クリスマスソングは女々しい男の「軍歌」だ

日常
12 /20 2011
ラジオからは季節柄、クリスマスソングが流れている。
だがよく聞くと大抵は女々しい男の嘆きや勘違いや思い込みによる哀しい歌ばかりだ。
たとえば山下達郎の『クリスマスイブ』。

「きっと君は来ない・・一人きりのクリスマスイブ」

そんなの携帯で連絡してみろよと突っ込みたくなるがこの歌は1980年代。
携帯などあるはずもない。
だから勝手な思い込みは今より激しく「恋煩い」をこじらせる。
恋は盲目。
男の身の程知らずが悲劇を生む。

「きっと彼女は自分を愛してくれるはず」
「クリスマスに告白すればきっと僕を受け入れてくれるはずだ」

そんな恋愛教条主義が人生をおかしくするのだ。
男は10年先を見て生きるが、女は1日先しか見ていない。いや半日かも。
たとえ富豪でもイケメンでも女性の3日後以降を独占する事は出来ない。
ましてや只の凡人男に何が望めようか。

平凡な売れない画家が女優に恋をして100万本のバラを部屋の前に送りつけるという歌詞のシャンソンがある。
これこそ、勝手な思い込みによる愚行だ。
女優からすれば、ただの嫌がらせを受けたに等しいのに、この男は喜んでくれると思ったのだ。
惨めで哀れだ。
このような悲劇がクリスマスの度に繰り返される。

だが、これはある意味、男の特権でもある。
寂しく一人ロンリーに耽ることは男のロマン。
山下達郎の『クリスマスイブ』はそんな恋敗れた男に一筋の「男気」が見え隠れする。
「男の引き際」みたいな、負け惜しみの惨めさがヒシヒシと迫る。
この歌の彼はその後一生、この聖夜の敗北を引きずって生きていかねばならない。
これはある意味「軍歌」に近い。

だからこそ、この歌がJRのCMに使われていた際、待つ側が「女」の設定になっていた時、激烈な怒りを感じたものだ。
このCMを観ながらテレビに向かって何度「許すまじ!」と叫んだ事か。

女性は失恋からの立ち直りが早い。
3日もすれば何もかも忘れてしまう。
そういう生き物だ。
早く忘れられるから万一、生んだ子供が失われてもすぐに次の受胎、出産に備えられる。
いつまでも過去を引きずっていては次のチャンスを失うからだ。
女性が男性に恋愛感情を抱き続けられる期間も長くて4年だそうだ。
これもまた乳児の授乳期間に比例しており、その間は母子を男に守らせるという本能が働くという。

いずれにしろ、女性の恋愛感情はこのような生理システムで動いているわけだから『クリスマスイブ』の曲みたいに恋人を健気に待つなんて状況はまったくありえない。
そんなふざけたCMを作ってあくまで「恋愛の主人公は女性」という修正恋愛至上主義を撒き散らすコマーシャリズムがガマンならなかった。
結局、この流れが「おひとりさま」や「女子会」「大人可愛い」状況を作り出して、男女間の更なる恋愛不均衡と「草食系男子」なんて嘘と欺瞞を撒き散らし、クリスマスを更に忌々しい茨の記念日にしていったのだ。

「現れない恋人」に悲哀を込めて嘆くのは男の特権だ。
だから「女々しい」という言葉が成立する。
「男々しい」なんて打ち込んでも変換しないのはそのためだ。
男が「女々しく」悲哀に暮れて何が悪いのだ。
それを歌い上げるのは男の特権であり、せめてもの存在の拠り所なのだ。
クリスマスソングは女々しい男の「軍歌」として存在しなければならない。

今年もまた無数の「人生の敗北者」たる失恋男たちがこの「聖なる夜」に玉砕し、寒空の中、一人寂しく家路を急ぐ。
その後姿を誰が笑えるだろうか。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/