かつて富士山山頂には未来への橋頭堡があった

報道
07 /01 2013
富士山が世界遺産に指定されたとかでテレビは富士山三昧。
沖縄に行ったとき、そこかしこに世界遺産のグスクがあったのでそんなに騒ぐ事でもないと思うのだが。

先日、BSで富士山測候所建設を取り上げた「プロジェクトX」のアーカイブスを観た。
あの頃の日本人は本当に前向きに上を向いて進んでいた。
敗戦から立ち直り、復興を終え更なる高みを目指した昭和30年代。富士山の頂上に測候所を建設するなど現在の土木レベルでも相当困難であることは想像に難くない。
物心ついた頃よりあの白いレーダードームは東京からも望めた。
それは昭和日本人の自信と成功の証に他ならない。
日本の象徴である富士山の最高峰に最新鋭テクノロジーの気象レーダーが備えられ、そこに人が常駐している。
これはまさに未来への橋頭堡だった。

それを失った時から日本の凋落が始まったと考えるのは自分だけだろうか?
気象観測の役割を気象衛星に譲ったという理由で富士山レーダーは廃止されたという。
だがそれでよいのか?
確かに富士山山頂に観測員を常駐させるのは経費も掛かるし、維持管理も大変だ。
しかし、あの頂上の白いドームに人が居るという事実だけでも、お金には代えられない日本人の気概みたいな安心感が得られた。
これらの尊いスピリッツはお金で贖う事は出来ない。

今や、富士山を凝視してもあの白いレーダードームは覗えない。
そして再び無人となった山頂に昭和日本人が抱いた未来への希望も存在しない。

世界遺産と騒ぐ前に、富士山山頂から戦後スピリッツの象徴を撤去した愚かさを悟るべきだ。
あの気概さえ維持していれば震災時の原発事故も避けられたかも知れぬ。

かつて富士山頂にあった未来への橋頭堡。
それを失ってから日本は雪崩を打つように「没落」という谷底へ壊走し始めた。
この敗北から這い上がるには再びレーダードームを復活させ、人を常駐させる以外にない。



あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/