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夜の阿佐ヶ谷七夕まつり

読書
08 /03 2012
映画の影響もあって久々に宮沢賢治の童話を読み返す。
数年に1回は読み直して様々な感慨に耽けったりする。
宮沢賢治の童話を読むと、小学校の理科室や「学研の科学」を起想させるのも不思議だ。
自分の手元にあるのは新潮文庫昭和52年版。
もう紙は黄ばんでボロボロだ。
これを何回読み返したろうか。
少なくとも30年以上、己と共に書棚に置かれていたのだ。
人生は本と共に年輪を刻む。


一説によると賢治は生涯童貞だったという。
童貞の妄想力があのような幻想世界を生み出したとも言われるが、本当のところは解らない。
ただ、どんな創作も独り妄想に耽る時間が必要な事は確かだ。
青春期に恋愛を満喫した者にあのような文章は描けない。

賢治の童話には「いじめられっこ」が主人公の作品が多い。
「銀河鉄道の夜」も「よたかの星」も主人公は自分の属すコミュニティー集団からこっぴどくいじめられる。
今だったらイジメを誘発させるとかの理由で発禁になってもおかしくなかろう。
新聞誌上で「いじめられている君へ」などという笑止極まる偽善文でお茶を濁す事しか出来ぬ世だ。
だから、今の時代に決して賢治のような作家は生まれようがない。

それはさておき、賢治作品に描かれているようないじめられる少年は孤独と絶望に苛まれ、人間社会から逃げだすしかない。 
自ずと救いは天空や物の怪に向けられる。
そうだ。
人は取りあえず食べていける状態で、且つ孤独に立たされると宇宙エネルギーとコンタクト出来るウインドウが開くのかもしれない。
「銀河鉄道の夜」の主人公ジョバンニはケンタウル祭の夜、一人仲間はずれにされて孤独の中、天気輪の柱が立つ丘の上に向かう。
茫漠たる漆黒の夜空に見たものは、気の遠くなるような天空を駆ける天の川。
音もなく天に掛かる銀河の姿に「自分に呼びかける得体の知れない偉大なる存在」を感じるのだ。

自分もジョバンニと同じく、夏の夜に一人屋根に登って星空を見上げたことが幾度もあった。
もっとも東京都心では天の川など殆ど観る事は不可能。
光害によって1等星すら探すのに苦労する場所だ。
しかしそんな夜空でも、マトモな恋愛を1度たりとも経験出来なかった童貞にとって唯一己を投射出来た時空間に成りえた。
一人夜空を見上げ、根拠のない宇宙エネルギーとチャネリングする妄想に耽る時間が設けられた事は後の人生にとって財産となる。
宮沢賢治も恐らくそんな時間に様々な童話の源泉を得たのだろう。
だから「銀河鉄道の夜」で最も共感できるのは、この「天気輪の柱」の一節だ。

ところでこの天気輪の柱とはなにか?
読む度に違うイメージが湧いてくる。
若い頃は黄道の塵に太陽光が反射して光の柱のように見える「太陽柱」かと思っていた。
しかし、読み返すうちに道祖神のような石の柱が天の川を背景にシルエットとして浮かび上がっている光景ではないかとも感じられる。
ウェキペディアでも諸説論じられているし、様々な説を考察しているサイトもあって興味深い。
だが、そんなことはどうでもよいのだ。
人それぞれが時々に様々なイメージを持てばよい。
重要なのは、ここが己の魂と全宇宙とがコンタクト出来ると信じられる唯一の場所である事。

本当に真っ暗で星明りでさえ影が投射されるような場所に憧れる。
そんなノッパラに寝転がって天空を見上げ、己の魂と対峙する時が一番安らぐ。

遠く風に乗って街の音が微かに聞こえる。
己の家であればJR中央線の走行音だ。
昭和の夏の夜。
103系国電車両が高円寺と阿佐ヶ谷の間をゴトゴト走る。
阿佐ヶ谷西友の電光照明がぼうっと南西の地平線に浮かぶ。
どこかマンションの屋上の野外灯が切れかけていて、パカパカと点滅している。
空には銀河は窺えぬものの、人工衛星の軌跡と航空機の点滅が天空を駆ける。
どこか遠くの花火大会の音。
そして東の地平で規則正しく点滅する新宿高層ビルの航空灯。
そう、それは恰もジョバンニが天気輪の柱の丘で一人孤独に耽った状況と似ている。

若い頃、我は思った。
「嗚呼、ボクと一緒に生涯を共にする女の子は何処に居るのだろう。そんな子と何処までも一緒にいきたいなあ」
そんな夏休みの夜は皆、ジョバンニになれたのだ。

いつしか天気輪の柱の妄想に喚起され、徒然なるままに鉛筆を走らせた。
「銀河鉄道の夜」に描かれたケンタウル祭の夜の如く、阿佐ヶ谷七夕祭の絵が出来上がる。
2012七夕色a

また夏が来た。
夜祭りに出かけ、あの孤独な少年時代をを反芻しようか。
BGMは冨田勲で。





あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/