落日

報道
03 /13 2011
メディアは東日本大震災報道で一色になった。
未曾有の巨大地震。
日本は地震国だから様々な備えは出来ているはずだったが、結局ガイアの巨大エネルギーの前には為す術が無かった。

人里を次々に飲み込んでいく巨大津波の空撮映像はまるでコミック版風の谷のナウシカに出てきた粘菌のごとし。
全ての事象は日常にはありえない「絵空事」の類だ。空想でしか描いたことのない様々な「破壊」が目の前で現実化していく。
歴史上繰り返された巨大地震だからいつか来るとは知っていたけれど、なぜこのタイミングなのか?
高度成長下の日本には幸い、このような巨大地震が襲うことは無かった。
確かに昭和34年には伊勢湾台風が東海地方に上陸して高潮により犠牲者5000名余を出した。
しかし日本の高度成長はこれで挫かれる事はなかった。
なぜなら若い人間が卓越し前進するエネルギーに溢れていたから。
多少の犠牲が出ても修復はたやすい事だった。
しかし、今日の日本は少子高齢化。人口、経済、文化、政治全てにおいて縮小萎縮の坂をゆっくりと下り始めていた。
その最中、明治以降、記録された最大級の巨大地震が東日本を襲った。
一つの市を丸ごと壊滅させるほどの超級災害に直面した。
人的被害も甚大でこのままでは戦後、いや明治以降最大の自然災害犠牲者数になるやもしれず。
それだけではない。久慈市の国家戦略備蓄基地の壊滅、松島基地F2飛行隊壊滅、福島原発のメルトダウン等、国家エネルギー戦略、国防に関わる重要な施設が大打撃を受けているようだ。
これらは目立たないかもしれないがいずれ表面化してくるだろう。
高度経済成長期なら伊勢湾台風の時のごとく若いマンパワーでこの挫折から立ち直るエネルギーはあったかもしれない。
だがこの少子高齢化、人口減少が進む中、東日本大震災復興は容易ではない。
天文学的な国債発行額で「借金」で支えられた国家財政下、「現状維持」が精一杯なのに、この未曾有の禍から立ち直る事は、もう不可能ではないか。
阪神大震災の時と比べ、何か微妙に復興の意欲よりも「諦め」というもやもやしたものが漂っているようにも伺える。
単独での救援活動は難しいと悟ったのか、あっさり米軍の要請を受け入れるあたり、もう日本単独ではどうしようもないところまで来ているのではないか?

昨日スーパーに行くと食料の棚が空っぽだった。確かにこれだけの災害直後だから物資供給の滞りがあっても不思議はない。
だが「モノが無い」という感覚は高度成長期には殆ど感じなかった。人々も食糧供給が長期間続くのではないかという不安に駆られている。
徐に防災無線から声が響く。
「電力節約にご協力を」
先進国にも拘わらず電力不足が迫ってきたのか。
福島の原発復帰がいつになるか解らない。もしかすると永遠に復帰は無いかもしれない。
松島基地の機能も失われた。F2水没による対艦攻撃能力の著しい低下は琉球周辺を確保したい中国にとっては千載一遇のチャンスだ。
今、尖閣諸島に上陸されたらもはや反撃する能力は日本に無い。
この原油高騰下に久慈の石油備蓄基地能力喪失も日本のエネルギー安全保障に大いなる影響を与える。
これらは氷山の一角に過ぎないのだろう。
今回の巨大地震で日本の「落日」に加速がついたことは間違いない。

「悪い事は重なる」ものである。
東南海地震は1944年、太平洋戦争敗北間際の時期に起こった。戦争に負け続け、青息吐息の大日本帝国に無慈悲に襲い掛かったのだ。
逆に上手くいっている時は決してこんなことは起きない。
高度成長期の日本に前述した通り、海溝型巨大地震は一度も起きなかったからね。

弱くなった存在は天からも叩かれて身包み剥がされていくのが世の常だ。
これからの日本は追い剥ぎに襲われる旅人のごとく、各国から弄ばれる。
莫大な財政赤字の上に更なる天文学的な復興費用は国民生活を確実に圧迫していく。結局、外貨の助けなくては復興が不可能となり、円の価値は限りなく落ちていく。

自分たちはもう、これまでのように自由や満ち足りた生活は望めなくなるのかもしれない。
食料もガソリンも次第に庶民の手の届く場所から遠ざかっていく。
大震災復興の名目の上に、あらゆる自由な表現は萎縮する。
慢性的な物資不足がつづき、更に物価は高騰。かつて遊休費に使っていたお金は明日の衣食住に消えてゆく。
一方で災害復興は一向に進まない。10年経っても東北の太平洋沿岸は泥沼のまま放置され無人の野と化すかもしれない。
今後、災害の度に被災した人里は日本の人口減に合わせて放棄されるようになる。
なぜなら復興よりも安上がりだからだ。
放棄された廃墟の町や村が日本の至る所に出現し、天然の墓地として人々の記憶から忘れられていく。
日本の落日。
もう日本人に向上心を求めるのは無理だ。これだけ高齢者が増えては「新しい未来を築こう」なんてエネルギーは湧いてこない。
破壊されたらもう放棄するしかない。
人も道具も気力もお金もないのだから。

放棄された人里を眺めて年老いた民は思うのだ。
かつてここに繁栄した国があったのだと。

自然はいつの世も無慈悲だ。
老い弱った者はその無慈悲の下、滅びゆくしかない。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/