人は血統なくして語れず

日常
01 /16 2012
NHK大河ドラマ『平清盛』を何となく観る。
特に関心がある訳ではない。単にたまたまチャンネルを合わせていただけの話。
しかし、このような歴史物を垣間みるに常に想う事は、「人は血統なくして語れず」という事だ。

人は「血」に支配されている。
どこの生まれか?先祖は誰か?父は誰か?母は誰か?祖父は誰か?祖母は誰か?
血統が人の全てを決定付ける。
進学も、就職も、結婚もすべて良き血筋が良き学校、会社、縁談を約束してくれる。

昔、歯磨き粉のCMで「才能は子に受け継がれる」みたいなのがあった。
歯磨き粉とどういう関係があるのかは覚えていない。
ただ、才能が親から子に受け継がれるというのは、現実にありえよう。

先日、SNSのある書き込みにそれを発見した。
大学の漫研サークルで活動した知り合いの1年先輩が記した他愛のない日常報告。
そこには、もう二十歳になろうかとする彼の娘が作ったとキャプションが付いたオブジェの写真が誇らしげにアップされていた。
そのオブジェからは確かに豊かな才能の息吹が窺い知れた。
そんな娘の母親は実は同じ漫研に所属していた後輩である。
自分はこのふたりともよく知っていた。
在学中、漫画も非常に上手くプロになっても不思議ではないほどの才能を有していたのだ。
実際はどちらも堅気の職業に就き、大学卒業後に晴れて結婚したのだが、その二人から産まれた娘にはちゃんと創造性豊かな才能が継承されていたのだ。

まさに人は血統に抗えない。

そのような優秀な「血」を残してこそ、人間の真価が問われるのだ。
己が芸術やクリエーティブな職を選択せずとも、娘や息子がその可能性を継承してくれる。
何と希望に溢れた人生であろうか。

しかし、自分はそんな「血」を残す事が出来ない。
「血」を継承するどころか、己自身すら真っ当に生きていけるか危ういこの体たらく。

その学漫当時の先輩が記した「娘自慢」の書き込みを鑑みて、逆に何も残せない己の人生が如何に惨めかを改めて確認するに至るのである。
パソコンを閉じ、ガックリと頭を垂れ、暫し絶望に浸る。
妻も娶れず、子も設けられない。
そして己自身の人生すら危うい。
惨めの極みだ。

人は血統には抗えぬ。
そして己の血を残せぬものは「人生の敗北者」として、この世から退場しなくてはならないのだ。
この掟は平安時代だろうが平成の世だろうが変わらない。

「血」を残せぬ者は、いつの世も惨めだ。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/