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『日本沈没』と戦艦大和沈没

読書
02 /01 2014
気が付くともう1月が終わっている。いや、もう2月だ。
2014年。
子供の頃に夢想した「夢の21世紀」にも拘わらず、現実の2014年は曖昧模糊として1960年代よりも色褪せ、黴臭が漂い、ピントがぼやけた掴み所のない、ただ時が流れるだけの幻影にしか感じられない。

年明け早々、数年前に鬼籍に入った親父の書庫を漁って何冊かを読んでみる。
小松左京著『日本沈没』、吉田満・原勝洋著『ドキュメント戦艦大和』、吉村昭著『海軍乙事件』。

『日本沈没』は未曾有の大地殻変動によって沈む日本列島が舞台。
不可避の自然現象に立ち向かい、出来るだけ多くの日本人を脱出させる1970年代に描かれた近未来SF。
この小説では世界各地で活動していた日本商社のネットワークによって多くの日本人が救われるという設定が描かれている。
この本が出版された当時の日本は正に高度成長期真っ只中の1970年代初頭。
近未来設定としてもまだまだ日本の経済力は磐石で「エコノミックアニマル」と揶揄されながらも、日本商社のお陰で世界各国に日本人の居留地を築いていけるという希望的観測が述べられている。
小松左京は当時の様々なデータを駆使し「日本沈没」を描いたのでかなりなリアリティーがある。
実際に1970年代に日本沈没が起こったとしても、これに近い状況だったのだろう。

一方、『ドキュメント戦艦大和』は大戦末期、水上特攻として菊水作戦に参加し大半の乗組員と共に撃沈された戦艦大和が舞台だ。1945年4月、敗戦濃い中、闇雲な特攻思想で総員死ぬ覚悟で沖縄に突入する大和の断末魔を描いたノンフィクション。
もはや航空戦力なき艦隊での作戦行動は自殺行為に等しいと解っていながらも座して死を待つくらいならと、全滅覚悟で沖縄に特攻する戦艦大和乗組員のドキュメント。生存者の取材を絡めてこちらもリアルだ。

己の乗る大地、あるいは船が沈むことが確実で、一方では必死に脱出を画策し、一方では自ら死んでいこうとする。
同じ日本人なのに時代背景によって如何に行動ベクトルが違いすぎるのか。
戦争と災害、SFとノンフィクションの違いはあるにせよ、これをつづけて読むと何だか日本人の集団行動の特質が垣間見れる気がしてきた。

3冊目に読んだ吉村昭『海軍乙事件』は1944年、当時連合艦隊司令長官だった古賀峯一海軍大将が搭乗機の墜落により殉職した事件。事件の際に日本軍の最重要軍事機密文書がアメリカ軍に渡った日本海軍最大の不祥事を描いたドキュメント。
興味深いのは、当時日本の軍規で「虜囚の辱め」は絶対受けてはならぬはずなのに、不時着した海軍参謀はあっさりとフィリピンゲリラに捕まった挙句、機密書類まで奪われるという始末。後に救出されるも責任は問われず、むしろ栄転まで出来たという事実だ。
その上、機密書類は「たぶん奪われていない」と何の根拠もない楽観的推測で「なかったことにした」事実。
実際にはフィリピンゲリラ経由で連合軍に書類が渡っており、全ては筒抜け。当時すでに日本海軍の暗号は解読されていたのであらゆる作戦情報は連合軍の知るところとなっていた。「乙事件」の前、山本五十六殉職の「甲事件」も情報漏えいが理由だったそうな。
しかしそれを当の日本海軍はまったく把握していなかったらしい。
情報は漏れ、将官の不祥事も不問にされ、その場凌ぎに終始しただけ。
その延長上に戦艦大和の玉砕がある。

「死に方はじめ」
今の日本繁栄は太平洋戦争殉職者の礎の下にあるという。
だが当時の戦争指導者の責任感や現状把握は「海軍乙事件」に描かれているようにお粗末この上なかったのは事実だろう。
そんな彼らの命令によって何百万の将兵が死地に送り込まれた。
勝ち目のない作戦にただ死ぬためだけにだ。
戦艦大和の撃沈で、海軍将兵の犠牲者は約3700名。一方、米軍の犠牲者は僅か12名。
もはや作戦とはいえぬ、ただの「ワンサイド殺戮ゲーム」。
『ドキュメント戦艦大和』を読むと当時の乗組員は必ずしも作戦遂行のために闘志を燃やし続けていた訳ではない。
敵艦載機の見事な爆雷撃にただ傍観していたり、配給の羊羹を食べ損なったことに悔やんだり、傾斜が酷くなった最上甲板でタバコを一服したりともう恍惚の領域で「死に方はじめ」を受け入れざるを得なかった様子が記されている。
彼らが日本敗戦後の繁栄を願って死んでいったのかは知らない。
だが、純粋に軍事作戦として破綻した戦場に送り込まれ、それに従わざるを得ない茫漠とした運命に身を投じる他なかったのは事実だろう。
彼らを戦後日本繁栄の礎と祀るのは誰かの後付けだ。
現実は油まみれの海に放り出され、必死にもがくしかなかった。そこに日本の未来なんて思案する余裕などある訳がない。
ただ「死にに行け」と言われて「死ぬしか」なかったのだ。

日清日露戦争でなぜ日本は勝ったのだろうか?
数年前、NHKで放映された司馬遼太郎『坂之上の雲』等を観ると、当時の日本戦争指導者のスキルは相当のレベルだったように思う。
日本海海戦の勝利も単に艦隊同士の砲撃戦以前から決まっていたようなものだ。
海底ケーブルを張り巡らして迅速な情報を交換するシステムがすでに構築されていたし、何よりもロシア本土で革命を扇動する密偵の暗躍など敵国の懐深くでかく乱工作など磐石な諜報網が敷かれていた。
また外交においても日英同盟によってヨーロッパ列強の支援も得られたからかなりの勝算はあったのだ。
明治の宰相、軍人は国家の命運を心得ていた。
恐らく、明治維新という封建時代の価値観を全て破棄する通過儀礼を経た者だからこそ出来たのであろう。
文化、宗教、伝統、風習も全てかなぐり捨て、ちょんまげも和服も寺院も打ち壊し、近代化のため日本全てを西洋文化に塗りつぶした覚悟が戦争を勝利に導いたのかもしれない。

それが大正、昭和を経て単なる現状維持という惰性な時代に入った時、政治家も軍人も己の既得権益しか考えなくなった。国際的視野を喪失し、独断専行の大陸進出が欧米列強にとっては恰好の日本バッシングとなるのにも鈍感だった。
挙句、国際的孤立を深め、国際連盟脱退、勝てる見込みもない英米との戦争に突入するのであろう。
「ハルノート」なんてソ連の巧妙な外交工作らしいと聞く。
極東で対日戦争回避のために敢えて日米に緊張を煽りたてる目的でソ連スパイがアメリカ政府高官を唆したとか。
それにまんまと引っかかった日本が対米戦争を始めたとかの説があるそうだ。
日露戦争時と逆で諜報に勝ったのはソ連だったのだろう。

戦争は勝たなければ意味がない。

勝つ見込みがない戦争を始めて「死に方はじめ」と号令し、みんな死んで逝き、その結果戦争に負け、死んだ者を崇めたとて無能な戦争指導者の罪は消えない。

負けた戦争を穿り返しても負けは覆られない。
戦後100年経とうとも世界は「戦勝国」の価値観で回るだろう。
そんなものに固執するのは愚か者の選択だ。

1970年代前後の日本は死に物狂いで経済成長に驀進した。数十年前の過去の戦争の敗北に構っている暇などなかったろう。そういう意味では明治維新後の日本と似ている。
「エコノミックアニマル」だろうがアジア随一の経済大国として君臨できたのは確かだ。
だからSFであろうと『日本沈没』では多くの日本人を海外に救出可能なシミュレーションも描けたのだろう。

だが今、その勢いはない。
福島第一原発での「技術的敗北」がそれを物語っている。
同じ事象が1970年代前後に起こったとしても、恐らく献身的なモーレツ社員の特攻精神でメルトダウンは防げたかもしれない。
だが3年前の震災ではただ右往左往するだけ。挙句水素爆発を傍観するのみ。
そして誰も責任を取らない。

アメリカから不沈空母と頼られた時代は遠く過ぎた。
今やアジアの経済大国の座は日本から中国に代わった。
アメリカはもう手放しで日本と同盟を組まないだろう。

昨年末、宰相が靖国神社に参拝したという。
ニュースだと「不戦の誓い」をするためだという。本意は知らない。
同盟国のアメリカからは「失望した」と諭され、中国は反日キャンペーンを全世界的に展開し始めた。

さあ、日本はどうするのだ?
かつての戦争のごとく国民に「勝てない戦争」を煽り、無責任な戦争指導者の下、また「死に方はじめ」を号令するのか?
それとも過去に対する固執を破棄し、新たな価値観で未来を構築するのか?

もっとも、超少子高齢化の日本で「死に方はじめ」は始まっている。
号令しようとしまいと、それが早まるか遅くなるかだけのこと。
戦艦大和で出撃するまでもなく、日本列島全体が「菊水作戦」状態に陥ろうとしている。

『日本沈没』で救出計画の誰かがこう語っていた記憶がある。
「我々は世界に散ってたくましく生きなければならない。日本列島というぬくぬくとした場にいては大人になれん」

しかし、日本はもう「大人」になる機会を逸し、老い朽ち始めようとしている。

昭和の書籍3編を読了した後、今の日本を省みて「ろくでもない方向にずり落ち始めているのかもしれない」と感じたりもするがまあどうでもよかろう。
感じたとてもはやその流れをどうこうする力はない。
老い朽ち始めた国に1960~70年代の変革エネルギーは存在しない。
己の墓穴への道順が多少代わる位のこと。

「田所博士!日本はどうなるんですか?」
「解らん!」

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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