そして玉子焼きだけが残った

報道
11 /01 2013
「巨人、大鵬、玉子焼き」
昭和40年代、当時の少年にとって象徴的な3大好物。

先日、プロ野球球団巨人軍名監督が鬼籍に入ったというニュースが流れた。
昭和元禄と謳われた時代、巨人軍はその名監督に率いられ9年連続日本一に輝いた。
当時の少年は皆、巨人軍の帽子を被り、例外なくジャイアンツファンであった。
柴田、高田、王、長嶋、黒江、末次、土井、堀内、森・・・
今でもナインの名前がソラですぐに出てくる。外人助っ人は一切存在しなかった。
ナイター中継は全て巨人戦で巨人軍のために存在した。
巨人軍は常勝であり、佐藤栄作と共に永遠に日本の頂点に立ちつづけるんだと思っていた。

自分にとって巨人V9が始まったのはちょうど小学1年生の時。そして中学2年生までずっと巨人が日本一だった。
少年期の9年は遥か永遠のものがあったから、それは揺らぐはずはなかった。
少年時代を完全に制覇していたのだ。
全ては巨人ありきだった。
その巨人軍を率いていた監督は即ち少年にとって、ある意味「総帥」でもあった。
当時のアニメ「巨人の星」でも偉大なる指導者として描かれていたから、巨人の監督はこの人物以外に考えられないし、この男が永遠に巨人軍を率いると信じていた。
強者の磐石さは確固たる存在だった。
巨人軍も佐藤栄作も大鵬もそれに代わる者はありえなかった。

先日の朝日新聞紙面にV9が始まった時の監督エピソードが載っていた。
記者が監督に名刺を渡したら、くしゃくしゃにして捨てられたという。
後に当時の事を尋ねたら「勝つことにしか関心が向かず、ファンや記者にまでサービスする余裕などなかった」とのこと。
それで思い出したことがある。
昭和40年代、後楽園球場だったか、野球観戦後にファンの少年からサインを求められたある選手が、邪魔だと言わんばかりに、その少年を突き飛ばしたのを目撃したことがある。
どの球団選手だったかは覚えていないが、いずれにしろテレビでは映らない選手の悪態をまざまざと見せられていやな気分になった。

またアニメ「巨人の星」エピソードでこんなストーリーがあった。
ポジション争いに負けた選手が戦力外通知を言い渡されて、泣きながら宿舎を出て行く。
彼はこう叫ぶ。
「俺は野球以外に何も出来ない人間なんだあ!」
同僚の選手も過酷なプロの世界に耐えられなくなって退団するみたいな話だ。

ナイター中継やテレビで紹介される選手は皆、成功しポジションを獲得した輝かしいレギュラーだけ。
しかし、9割9分の選手は過酷な競争に疲弊し、敗れ、堕ちて行く。
ベンチ入りした選手でも試合に出れるとは限らない。
球場で野球を観戦すると、そんな「恵まれない」選手のオーラがグラウンドに漂っていたのを覚えている。
ベンチの奥で出番のない選手の暗い悶々とした無念の影が痛々しい。

そんな死屍累々たる「堕ちていった選手」の残骸の上にV9の栄光があったのだ。
ファンに愛想を振ることが出来るのは今も昔もほんの僅かな「選ばれし戦士」のみ。
それ以外の「敗残者」は不貞腐れ、己の運と実力のなさを呪い、そりの合わない指導者を恨み、ライバルを疎んでカクテル光線の外へ去っていくしかない。
彼らにとってファンサービスどころではない。明日の糧を自ら探さなくてはならないのだ。
彼らは呟く。
「プロ野球選手を目指し、憧れの球団に入ったというのにこの体たらくは何だ。俺の人生はもうこれでおしまいだ!」

鬼籍に入った名監督はこれら死屍累々たる「敗残者」たちの怨念をも背負って指揮してきたであろうことは想像に難くない。
だが「昭和」はそれでよかったのだ。
敗残した者の事など気にもかけず、巨人軍はV9を驀進したのだ。
柴田、高田、王、長嶋、黒江、末次、土井、堀内、森・・・
このV9戦士だけが居れば、あとはどうでもよかったのだ。
勝つためには犠牲は厭わなかった。
全国津々浦々、テレビ、新聞、ラジオが「栄光の巨人軍」を盛り立てる。全国何百万の少年がミスタージャイアンツに帰依する。そして莫大なお金が球団に流れ込む。
競争に敗れ、堕ちていった無数の「敗残者」にこの栄光は輝かない。


「栄光の巨人軍」総帥はこの世を去った。
また、巨人と双璧を為した大鵬も今年鬼籍に入ってしまった。
佐藤栄作はすでにこの世にない。

「巨人、大鵬、玉子焼き」
そして残ったのは玉子焼きだけ。

昭和は遠くになりにけり。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/