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「いらない人間」を作り出したのは何処のどいつだ?

報道
09 /25 2010
先刻、NHKテレビで職のない30代をレポートした番組をやっていた。
こんな内容

ミドルエイジ・クライシス  30代 ひずみ世代の今
 『“自信が持てない” ~就職氷河期世代のいま~』
1990年代半ばから始まった就職氷河期に社会人になった世代は、現在、30代を迎えている。バブル崩壊後の長引く不況、グローバル化、規制緩和、リーマンショックなど、この世代は厳しい経済環境の変化をまともに受けてきた。30代のなかには、いまも安定した仕事についていない人も多い。彼らには「自分に自信が持てない」という特徴があるといわれる。番組では、時代の波にほんろうされた30代の声に耳を傾け、その心のうちに迫る。さらにこの状況を変える希望の道を探る。


そこに描き出されていた当事者は自分に自信がなく、世の中から「いらない人間」として扱われているのではないかという焦燥感と諦めで満ちていた。
円高やリーマンショック云々で雇用が途絶え、もがき苦しんでいる30代にスポットを当てたいようだが、そもそもそんな「いらない人間」を作り出したのはどこのどいつだ?
それはマスコミそのものであり、国の無策であり、その犠牲者であるはずの彼らを恰も「自己責任」の如く描く姿勢である。
また、当事者も「悪いのは自分」という内罰的スパイラルに陥り、その打開を自分自身に追い込み、ますます出口のない絶望に追いたてている。

これほどの自虐的国民も珍しいのではないか?
経済大国と言われながら自殺者年間3万人も出すという現実は、どうみても病的だろう。
悪いのは自分と内罰的に慎ましく生きた挙句、職を失う。
そんな慎ましさが美徳と信じていたのにこの国は己を救おうともしない。

そんな中、隣の覇権主義国家が土足で乗り込こんで来た。
こともあろうにこの国の行政府は失職して彷徨う自国民は放置する一方で「侵略者」のほうに救いの手を差伸べようとしている。
この現実を見たとき、日々内罰的に生きてきた己が如何に愚かであったかを悟るであろう。

先日、ネットでこんな集会があるのを見つけた。

こういった集会は決してマスコミは扱わないので存在自体知る者は少ないし、自分もついさっき知ったばかり。
またどんな団体が主催しているのかも定かでないので普通は参加を躊躇う類のものだ。

以前、『憂国忌』という三島由紀夫追悼集会なるものに一度だけ参加した事がある。
どことなくアングラっぽくて自己完結した雰囲気で、得るものは少なかった記憶がある。
が、しかし、もう今の日本ではそんな胡散臭い「右」っぽい集会、デモですら「救いの場」に見えてしまうほど劣化してしまった感じがする。
見捨てられた日本青年にとって積年の苦痛を己の内ではなく外に見出したとしても、その思いを訴える場など、この日本には存在しない。
リアルな世界に1960年代的自己主張の場はないのだ。
己を見放してきた行政府とマスコミは、中国国民感情は気にかけるが、自国の虐げられた青年に対しては見向きもしない。
ならば、たとえ胡散臭くともこんな集会に参加して溜飲を下げてやろうと考えても不思議はあるまい。

果たしてこのような集会に本当に「虐げられた青年」が大挙集うかは知らない。
参加したとて、期待を裏切られるだけかもしれない。
正直、何があっても自己責任だ。
だが幾ら内罰的になろうとも己の立場は変わらない。
家の中に篭っても誰も救ってはくれないのだ。

見捨てられた30代は呟く。
「日本の行政府は自分たちの雇用よりも「覇権主義国」の脅迫要求を優先させる。
己がこんな虐げられているのに隣国の犯罪者を優遇している。
こんな理不尽があるか!
そうだ!自分が虐げられているのは「亡国」行政府に巣食う「売国奴」のせいだ。
奴らを倒さねば己に未来はない。
もはやいつまでも内罰的に引き篭もっている場合ではなくなった。
生きるための闘争を始めよう!」

もし彼らが覚醒して立ち上がれば、面白い事になる。
その内の一人位が官邸に突入し、官房長官の首でも執ったら本当に日本は変わる。
近代日本はそうやって「成長」してきたのだ。
幕末然り、2.26事件然り。
「いらない人間」として見捨てられ孤独死するか、英雄として処刑台の露と消えるか、その差はさして大きくない。
「見捨てられた30代」が自らを救いたければ、己自身の行動で世界を変えて行くほかない。

この類の集会に参加したところで何も変わらないかもしれぬ。
実際、何も変わらないだろう。
オリンピックの如く、1週間もすればこんな騒動忘れて平気で「メイドインチャイナ」製を買い漁っているかも知れぬ。

だが、己の存在を知らしめるには、このリアルな社会で自己表現する以外に策はない。
中国はそれを実践して東シナ海の小さな孤島の領有権を勝ち取った。

何もしなければ存在しないと同じ。
だから内罰的に引き篭もる日本青年は無視され続ける。
見捨てられても文句は言えないのだ。

何もしない人間は勝手にくたばるがいい。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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