倉田潤都青少年・治安対策本部長の野望

報道
12 /16 2010
ツイッターにも記したのだが、今回の都青少年育成条例改正案成立は石原東京都知事よりも、倉田潤都青少年・治安対策本部長の手腕によるところが大きかったと思われる。
むしろ、石原都知事や猪瀬副知事を利用し、警察キャリアの地位を確固たるものとするために都青少年育成改正条例が利用されたといえないか?
倉田自身の警察内権力を確実なものとする手段としての条例案改正。取締りの対象を拡大し己の地位を盤石とするための策略。
今回の事例はその一点のみに集約されている。
そこには「子供の安全を目的とした法益」なるものは存在しない。
あるのは倉田潤個人の権力欲だけだ。
すべては条例改正案成立条例強化を画策した都青少年・治安対策本部長の「出世のためのシナリオ」なのだ。
警察キャリア主流を疾走する冷徹な倉田に温和な交渉術など意味をなさない。
出版や漫画関係者が都に「なぜ根回しすらせず短期間で改正を強行するんだ?」と抗議しても無理な話。
この人物はさながらナチス政権下のハイドリヒみたいな男なのだからね。
都の面子とか出版業界との信頼関係なんて考えちゃいないだろう。
彼にとってはマンガ、アニメ関係者はジェノサイドすべき対象なのだから。
人間扱いすらしてない。
彼のやりたいことは「子供の安全」等じゃなく、警察にとって新しい獲物を作り出したいだけ。その獲物を「ガス室」送りにして自らの手柄にしたい。
それだけだよ。
ハイドリヒはチェコ副総督になったとき、労働者階級を懐柔させ、反対派たる中産インテリ層を徹底的に容赦なく弾圧した。倉田潤都青少年・治安対策本部長もPTAとかうまく取り込む一方、反対派の出版、漫画関係者に対しては一切交渉すら拒絶。
正にハイドリヒと同じ手法を踏襲している。
石原はヒトラー気取り。猪瀬はヒムラー。倉田潤都青少年・治安対策本部長はハイドリヒという構図で考えるとわかりやすい。
因みにハイドリヒは上官であるヒムラーを軽蔑し、ヒトラーに対しても心酔してはいなかったらしい。
ハイドリヒたる倉田潤都青少年・治安対策本部長も猪瀬や石原のことを心の中では「利用しがいのあるマヌケ野郎」と馬鹿にしてるんじゃないのか?
所詮、石原、猪瀬なんて行政のアマチュア。東京都の「お飾り」にしか過ぎない。
一方倉田は行政のプロだ。彼ににとって石原、猪瀬レベルの人物は警察キャリア出世街道を突き進むための恰好の「踏み台」としか考えていない。
「こいつらには利用価値があるな」と悟り、タイミングを計って東京都に出向してきたんじゃないのか?
この頭の切れ方は、やはりナチの「金髪の野獣(Die blonde Bestie)」と言われたラインハルト・ハイドリヒと共通するものがあろう。

ここで改めてラインハルト・ハイドリヒがどんな人物だったかおさらいしてみよう。

『その生まれと教育からハイドリヒはヒトラーのドイツの「あちら側」に属し、ナチからねたまれもし、嫌われもするオフィサー階級である。
しかし上官の娘の愛情をもてあそんで海軍から追放されると、忠誠の対象をドイツの新しい勢力に断固うつしかえ、SSに入隊してたちまちヒムラーの代理に登用された。
彼は国内の防諜と弾圧にあたる国家保安本部の長官となり、1939年9月ポーランド国境のグライヴィッツ事件[ポーランド軍の制服を着たSS隊員がドイツの放送局を襲撃したように見せかけた事件]を出演し、ヒトラーに開戦の口実を与えた。
ソ連侵攻後は絶滅班(アインザッツグルッペ)の作戦の責任者となり、東方の占領地域で何十万人のユダヤ人を殺害した。
1942年1月のヴァンゼー[ベルリン郊外]会議で承認されたユダヤ人問題の「最終解決」の報告書を書いたのは彼であり、1942-44年の東方の絶滅キャンプでの欧州ユダヤ人の組織的殺人への道を開いた。
ハイドリヒはチェコスロバキアの占領地域ボヘミア、モラヴィアの保護管(総督)となったが、チェコ人工作員チームによりプラハで暗殺された。
報復としてドイツ軍はチェコのリディツェ村の成人住民を大量殺害した。
ハイドリヒはナチ幹部の大多数よりも傑出していた。
その異常な自信、並みはずれた才能、そして完全な酷薄さによってであり、これに匹敵する性格をもつものは他にヒトラー自身しかいない。
ハイドリヒはそのヒトラーのあとを継ぐつもりだったのではあるまいか。彼を知る者はみな、ヒムラーでさえも震え上がった。』
<ジョン・キーガン編/猪口邦子監修/永沢道雄訳『第二次世界大戦人名事典』原書房 1996年初版より出典>

一方、倉田潤都青少年・治安対策本部長はどうか?
下の画像は倉田潤 青少年治安対策本部長が平成22年第4回定例会12月 7日(火)本会議代表質問での音声である。

倉田潤都青少年・治安対策本部長に関してはこのあたりのサイトを調べてみると面白い。
過去にもいろいろと物議を醸し出した人物であるようだ。「脛に昔の傷」を負っているのはハイドリヒと似通っている。
またハイドリヒがプラハに派遣されて豪腕を発揮した履歴は、倉田が東京に出向して「目覚しい成果」を上げた状況と近い。
倉田もまたハイドリヒと同じく、恐らく強引な手法でのし上がり、警察内部からも相当反感を買ったり、疎まれたり怨まれている人物と想像出来る。
にも拘らず、出世街道を驀進している点では如何に権力闘争に長けているかを示している。

彼にとってこの都青少年・治安対策本部長は出世街道の最終関門だ。如何に大きな業績を上げるかが勝負だ。
次の出世先、すなわち警視庁警備部部長の椅子。
このエリートコースを盤石にするためにも都青少年育成条例改正案は手段を選ばず成立させねばならなかった。

しかし、これはまだ序章に過ぎないだろう。
これからが彼の本領発揮である。
歴史に名を残すのだ。警察官僚としての圧倒的な実績をね。
そのための「生贄」が、漫画、アニメに関わる無垢な人間。

さて、取締りの対象を法律で規定できた以上、今度は配下の警察を動かして徹底的な取り締まりを実践し、己の力を警察内に知らしめなければならぬ。
ハイドリヒと同じ「恐怖と冷酷さ」でね。
上司である石原や猪瀬はもはや倉田の「操り人形」に過ぎぬ。
放っておいても首長が「規制強化」を叫んでくれるのだから、これほど仕事がやりやすい環境はなかろう。
あとは都議会だが、倉田にとっては造作もない。
とにかく「規制派」に対する周到な根回し、懐柔を積極的に謀る。
漫画規制を狂信的に推進させるカルト組織を一般市民やPTAに偽装させ、恰も都民の大半が「規制に賛成している」という「世論」を醸し出す。
一方で規制反対の漫画、アニメ関係者の声は断固無視する。聞く耳など絶対持たない。
「映倫」みたいな自主規制団体の設立すら受け付けない。
彼の目的は業界との信頼関係ではなく、殲滅すべき敵を作り出すこと。
彼にとって漫画、アニメは敵そのもの。
妥協は許さない。
ただ潰すのみ。
警察権力を誇示するための「標的」として徹底的に敵視し、実力で殲滅する対象を国民に見せつけ、己の力を誇示し権力を奪取すること。
そのための「生贄」が漫画、アニメなのだから妥協など最初からありえないし、話し合いの必要性もない。
彼にとって漫画、アニメ従業者、漫画家、アニメーターは単なる狩猟の対象物だ。
無論、警察が守るべき都民ではない。いや、人間ですらないと思っている。
だから倉田は警察組織を総動員して漫画、アニメを「子供の敵、社会の敵」とする世論作りに無慈悲に邁進するだろう。
たとえば「ヲタク系」が起こしたように見せかける性犯罪を捏造。殊更誇張してメディアにリーク。
大手マスコミも身の保全しか考えないので、このような「子供の権利」に偽装した事件をろくに検証もせず大きく報道する。
一方、「表現の自由」を守れという声は相対的に潰されてもはや何の効果も失っていく。
やがて都民の大半は、漫画、アニメを危険な媒体として認識し、その関係者を罪人と看做すだろう。
すれば、「表現の自由」を訴える反対派の都議も賛成に回らざるを得なくなる。
なぜならば有権者に逆らえないからだ。
これで、都議会も倉田の野望現実のための道具となった。
こうして条例案改正を成立させたのと同じ手法で徹底的な弾圧と取締りが出来る環境を整える。

漫画、アニメ関係者、出版社を「生贄」にする準備は整った!
法律は整備され、「世論」は規制一辺倒となり、立法府も手中に治め、メディアも骨抜きにした。
いよいよ「宴」の始まりだ。
倉田は都青少年育成改正条例を効果的に拡大解釈、恣意的運用を現場に指示する。
都内の大方の書店ではほぼすべてのコミックが「成人指定」され、売り場から排除される。書棚の前には警官が配置され、もはや大人すらコミックを購入する事が出来なくなる。
いつしか「成人向け」のみならず、すべてのコミック、アニメが恣意的に「不健全作品」に指定され、書店から一切のコミックが姿を消す。
大手出版社はコミックの新刊を出すメリットが失われ、最大のマーケットである東京を失っては利益が上がらないと判断。コミック雑誌は次々と廃刊。
同人イベントも一切禁止され、自費出版もすべて取り締まりの対象に。製作、販路は完全に遮断。
漫画、アニメに関わる産業は壊滅。作家、従業者は失業し、生活の糧を奪われる。

更に倉田は規制第2弾を実践に移す。
都青少年育成条例を更に強化し、漫画、アニメに関わる人間はすべて「性犯罪を助長している危険な人種」と規定。「疑わしくは罰する」という方針を明確にして徹底的な摘発に乗り出す。
議会もメディアも手中に収めているので何の抵抗も無く計画は進む。
摘発推進キャンペーンとして都内要所で青少年・治安対策本部主催による「大焚書大会」が催される。
児童生徒を大量動員。カルト宗教団体構成員が主導してあらいるコミック、アニメソフト、ゲームを新旧問わず持参させ、炎の中に投じさせる。
その様子をテレビが生中継。
石原都知事を担ぎ出して「漫画、アニメ追放演説」を繰り返しメディアで放送させる。
倉田はこれを「健全浄化・水晶の夜」と名づけて、都民に漫画、アニメに関わる人間をあぶり出し、当局に通報せよと呼びかける。
一晩で10万人近くの漫画、アニメ関係者、漫画家、同人作家が検挙され、投獄される。
都庁舎前の都民広場では、摘発された漫画家や同人作家を公開拷問処刑。
ハイドリヒも公開処刑もしばしば行っている。ウィキペディアによるとこのような記述があった。
「特にヒムラーがプラハ訪問中だった1941年12月15日にはプラハ聖堂前の広場で大規模で派手な公開処刑を催した。
1942年2月4日にはハイドリヒ自身が秘密演説の中で次のように述べた。死刑判決は400ないし500、拘束者数は4000ないし5000に及ぶ。」
倉田もハイドリヒに見習い、このような公開処刑イベントを開くと思われる。
なぜなら市民を恐怖によって統括するには効果的だからだ。
「不健全をばら撒く犯罪者の末路」と称し、警視庁の取締官が作家の利き腕を殴打したり、目を潰したりしする拷問を都民に公開。
「ぎゃーあああ」と悶絶してのた打ち回る同人作家を眺めながらのディナーショーも開かれる。
この様子は世界にも配信されるが、所詮「児童ポルノ犯罪者」を取り締まる様子として伝えられるので、むしろキリスト教圏の国では賞賛され、倉田の業績は世界で高く評価される。
ハイドリヒは「プラハの虐殺者」と呼ばれたが、倉田も「東京の虐殺者」として歴史に名を残す。
この強化された都青少年育成条例は、すぐに国家レベルに格上げされ、国会で「児童ポルノ防止強化法」として成立。
もはや日本中すべてのコミック、アニメ、ゲームソフトは新旧問わず焚書にふされ、所持者も片っ端から逮捕される。
漫画家、アニメーターは逃げ場を失い、強制収容所に放り込まれ殆どが処刑される。

こうして倉田は警察内で確固たる権力を治め、晴れて警備部部長に就任。
警察キャリアのトップに君臨出来るのだ。
ハイドリヒが教えてくれた出世方法は完璧である。

おそらく、これが今、倉田潤都青少年・治安対策本部長が夢見ている「未来予想図」だ。

程度の差はあれど、遅かれ早かれこのような状況は現実化されるだろう。
倉田の野望実践が都内で続く限り、この「受難」は免れない。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/