雪の舞う夜に想う

日常
02 /17 2012
昨晩、チラチラと雪が舞っていた。今夜も降るかもしれない。
長い冬、今年は一段と冷え込み、乾燥した日も続いたのでインフルエンザに罹っている知り合いも多い。
自分も先月半ばに風邪になり、半月ほど咳に悩まされた。
朝、6時になってもまだ暗い。
また寒波が来るという。この冬何回目だ?

夜明けは必ず来るし、寒く凍える日々も何時かは春が来る。
人はそう信じないとやり切れない。
春が来るまでひたすら耐えるしかない。

先日のTBSラジオdigで「女性の貧困」をテーマにした番組をやっていた。
それによると「一人暮らしの女性の3人に1人が貧困」だそうである。
独り暮らしということは、独身という事か?
どういう年齢層を対象にしているのかは知らない。
ただ、数少ない自分の周りの異性の中に、貧困に喘ぎながら独り暮らしをしている女性など聞いた事がない。
そもそも大学当時の同世代女性に「独身独り暮らし」をしている者は恐らく一人もいないだろう。
大半が結婚し、専業、兼業に拘わらず主婦業に従事しているはずだ。
本人たちにとってはそれが理想とまでは言えないまでも、少なくともベターな人生を送っていると信じているに違いない。
知る限りにおいて自分と同世代で独り暮らしの女性は、居たとしても極々少数であり、また貧困に喘いでいる様子はまったく窺えない。
果たしてこの「一人暮らしの女性の3人に1人が貧困」とは、どこから出てくる話なのか?

仮にこれを女でなく男に置き換えたとして考えるならば、もしまともな仕事に就けなかった男性が困窮に喘いでいたとしても、誰が社会問題にするか?
すべて自己責任だ。
まともな仕事に就けないのは、己の努力、能力不足であり、それで貧困に堕ちようと自分自身で解決していかねばならない。
一流企業に正社員として雇用されて終身雇用を獲得した男性と、真っ当な職に就けなかった男性との間に大きな収入の格差があったところで、それは致し方のないこと。
己が競争社会で負けただけの話で終わる。

にも拘らず、この女性の貧困問題はそうはならない。
独り暮らしの女性が貧困に陥るのは恰も社会が悪いと言わんばかりだ。
良くも悪くも日本社会において女性のベターな人生目標は結婚して主婦になること。
主婦になれば貧困に陥るリスクは格段に下がる。
その選択権は自分にある訳で、結婚を選ばなかった女性が貧困に喘ぐのは最初から予想で出来たはずだ。
敢えてリスクを犯して独身という道を選んだ訳だから、己が貧困に陥ってもそれは因果応報というものだろう。
男の場合と同じく、自己責任ではないのか?
ところが、こういった問題を扱う者はなぜか自己責任とはせず、「独り暮らしの女性が貧困に喘ぐのは社会が悪い」と訴えている。
これでは、まるで女性が何かに依存しなければ生きていけないという事を自ら認めているようなものではないか。
結婚は夫の経済力に依存する。
それを拒絶しておいて貧困を招いたら、今度は主婦と同等の経済依存を社会全体で支援すべしと。
まあそういったところか。
依存対象が夫の収入から社会福祉費に変わっただけ。
昔は、女性は結婚しないと生きていけなかったが、今は大丈夫じゃなかったのか?
「女性の自立」を謳い、男女雇用均等や男女共同参画等、女性の社会進出を散々促した挙句、3人に1人が貧困とはいったいどういうことか?
男女が平等であるならば男と同じく、自己責任として放置すればよかろう。
しかし、現実として賃金格差は大きく、とても男女が平等に扱われている状況にはない。
ならば、女性が独身独り暮らししていくなど元来無茶という事になる。
実は殆どの女性はそれを解っているから、好むと好まざるに拘わらず、結婚を選択し、主婦という最も安泰な「最終就職先」に納まっていく。
それが今でも尚、真っ当な日本女性の生き方なのだろう。

結局、女性の自立というスローガンは、一種のカルトのような思想であって、所詮世迷言だったのだ。
そんな世迷言に乗せられた一部の女性は、メディアとその背後に潜む怪しげな存在に操作され、結婚よりも自由に消費させる独身を選択させられた。
そして連中の思惑通りに懐から金銭を吐き出していった。
挙句、3人に一人が貧困に喘ぐ結果となったのだ。
まあ、壮大な振り込め詐欺といえようか。
結局のところ、メディアに踊らされた愚かな女性が悪かったのであり、それを社会が救済する必要性があるとはとても思えない。
9割方の「賢い」女性は、そんなメディアの怪しげな煽りは見抜いており、結婚という堅実な道を選択している。
メディアは相変わらず、そんな既婚女性を目の敵にして攻撃しているが、それは主婦が「浪費」してくれない賢い存在であることを皮肉にも証明している。
堅実な者はお金を使わない。
一方でメディアのデマゴギーに流されて独身を選択しした結果、貧困に喘ぎ、挙句の果てに己の失敗を社会に転嫁して、マスコミと一緒に堅実な主婦への嫉妬と憎悪を燃やし続ける「一人暮らしの貧困女性」たち。
この期に及んでもまだメディアに利用され続けるつもりなのか?
ここまで来ると気の毒ですらある。
男の場合だったら、歴然とした収入の差は己の人生設計の失敗であり、己が悪いのである。
全ては自分が悪い。
もし、それを社会のせいなんていったら世間から何と言われるか。
精々「女々しい男だ」と嘲笑されよう。
だが、女性が同じように訴えても社会は優しい。
なぜなら最初から女子供は弱い存在と決め付けられているから。
女性は「女々しい」存在でよいのだ。
そんな「釈迦の手」の上で「一人暮らしの貧困女性」が社会に怨み節を吐いたところで、鬼ごっこの「お味噌」のように「可愛そうな人」と哀れみの目で見られるだけだ。

結局、今も昔も最強なのは専業主婦であって、それ以上でもそれ以下でもない。
仮に女性の給与を男性と等しくしたところで解決はしないだろう。
それを受け入れる女性が殆ど居ないからである。
社会的責務を負って、家族を養い、公的な場で身を削り、滅私奉公を選択するとは思えない。
やはり誰かに依存して生きていくほうを選ぶに決まっている。
だから、今更「一人暮らしの貧困女性」の窮状を訴えられも、因果応報というしかないのだ。

人並みはずれた才能や技能、運を有しない限り、男も女も一人で生きていく事は出来ない。
男は「終身雇用」。女は「専業主婦」。
男は会社に依存し、女は夫に依存する。
「社畜」と軽蔑されようが「ゴキブリ」と罵られようが、これ以外に真っ当は生き方は見つからないのだ。
にも拘らず、「一人暮らしの貧困女性」を救うべきなんてどうかしている。

専業主婦を忌み嫌う勢力は、言わば民主カンボジア・ポルポト政権下のクメールルージュのようなもの。
都市生活者を怨み、全てを農村地に強制移住させた思想と似ている。
その結果がどうなったかは論を待たない。
「一人暮らしの貧困女性」は、そんな弾圧の下で虐殺された民と同じ。
彼女たちはキリング・フィールドの犠牲者だ。
専業主婦を悪と看做され、女性の自立という甘い囁きで洗脳され、独身を選択させられ、邪悪な思想の下で弄ばれたのだ。
「一人暮らしの貧困女性」を救済すべきは、その扇動者たるフェミニスト等の戦犯が負うべきであって、日本社会ではない。
尤も、もはやそんな「人生の敗北者」を救う余力はこの国に残っては居ない。
自助努力で何とかするしかなかろう。
絶望的独身無職男性はもうはるか昔から放置されているのだからね。
諦めて死を待つしかないのだ。

この国に春が再訪するまで生き残れるのは、終身雇用男性と専業主婦女性のみ。
哀れな一人暮らしの独身男女は、常闇の中、貧困に喘ぎながら夜明けを待たずに屍を重ねるしかないのだよ。
その屍に、今夜も雪が積もっていく。

己の最期、しかと心得るべきだろう。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/