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クリスマス・イブイブの情景

日常
12 /24 2010
クリスマスイブイブの23日。
冬晴れの休日。青空が眩しい。
学生時代、こんな日は足繁く西新宿高層ビル街に通った記憶がある。
だがもうそんな気力というか、目標を失っているのでただぼうっと真っ青な空を見上げるだけだ。

そんなイブイブの午後、百貨店の食品店街を通りかかる。
ローストチキンの山・山・山。
どの店もローストチキンで溢れている。以前はこんな大量にはなかったはずだ。
これは鳥の大虐殺だな。
恐ろしい。
思わずショーウインドウを眺めながら嘆く。
「嗚呼、可愛そうに。鳥が焼け死んでいる。辛いなあ」
「おいしそう」という感情よりも「かわいそう」という気持ちが先行するのは何ゆえか?
何故にこんなにもたくさんのローストチキンが必要なんだろうかなんて考えてしまう。
いったい誰のために用意されているのだろう。
家族連れのお客でごった返す通路。不況といえど、クリスマスを楽しむ余裕のある階層はまだ多い。
かつては家族やカップルで過ごすのは当たり前だったクリスマス。
だが世は孤独な独身男性で溢れている。
あるサイトに記されていたが、国勢調査によると30代前半男性の未婚率は47.7%。つまりほぼ半数が結婚していないということになる。
これは2005年の調査であって、今は更に増えているはずだと。
記事にはこう書かれている。

「5年前の未婚率が47.7%だったということは、2010年に行われた国勢調査では50%を超えている可能性が高いことになる。そうなると30代前半の男性では、結婚している人の方が少数派になってしまう。厚生労働省が「標準モデル世帯」を発表しているが、それによると日本の標準的な家族構成は33歳夫、29歳妻、4歳子ども――。しかしこの標準モデル世帯というのが、かなりの少数派になってくる。
33歳で4歳の子どもがいるということは、男性は20代後半で結婚していないといけない。しかし国勢調査によると、男性・20代後半の未婚率は72.6%。結婚している人は3割にも達していないのだ。」

これは全国の平均であって、東京に限れば更に未婚の30代男性が多くなっているはずだ。
もはや結婚は稀有な行事であって、独身のほうがスタンダードになってしまったのだ。
子孫を残せず、ただ老いていくだけの絶望独身男性が爆発的に増えている。
これではもう、これからの時代に「家族そろってクリスマス」なんていう光景が幻の世界になってしまう。
今やクリスマスは孤独の中で寂しく過ごすものなのだ。
にも拘らず、なんでこんなにローストチキンが山のように積まれるのだ?
これを独身絶望男性で消費せよというのか?
そんなお金何処にある?
そんな気力どこにある?
街全体がクリスマスで浮かれているような雰囲気に相反して、絶望独身男性の醒めた諦め感が痛い。
自分たちが子供の頃の1970年代。
クリスマスは家族で過ごすのが当たり前。
30~40代の独身男が一人で過ごすなんて考えられなかった。それは不幸であり寂しい人であり、社会から疎外された「気の毒」な人だった。
そんな「気の毒」な人が世代全体の70パーセントを占めるようになってしまった日本。
もはや救いは何処にもなくなった。
いつしか店頭のローストチキン達がすっくと立ち上がり、こちらに向かって叫びはじめた!
「愚か者共め!子孫を残せないオスのホモサピエンスに何の価値もない。ローストチキンは家族が囲んで食べるものだ。独身男がたった独りで食する類のものじゃないんだ!お前らに俺たちを買う権利はない!とっとと失せてカップラーメン啜りながらさんまのテレビでも泣きながら見てろ!」
自分は「ぎゃああ」と叫びながら、混雑する食品店街を人を掻き分け飛び出した。

街にはカップルや家族連れ、余裕のある初老の紳士淑女で溢れている。
しかし、大量に居るはずの独身絶望男性の姿はどこにも見えない。
彼らはもはや街に出る気力も経済力も体力も失い、部屋に引き篭もって己の人生の蝋燭が空しく磨り減っていく様をじっと耐えているに違いない。
山下達郎の『クリスマスイブ』はまだ幸いだった。
「君はきっと来ない。独りだけのクリスマスイブ」
しかし今はこうだ。
「きっと僕は一生独身。孤独死で発見されるクリスマスイブ」
恐ろしい!
そのうち、さだまさしが唄ってくれるだろう。
哀れな絶望独身男性のクリスマスイブを。

恋人も家族も居ない絶望独身男性のクリスマスイブの食卓にローストチキンは並ばない。
並ぶのは己の白骨である。
この国はまもなく終わろうとしているのに、なんでこんなにローストチキンが売られているのか滑稽ですらある。
ローストチキンにされた死屍累々の鳥たちと孤独死しか待っていない大量の絶望独身男性がシンクロする。
そうだ。解ったぞ!
このローストチキンの山は、日本の絶望独身男性の火葬死体なんだ!
それなら合点がいく!
己は今、己の火葬された姿を見ているんだ!それがローストチキンとして目の前に現れているんだ。
だから「おいしそう」より「かわいそう」と感じたんだ。
これは食べ物じゃない!僕らの未来の遺体なんだ。
恐ろしい!
恐ろしい!

クリスマスイブ。
幸せな家族連れや恋人たちは、絶望独身男性の哀れな焼死体を喰らって、己の幸福を確認する。
いつの世も「生贄」があってこそ、幸せが保証されるんだ。
その「生贄」が「いらない人間」たる絶望独身男性。
哀れなり。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/