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秋空の日の丸に悲哀

祭り
10 /04 2010
10月2日土曜日、代々木公園近郊、NHKスタジオパーク前で開催された尖閣問題に抗議する集会を覗きに行ってきた。
DSCN0519a.jpg
秋晴れで暑いほどの天気。代々木公園周辺では観光イベントなどが開かれてごった返していた。
目的の集会はどこだろうと代々木公園ケヤキ並木を渋谷方面に進むと先のほうに日の丸が林立する一角が見えた。
14時過ぎに集会場所に到着。
推測して3~400人程度か?大きな日の丸や中国と民主党政権に対し抗議するプラカードを掲げた参加者が演壇を囲み、主催者の演説に耳を傾ける。
いわいる「右翼」っぽい人間は見当たらない。概ね成人男子が大半を占める。
動員されたような雰囲気は見られず、各人ネット告知を見て自主的に集まってきた様子。
主催者側に大規模な組織もないようだ。
大手マスコミ取材が入っている様子もなく、小規模な海外プレスらしい記者がちらほら。
それもデモの主旨を追うというより、奇特な雰囲気を狙っているというか、そんな感じ。
これだけニュースで騒がれ、中国と現日本行政府に怒りを感る国民がいたのだから1万人位は集まるかと予想していたが結局数百人レベル。
やはりネットだけではリアルなイベントの動員は難しいのか。
参加者も孤独なヒキコモリ青年や、町の変わり者っぽい風貌のおじさんが目立つ。あと不思議少女系がちらほら。
到着した時、演壇に立っていた演者は、前S区長。参議院選挙に立候補したものの落選し、今は「浪人」の身。
なんだかうら寂しい。
他の演壇に立つ者もそれほど著名人とは言えない。
知らない人ばかり。
主催者が嘆く。
「多くの政治家に呼びかけましたが参加していただけません。土日ということもあり、皆自分の地元に帰って挨拶回りだ。嘆かわしい!」と。
現役政治家からすれば、たとえ世論的に尖閣問題で沸騰しているとはいえ、このような「右」っぽい集会に出席するのは不利益と判断しているのだろう。
だからそこには、憂国を訴える「愛国者」のエネルギーよりも、「世間からうち捨てられた人生の敗北者」の憂いが漂っていた。
参加者の姿を見ても、「日本を守る猛烈なる覇気」は感じられず、行き場のない「はみだしもの」が止む無く集まってきたという感覚。
「仲間意識」は芽生えず、疑心暗鬼というか日の丸は掲げたものの、何故自分はここにいるのかという意識で一杯だ。
憂国の声を挙げようとも、政治家は集まらず、マスコミは無視する。
仮に知人や仕事仲間に集会参加を告げてもいい顔はしないだろう。
だから参加者は孤独でも平気な奇特者じゃないと勤まらない。

週末でごった返す渋谷。
行きかう家族連れや若者は怪訝そうな顔で通り過ぎる。
これだけ「愛国」を叫んでも「世間一般」は相手にもしない。
「同じ日本人だぞ!恥を知れ!」と怒ろうと、その声は何処にも届かないという絶望感。
このリアルな集会に集ってみてもその焦燥は増すばかりなのだ。
それに、ここに来れば「憂国の闘士」として敬われると確信したのに、集まってみれば「変わり者」同士が心の傷を舐めあうという構図しか描けない。
結局は「異端者」として白い目で見られるのだ。
それが解っているから政治家もマスコミもこのような集会は無視する。
「異端者」は票にならず、視聴率も稼げないし金にもならぬ。
ひきこもり、町の変わり者、うだつの上がらない落選元政治家、評論家・・。
自分の姿を鏡で見るような参加者に自己嫌悪する。
自分たちは本当に「愛国者」なのか?
世間から弾き飛ばされた鬱憤を「愛国」に置き換えて憂さを晴らしているだけじゃないのか?
NHKに突入し「クーデター決起」を呼びかける気概もなく、首相官邸に自爆攻撃する者も居らず、行楽で賑わう渋谷の地で「変わり者」同士が気勢を挙げたとて誰からも相手にされないとしたら、こんな馬鹿馬鹿しい事はない。
警備の警察官も暇そうだ。
秋晴れの空に掲げられたたくさんの日の丸が空しい。
何かが欠けている。
自分がここに居る意味は何なのか?
結局、それを見出せることもなく、1時間ほどでこの場を離れる。

かつて1960年代。日本に学生運動が吹き荒れた頃、このような集会があれば猛烈なエネルギーで満ち、自然発生的な集団行動でNHKは学生たちによって占拠され、壮絶な機動隊とのバトルが展開されただろう。
もはや「右」も「左」もない。
マスコミはその「闘争」を挙って生中継する。
そうやって世の中は動いてきた。
もはや、日本にそんなエネルギーは微塵もなく合理性もない。
「老化」した日本にそれを求めるだけ無駄というものだ。
結局、ネットで燻ろうと、街頭に出て訴えようと「疎外感」は払拭されない。

他の参加者がどう思ったのかは知らない。
街頭デモがどのような状況だったのかも解らない。
傍観していただけの自分にとってこの集会の是非は語れない。
おそらく、何もしないよりはやったほうがよいのだろう。
「賑やかし」でただ集会の場に居たというだけでも貢献になったかもしれない。
ただ、積極的に参加する気持ちに至たる要素は何もなかった。

帰りの代々木公園脇の道には浜崎あゆみファンの「痛車」がたくさん留まり、ファンが群れていた。
おそらくNHKホールあたりでライブがあるのだろう。
それを見て思った。
あの集会に欠けているもの。
お洒落じゃないんだ。
ビジュアル的に訴えるものが決定的に欠けている。
アナクロイズムな日の丸だけじゃだめなのだ。人を熱狂させ導くもの。
ナチス制服のかっこよさとか一体感。指導者のカリスマ性とかね。
それが「愛国」「憂国」と結びつき、大衆の支持を得れば、今まで無視していた政治家やマスコミは態度を180度反転させ、飛びついてくるだろう。
そうすれば放っておいても10万人動員も楽勝だ。
だが、その時は今回の集会に参加していた「変わり者」「敗残者」たちははじき出され、結局疎外される立場へと追い落とされる。
世間が「愛国一色」になれば、はみ出し者は「非国民」。
そんな時、彼らや自分は逆に「反戦」を叫ぶのだろうか?

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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