CD-Rを焼き続ける

パソコン
09 /08 2011
3日間ぶっ続けでCDを焼く。
1999年に買ったマックG3に接続している外付けHDDから延々と5年間溜めたデータをCD-Rに焼き続けた。
疲れた。
へとへとだ。
これまでバックアップといえばMOだった。データ入稿では定番のメディアで御馴染みだった。
MOは記憶メディアの中の「優等生」と言われ、耐久性では他のメディアを寄せぬ性能を誇った。
何十年先もデータは安定的に保たれると。
だがいつしかこの記憶メディアは廃れ始め、今や風前の灯火。
いったいどういうことだ?
メディアの耐久年数よりも遥か短い年月でメディアもドライブも姿を消そうとしている。
まるで騙された気分だ。
果たしてMOユーザーはなぜ抗議の声を挙げないだろう?
どこからもそんな声は挙らない。
なぜなのだ?
MDもDATも大枚を叩いて購入していた者が大勢居たはずなのに。
「デジタルとはそういうものだ」で皆納得しているのだろうか?
データバックアップとしてまともに生き残っているのはCD-R。
しかし、耐久年数はMOよりかなり短いと聞く。
なぜそんな性能の低い記憶メディアが主流になったのか未だ理解しがたい。

果たしてデジタルデータバックアップはどれを選択すればよいのか?
人に聞けば皆てんでバラバラの事を言う。
「CD-Rが手軽でよい」といえば「CD-Rは耐久性がない。数年でデーターが消えるだめ」と否定される。
「HDDは安くなってるからお勧め」といえば「HDDは突然壊れるからだめだ。あれは消耗品だよ」と否定される。
「オンラインストレージが確実」といえば「サーバーが壊れたらお終いだ」と否定される。
果ては「デジタルは止めてポジフィルムに写して残せば?」とデジタル自体を否定する人も。

もはや途方に暮れるしかない。
じゃあどうしろというのだ?

恐らくはそのあらゆる記憶媒体に分散してコピーしておくのが最善の選択肢なのだろう。
だが、それをやっていたら1日中、データーのバックアップに明け暮れていなければならなくなる。

この3日間でCD-Rを100枚焼いたか。
CD-Rに焼く作業はストレスになる。1枚焼くのに30分近くも掛かり、その上時々エラーが出る。メーカーは国産で価格も高いメディアを使っているのにも拘わらず10枚に1枚は無駄になる。
こんなストレスを被る記憶メディアは辟易する。
しかし、他に方法がない。
OS8.6ではUSBメモリーにもDVDにもデータをコピー出来ない。
だからチマチマCD-Rに焼くしかないのだ。
ストレスなくMOにコピー出来た日が懐かしい。
焼いたCDをウインドウズXPで動くモバイルパソコンに移し、そこからオンラインストレージにアップする。
これもまた時間がかかる。
もうしんどくてしんどくてたまらない。
しかし、バックアップを軽視しているといつ何時、東日本大震災のような事態に遭遇しオリジナルを失うかもしれぬ。
その時に後悔せぬ為にもバックアップは大切だ。
だが、延々とCD-Rを焼いていると、ふと思ってしまう。
そこまでして残すべき価値があるデータなのだろうか・・と。

後世に継ぐべきモノならば己が釈迦利器にならなくても誰かの手で残されていくだろう。
案外、本人が保存など望んでいない方のデータが残ったりするのだ。
この世は皮肉に満ちている。
それにいくらパックアップしようと消える時は消えるのだ。
デジタルと言えど、数十年先にJPGやフォトショップ形式のファイルが開けられる保証はない。

デジタルデータの寿命なんて案外20年も持たないんじゃないか?
記憶メディアドライブもメディアも市場から消え、記録方式が進化していくごとに過去のファイルは読めなくなっていく。
それこそアナログのポジフィルムに写しておいたほうが、半世紀後まで残るんじゃないかと。
そんなことを考えると、CD-Rを焼くことがどんどん馬鹿馬鹿しくなっていくのである。
疲れた。
本当に疲れた。
疲労はMOの生産を放棄した日本のメーカーに対する怒りに変換され苛立ちが募る。
MOさえしっかりしていればこんな苦労は強いられなかったのにと。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/