冨田勲「イーハトーヴ交響曲」
映像鑑賞
23日初公演された冨田勲「イーハトーヴ交響曲」が動画サイトにアップされていたので観賞してみる。
冨田勲×初音ミクのコラボが現実のものとなった歴史的リサイタル。
フルオーケストラに乗せて初音ミクを生で歌わせるというのは、おそらく史上初の試みだったのではなかろうか?
元来、初音ミクはネットの中で「培養」され、育ってきた「電子の娘」である。
殆どが17インチかそれ以下のディスプレーの中がメインステージ。
音声も携帯音楽プレイヤーからヘッドフォーンで聴取するスタイルが一般的。
重厚長大なオーディオシステムや巨大スクリーンで初音ミクの楽曲を鑑賞する事は想定されていない。
ボーカロイドとは基本コンピューターの中で制作される作曲アプリの一種でしかないのだ。
だから今回のようなトップダウンで作られる生演奏の交響楽に初音ミクを組み入れるのは前例がなく手本もなかった。当然、スタッフは暗中模索状態だったろう。
実際、動画サイトで観た初音ミクとのコラボは何処となくぎこちない。
まるでこれまで小さなライブスタジオでしか演じたことのない小娘が、いきなり迎賓館で客層も違う聴衆の前で歌わされているよう。
ミクさんも硬さが窺えた。
しかし、やはりそこは冨田勲である。
モーグシンセを手探りのまま独自の世界観を表現する楽器に開花させた偉人だ。
初音ミクをクラシック声楽家として「調教」する事は造作もあるまい。
冨田勲がいなければモーグシンセもワルターカーロスの作った「スイッチオンバッハ」のような如何にも電子音的楽曲の範疇でお茶を濁す「発振機」で終わってしまっていたろう。
同じく初音ミクも冨田勲に見いだされなかったら「奇特なボーカロイド」で生涯を終えたかもしれない。
そういう意味で、今回の試みは初音ミクの新たな「覚醒」に繋がるかもしれない。
従来の初音ミクファンからすれば、これまでのぬくぬくと心地よいネット環境で心に秘めた悲哀を唄ってくれる「自分だけの嫁」みたいな位置づけだったのかもしれない。
だからこのようなクラシック楽曲とのコラボに違和感を抱く者も居るだろう。
だが、初音ミクは「調教」次第で如何様にもメタモルフォーゼするボーカロイドだ。
それを固定概念化することに意味はない。
今回のリサイタルはまだまだ手探り状態。
初音ミクの映像の見せ方もこれから試行錯誤して完成度を上げていくだろう。
ライブ映像も画面の切り替えや構図がぎこちなくギクシャクして放映側もどう撮っていいか迷いがあったように窺える。
冨田勲もこれで満足はしていないだろう。
今後の更なるトミタモーグシンセと初音ミクコラボの進化を望みたい。
冨田勲×初音ミクのコラボが現実のものとなった歴史的リサイタル。
フルオーケストラに乗せて初音ミクを生で歌わせるというのは、おそらく史上初の試みだったのではなかろうか?
元来、初音ミクはネットの中で「培養」され、育ってきた「電子の娘」である。
殆どが17インチかそれ以下のディスプレーの中がメインステージ。
音声も携帯音楽プレイヤーからヘッドフォーンで聴取するスタイルが一般的。
重厚長大なオーディオシステムや巨大スクリーンで初音ミクの楽曲を鑑賞する事は想定されていない。
ボーカロイドとは基本コンピューターの中で制作される作曲アプリの一種でしかないのだ。
だから今回のようなトップダウンで作られる生演奏の交響楽に初音ミクを組み入れるのは前例がなく手本もなかった。当然、スタッフは暗中模索状態だったろう。
実際、動画サイトで観た初音ミクとのコラボは何処となくぎこちない。
まるでこれまで小さなライブスタジオでしか演じたことのない小娘が、いきなり迎賓館で客層も違う聴衆の前で歌わされているよう。
ミクさんも硬さが窺えた。
しかし、やはりそこは冨田勲である。
モーグシンセを手探りのまま独自の世界観を表現する楽器に開花させた偉人だ。
初音ミクをクラシック声楽家として「調教」する事は造作もあるまい。
冨田勲がいなければモーグシンセもワルターカーロスの作った「スイッチオンバッハ」のような如何にも電子音的楽曲の範疇でお茶を濁す「発振機」で終わってしまっていたろう。
同じく初音ミクも冨田勲に見いだされなかったら「奇特なボーカロイド」で生涯を終えたかもしれない。
そういう意味で、今回の試みは初音ミクの新たな「覚醒」に繋がるかもしれない。
従来の初音ミクファンからすれば、これまでのぬくぬくと心地よいネット環境で心に秘めた悲哀を唄ってくれる「自分だけの嫁」みたいな位置づけだったのかもしれない。
だからこのようなクラシック楽曲とのコラボに違和感を抱く者も居るだろう。
だが、初音ミクは「調教」次第で如何様にもメタモルフォーゼするボーカロイドだ。
それを固定概念化することに意味はない。
今回のリサイタルはまだまだ手探り状態。
初音ミクの映像の見せ方もこれから試行錯誤して完成度を上げていくだろう。
ライブ映像も画面の切り替えや構図がぎこちなくギクシャクして放映側もどう撮っていいか迷いがあったように窺える。
冨田勲もこれで満足はしていないだろう。
今後の更なるトミタモーグシンセと初音ミクコラボの進化を望みたい。