放射能に無条件降伏した日本

報道
06 /18 2011
電力会社「原発再起動にあたり、安全対策を講じました!」
保安院「水素爆発対策は?」
電力会社「建屋の天井に穴を開けるドリルを用意したので万全です!」
保安院「よろしい。合格!」

これがドリフのコントなら不謹慎ながらも多少の笑いのネタにはなる。
まあ冗談の一つとしてね。
しかし実はこの「コント」が冗談でもなんでもなく、本当の「安全対策」らしいと先刻のニュースで知った。
もはや失笑を通り越してどんなリアクションをしていいのかすら解らない。

このレベルで、現在休止中の原発を稼動させるべく、各自治体に要請しているのだとか。
原子炉建屋の意味するところは放射能を施設内に閉じ込めるためにあるバリアーの一つではなかったか?
それに穴を開けるしか水素爆発阻止の手立てが見つからないとは、どういう感覚なのだ?

もはや、放射能洩れの基準自体が破綻して自暴自棄の投げやりレベルにまで達しているのだろう。
科学的思考も理論的対策も講じる術がなく、ひたすら「原発事故は起こりません」と主張してきた当事者の成れの果てがこれである。

福島第一原発では汚染水除去装置を稼動させたという。
しかし、トラブル続出で難航中らしい。
フランスとアメリカの除去装置をおっとり刀で取り付けて、このような未曾有の高濃度汚染水を容易く除去出来るとはとても思えない。
そもそもこの装置にこんな高いレベルの汚染水を除去するスペックは最初から想定されていないだろう。
案の定、稼動して数時間でフィルターが許容範囲を突破してしまったという。
これでは毎日何回もフィルターを交換しなければならない。それも高い放射線量の中での作業だ。
実質、汚染水浄化は実行不可能ではなかろうか。
すでに汚染水タンクは満杯に近い。
それに梅雨時だ。
大雨が降れば遅かれ早かれ溢れ出すだろうと報道されている。
メルトダウンした炉心も格納容器から建屋地下に落下し、いずれそこからも放射能汚染が広がるだろう。
もはやすべて手遅れ。
為す術がないのだ。

震災から3ヶ月が過ぎたあたりから再び放射能測定値のニュースが増え始めた。
3月11日以前の安全基準に当てはめたら、もう東日本全体は全て汚染エリアに入ったも同然。
あらゆる農作物、家畜、工業製品、人の移動は制限されなければならないレベルに違いない。
福島第一原発から半径200km以内は恐らく厳しい安全基準に照らし合わせたら居住にすら適さないのかもしれない。名古屋から東の作物、工業製品はもう商品として出荷できる基準ではないだろう。
もし、この事故が海外で起きていたら、このエリア内放射能レベルの全生産物は日本に輸入される事はなかったろう。
すべてキャンセルにするはずだ。
だが、今回の福島第一原発事故ではそんな「厳しい安全基準」は適応されていない。
なぜか?
もしそれを為したら、この地域に居る国民の生活基盤全てを完全に奪ってしまうからだ。
何千万人もの人間の仕事、住居、未来をすべて放棄させてまで「厳しい安全基準」を当てはめる合理性は見出せない。
そもそも、この「厳しい安全基準」が本当に健康被害を受けるか否かの指標になるのかすら、実際のところ誰にもわからない。
チェルノブイリ位しか前例がないし、長期的に渡ってどんな影響が出てくるのかも未知数だ。
電磁波と同じで、危険性はゼロではないが、だからといって全ての人間に著しい健康被害を与える科学的根拠もない、と言ったところだろう。
ただ、乳幼児に限れば影響は少とは言えず、無視は出来ないレベルと認知されている。
だが、東日本の乳幼児を全て疎開させることは容易ではない。
現況は殆ど戦時下のレベルに達している。
しかし日本は「戦争は起こらない」事になっているから非常事態宣言して強制疎開も出来ない。
結局何も出来ないまま、放射能を浴びるがまま、日時を重ねるしか選択肢がないのだ。

原子力は日本の未来エネルギー政策の要という。
資源の乏しい国土で電力を賄うためには化石燃料や自然エネルギーに頼れない。
であれば、原子力発電所は日本の存亡が掛かっているのだから、その建設や維持に対して日本人は誇りを持つべき対象に成さねばいけなかった。
60余年前の大日本帝国時代であれば、空母機動部隊とか連合艦隊、戦艦大和に相当する。
国の存亡を賭けているのだから、職員は誇りと使命感を持って従事し、時には命を懸け、殉職も厭わない覚悟も必要だった。
国民もマスコミもそれを是とし、原発職員は「神兵」として崇められる存在でなければいけない。
大戦中の空母や戦艦と同じく、戦い敗れて沈み逝く時は艦長乗組員全員が艦と共に運命を共にし、国民はその殉職将兵を英霊として未来永劫崇め奉る。
このような国家国民総意のコンセンサスがなければ原子力発電は維持できない。

ところが、今の日本では、原発に対する誇りも覚悟も信仰も皆無だった。
核エネルギーにアレルギーを持つ国民性も禍してか、原子力は常に日陰の存在で日本の電力需要の30パーセントを占めるに至ったのにも拘わらず、マスコミは放射能の危険を煽る事に終始し、国民も危険な原発というイメージでそこに従事する者を疎んだ。
理系大学生も原子力関連は人気がなく、自ずと優秀な人材には逃げられたと伝えられる。
結果、原子力に関わる技術者も職員も「いやいやながら」の感を否めず、不遇な職場に飛ばされて「貧乏くじ」を引かされた感覚で仕事に就いていたのだろう。当然士気も上がらず、「命懸けで原発を守る」という気概も芽生える事はなかった。
まるで「下男」のごとく蔑まされる原発労働者は、志願者よりも労働意欲の低い召集兵の使い捨てで構成され、危機意識のまるでない人間だけが原発に集まるという構図が出来あがったように感じる。
そんな士気の低い者だけで国家の要たる原子力発電を維持していたのだ。
政府と電力会社、そして利権企業はそれをわかっているから地元に大枚を払い、「原発に事故は起こりません」と言い張るしかなかったのだ。
事故が起こったら対処しようがなかったからね。
もし大戦中の空母機動部隊や戦艦大和にそんな者たちを乗せていたらまともな作戦遂行は不可能。ましてや実戦投入など現実離れ。
戦わずして日本は無条件降伏していた。
2011年の日本はまさに戦わずして放射能に無条件降伏したのだ。

「浮沈戦艦」が虚構であるのと同じく、「無事故原発」もまた、虚構に過ぎない。
しかし「浮沈戦艦」に乗った将兵は潔く特攻し艦と運命を共にした。
そして彼らは「英霊」となった。
だが「無事故原発」に従事する者たちの行く末はどこか?
殉職しても神殿に崇められる事もなく、ただ「使い捨ての召集兵」として忘れられるだけの存在になるのか。
国家も国民もマスコミも電力会社も関連企業もそれを容認し、放射能の「下請け処理人」として意識の脇に押しやった。
戦争と同様、挙国一致の国難が起こったというのにその現実がら目をそらし、ただ電力会社の不祥事レベルで事を収めようとした挙句がこの有様だ。
重大原発事故に対しては国家的戦略を以て、国民総動員し放射能封じ込めに吶喊せなばならぬ決断もなく、その全てを一電力会社だけに丸投げして「見て見ぬ」ふりをする戦後日本の国是が事態をひたすら悪化させている。
挙句、士気の低い原発技術者が苦し紛れに出した防御安全策が「建屋に穴を開ける」だったとは、ある意味当然かもしれない。
このコントと紛うばかりのいい訳で地元自治体は説得させられる。
その穴から放射性物質が漏洩しても「その位はガマンしろ」なのである。
「原発事故は起こりません」から「多少の放射能は浴びてください」の180度転換。
これが日本の未来エネルギーを担う原子力政策の成れの果てである。

ラジオで宮台真二が言っていたが、もはや福島は核廃棄物の墓場にするほかないらしい。
高濃度汚染水は洩れ続け、放射能除洗は間々ならず、メルトダウン炉心はどこにいったのかも解らない。
遅かれ早かれ、周辺の地下水と近海は常時放射能汚染地帯となって一切の人の立ち入りを拒絶するだろう。

とにかく、日本人は3/11以降、腹を据えなければならない。
好むと好まざるとに拘わらず、放射能ダダ漏れの原発と同居する覚悟だ。
そして原発に事故の気配があったら、建屋に穴を開けられ、周辺に放射能を撒き散らされる覚悟だ。
これからは「事故は起きない」のではなく「事故は当然だから覚悟するように」が原発PRの新たな標語になる。
今更、放射能測定値に一喜一憂したって始まらない。
もはや放射能は我らと共にある。
まあ、ラドン温泉だって健康によいのだから、東日本全体がラドン温泉化したと思えばよかろう。
人によっては微量の放射能が長寿に繋がるとも言うし。

「浮沈戦艦大和」ならぬ「不事故原発福島第一」を受け入れた国民だ。
船が沈む時は、国民も覚悟を決めて最後まで見届ける義務があろう。
これから他の原発が「撃沈」される時も同様だ。
建屋に穴を開けるしか策がない原子炉に跨って特攻する。
これが日本人の唯一の選択肢。
60余年たっても日本は「菊水作戦」続行中だったのだ。それも命を賭する覚悟の欠如した船長、船員、乗客しかいない特攻船でね。
誰も望んではいないが、もう逃げ場はないから前に進むだけ。
救命ボートなんかありません。
「事故が起こるはずもない」船だったのですから。
ついでに舵も利かなくなった。
万事休す。

こうして1億人諸共総特攻するしかないのだ。

いかりや長介さん一言。
「だめだこりゃ」。





あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/