を揺さぶる表現活動とは別物だ。

そもそも歴代の大作曲家だって殆どを弟子に書かせていたのかもしれない。
「伝説の大作曲家」なるものは後の興行師が後付で装飾して付加価値をつけていたとしても不思議はない。
「ペテン師」」と「伝説の巨匠」なんて紙一重だ。
今回は興行師たるマスコミが担ぎ上げたのが不幸の始まり。

漫画家もサラリーマン並みの収入得るためには分業は不可欠だし、優秀なアシスタントあってこその作家もいる。
いや、数多のクリエイティブな仕事に程度の差はあれどゴーストは不可欠。
処世術で乗り切る才覚がある者だけが脚光を浴びる世界。
(以上、ツイッターの呟きのまとめ)

そんな一般論はさておいて、このゴーストライター氏のことを考えてみる。
まず処世術が異様に乏しい。
とにかく御人よし過ぎる。
誰かからの伝手で疑いもなく「現代のベートーベン」のゴーストライターを請負い、状況が大げさになっても尚、誰にも相談せずただ言われるがまま作曲を続ける。
しかし、それは戦略的打算があった訳でもなく、ただの言いなり。
元が野心家でもなさそうだから事がオリンピック代表選手に関わるに至ると恐怖に苛まれてしまう。

週刊誌の記事は読んでいないからどういう経緯でこうなったかは知らない。
だが結局あのような記者会見をする所まで追い込まれてしまったのは不幸だ。
このゴーストライター氏も、依頼人を「ペテン師」呼ばわりする週刊誌ネタとして曝したいとは思っていなかったに違いない。
だがこの人はまったく処世術に疎かったので、まんまとゴシップネタの出汁に使われてしまったのだ。
結局、全て言いなりになるしかなかった人なのだ。

最初は「現代のベートーベン」に。
そして次は週刊誌の記者に。

美味しい汁をみんな持っていかれたのだ。
狡猾な山師たちに。

もしこの人に多少、野心や処世術があったとしたら、もっと賢く振舞って「現代のベートーベン」を逆にコントロールし、生涯優雅な生活を獲得できたかもしれない。
しかしこの人にはそんな野望すらなかったのである。
ただ、ひたすら己に忠実な音楽を作りたかっただけなのだろう。

もともとゴーストライターなんて器じゃなかったのだ。
「不誠実」を貫くことがゴーストライターの本義である。
墓場まで真実を隠し通してなんぼの職業だ。
しかし、そんなことすら解らない、そんな覚悟すらないほどお人好しで純粋すぎたのだ。
にも拘らずゴーストライターなんて不純な職に18年間も手を染めてしまった。
あまりの絶対矛盾に吃驚するしかない。

最初に真っ当なプロデューサーに会っていれば、もっと幸福な音楽家として世に己の作品を広めることが出来たろう。
しかし、彼が出会ったのは不幸にも「山師」みたいな男とゴシップに飢えたフリージャーナリスト。
余程、「出会い運」に欠けた人なんだと思う。

それでもこの人の作った曲は、皮肉にも世に広まっってしまった。
結果として多くの人の琴線に触れた音楽を世に知らしめたのだ。

己の作品を世に刻むべく必死にプロモーションを繰り広げるも、それが果たせないクリエーターは無数にころがっている。
一方、このゴーストライター氏は無欲で野心もなく、お人好し故に狡猾な連中に翻弄されつづけたにも拘らず、己の作品をミリオンヒットさせることが出来たのだ。

これが不可思議と言わずして何であろうか。
いつの世も己の作品が世に受け入れられる理由は、己の意思とは関係ないところで始まるのだ。

クリエーターはただその波に翻弄されるだけ。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/