パチンコ屋と同じ基準で弄ばれる日本

報道
09 /26 2012
改装中だった旧ソ連の空母が正式に中国海軍に引き渡され就役したらしい。
その際、中国当局はこう述べたそうだ。
「防衛作戦能力を増強、国家主権の維持、世界平和の促進に重要な意義を持つ」
「世界平和」とはよく言ったものだ。
でも日本の憲法第9条よりはまだマシな代物かもしれぬ。
少なくとも現実に直面した戦略に沿っているからね。

テレビで尖閣に押し寄せる台湾の漁船団と日本の巡視艇の攻防が流れていた。
海上保安庁のある幹部はこう言ったそうだ。
「向こうは矢継ぎ早に船を派遣してくる。ずっと待ち構えているだけでは対処しきれない」と。
もはや「専守防衛」という理屈が如何に破綻しているか、この事例を見ただけで素人にも解る。

前に日記にも書いたが、戦後日本には実力行使で領土を守るというコンテンツは存在しない。
憲法で戦力の一切を放棄しているのだから、もし相手が武力で領土を奪いに来たら無抵抗で明け渡す他ない。
そんな国是の中で戦後過ごしてきた日本人が一朝一夕で「普通の国」のように実力で己の領域を守る事など夢にも思えぬ。
出来る事はひたすら憲法第9条という幻想に縋り、それに殉じること。
即ち幻想の中で滅び行くこと以外に選択肢はない。

日本人は戦後、本音と建前で誤魔化し誤魔化し生きてきた。
曰く「自衛隊は軍隊ではございません」
曰く「パチンコは賭博ではありません」
曰く「ソープランドは売春ではございません」
など、挙げていったら枚挙に暇がない。

だが、中国に本音と建前は通じない。
中国にとって日本は憲法第9条の下で一切の領土主張を放棄して去勢されたまま、いずれ意のままに操ることの出来る傀儡として振舞ってもらわねばいけない国だ。
戦勝国中国は日本に憲法第9条を一切の誤魔化しなく実践してもらわねばならぬ。
それが戦後の正しい世界秩序。
にも拘らず、日本には自衛隊という軍隊があり、東シナ海の島の領土主張までする。
これに中国は看過出来ないのはよく解る。

しかし、この理屈は世界的に見れば至極正しい。
日本だけがおかしいのだと。
憲法9条を謳っておきながら、戦力を持って領土保全を主張するのは如何なることかと?
世界常識からかけ離れた事をやっているのは日本だけだ。
もし、「普通の国」のように領土保全を主張したいのならばその旨の憲法を作り直すなりすればよかろうに、なぜか改正しようともしない。
ならばその幻想に縋って大人しく中国に支配されればよいのにと。
どう考えても矛盾した事をやっている。
だからおかしいのは日本なのだと。

日本人の「愛国」とはなんぞや?
少なくとも「愛国心」を養うことを戦後この国では一切やってこなかった。
実際、学校で「愛国心」を学んだ記憶はまったくない。
だから、国土が実力で奪われそうになっても為すがままにされろと暗に教えられてきた。
個人が自由に「愛国」の想いを馳せる事は出来ても、国が責任を持って国民の愛国心を結集させることなど出来はしない。
だから「愛国」で連想するのは黒い車に乗って大音響で何か叫びながら走り回る人か、北海道の廃線になった駅の名前位しか思い浮かばないのだ。
その程度のものだった。
今更「愛国」を訴えようにも日本にはその器も場所も公的機関もない。
憲法第9条下で「愛国」はご法度なのだ。

だから尖閣諸島の領有権云々で日本人の大多数が抱く憤りも「怒ってはいけない」のである。
「黙って中国に獲られよ」
それが憲法第9条の教えなのである。
にも拘らず、なぜ日本は領有権など主張して荒れた海に巡視艇を配備するのか?
恰も「賭博じゃありません」というパチンコ屋の前に景品交換所を設けているようなものだ。
そんな理屈で領土を守らされている海上保安官はたまったものではなかろう。

「愛国」の意思表示をしようとその手のデモ集会に赴いたことが何回かある。
だが、そこで見たものは「愛国心」というより、ルサンチマンを歪んだ鏡で映したような己のネガティブな姿だった。
会社、学校、家庭で上手くいかない己の歪んだ劣等感を「愛国」に置き換えただけじゃないのかと。
全てがそんな想いで集まってきた人たちばかりではないだろうが、参加者の目を見ているとこの国のより良い未来を願ってというよりは、日常の鬱積や恨みを晴らすために日の丸を振っているんじゃないかと。
つまり、「非リア充」の一時的避難所が唯一の「愛国」を訴える場になってしまっているのだ。
そんな彼らが、もしこの「愛国」の場でも虐げられたらどうするだろう?
おそらく一夜にして「愛国心」を放棄してしまうか「愛国」に恨みを持ってしまうだろう。
それは「真の愛国心」とは程遠い。
それほどまでに今日の日本「愛国」事情は希薄で脆弱で簡単に霧散してしまうほど儚い。
憲法第9条という戦後日本の国是が支配している中で「愛国」を叫ぶことは、落ち零れの遠吠えでしかなくなってしまったのだ。

その一方で中国や韓国においての「愛国」は国家教育の根幹だ。
だから国民は「愛国」を叫ぶことに迷うこともない。
「愛国」こそが「リア充」なのだ。
「愛国」「反日」を叫ぶことは成功者の証だ。
愛国は国が保障するポジティブなアクションだ。
だから、尖閣、竹島問題での中国、韓国民の意思表示は極々当たり前。
自然な発露で何の違和感もない。

もし、日本の国是が憲法第9条であるならばなぜにその法に殉ぜよと貫き通さない?
国もマスコミもオスプレイ反対市民グループも「尖閣諸島も竹島も北方領土も中国、韓国、ロシアに献上いたします」となぜ主張しないのだ?
いつまで本音と建前を使い分けてごまかし続けるつもりか?
日本列島と国民はいつから「パチンコ屋」と同じ基準で弄ばれ始めたのだ?

この期に及んで日本に「愛国心」など求めるほうが間違っている。
日本の国是は憲法第9条だ。
去勢され超少子高齢化の今日、日本人が真っ当に発揮出来るのは憲法第9条の幻想に殉じて潔く死ぬことだけだ。
尖閣だけでなく、対馬もくれてやれ。
いや、北海道、本州、四国、九州、沖縄、全部日本列島すべてロシア、韓国、中国に献上してやればよろしい。
すべての財産、生命は中国などに委ねて、略奪、虐殺の限りを尽くされても「ありがとうございます」というのが憲法9条を戴く国、日本の責務じゃないのか?
それを本音と建前で誤魔化し、あろうことか尖閣や竹島、北方領土の領有権などを主張し、自衛隊という軍隊まで作って日本を他国に明け渡さない等と憲法第9条に反した行動は許されないんじゃないのか?
どうした?
マスコミ!市民グループ!
これこそが正しい主張だろう?
一切の交戦権を放棄して侵略者に陵辱されることこそ世界平和に繋がるのではなかったのか?

中国空母が「世界平和に繋がる」との主張は日本の憲法第9条のそれと同じだ。
日本の護憲派は中国の空母擁護派と同じく「世界平和」に貢献している「正しい人々」なのであると。
国連あたりに出向いている首相もそう演説してみたら如何か?
世界各国から拍手喝さいを浴びるかもしれないよ。

さあ!日本人は薦んで蛮族や侵略者に財産と生命を捧げましょう。
憲法第9条によって全ての戦力と交戦権は放棄しました!
中国空母艦載機に喜んで爆撃され「ありがとう」を叫びましょう。

こうして中国とマスコミと市民グループが夢見る「世界平和」は保たれるのです。








あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/