過去志向ニッポン

報道
08 /10 2010
昼のテレビで長崎で被爆したキリスト教会の廃墟が1958年頃に解体された話題をやっていた。
広島の「原爆ドーム」は残されたのに、長崎のこれはあっさり解体され同じところに新たな教会が再建された。
どうやら過去に拘るよりこれから未来の人間を救済する事を優先したとか。
現代までこの廃墟の教会が残っていれば「世界遺産」に指定されてもおかしくなかったが、はたしてこの選択は間違っていたのか?
多分、当時の日本人は今日よりも「被爆」という概念はさほど深くなく、それよりも明日の日本をどうするかが急務で、遅かれ早かれ「被爆」の存在は過去のものとなると考えていたのだろう。
だから被爆教会もあっさり解体され、そのようなものには価値などないと判断したのかもしれない。
広島の「原爆ドーム」だって当時からすればさっさと再開発して「戦争の悪夢」とおさらばしたかったのかもしれない。ただ解体するには大きすぎたので放置していたらいつの間にか「反核の象徴」にされて壊すに壊せなくなってしまったというのが本音ではなかろうか?
年月が経つにつれ、「被爆」「反核」という概念の価値観が増し、「被爆者」はある意味、ステイタスとなった。
かつては忘れ去られるべき「忌まわしき過去」が、「記憶にとどめるべき過去」となった。
好むと好まざるに拘わらず、今の時代は未来よりも過去を振り向くことが利益に繋がる「過去志向」の時代だ。
65年も前に終わった戦争を「都合よく」解釈すれば、いくらでも「お金」を得る事が出来る。
アメリカの大使まで引っ張ってきて「謝罪」紛いなことを要求すれば、アメリカからも「甘い汁」が吸えるという期待もあろう。
原子爆弾で何十万人もの非戦闘員が虐殺された。
それは戦争を選択し「敗戦」したという結果であり、その歴史は変えられない。
賠償を得られるのは勝者だけだ。
勝てば官軍。負ければ賊軍。
アメリカに謝罪を求めるなど笑止千万であり、あわよくば「賠償金」を頂こうなんて権利は敗戦国にはない。

むしろ、長崎の被爆教会を解体した頃の日本人のほうが潔く未来志向があった気がする。
「負けは負け」と悟っていたからね。
だから「被爆」の過去に拘るより、自らの手で未来を構築する選択をしたのだ。
毎年8月、「反核」の象徴「原爆ドーム」に巡礼し、「念仏」のようなメッセージを唱えるだけの姿を見ていると、1950年代の日本人のほうがよっぽど賢く思えるのは自分だけか?
過去に縋るしかないだけの日本人。
人もモノも「過去」にしか価値を見出せない国。

だが逆説的に言えば、「原爆ドーム」とか「軍艦島」のような廃墟にこそ、高い価値があるというのは事実であって、長崎の被爆廃墟教会だって、建築物としては残したほうがよかった。
「再開発」するごとに劣化する日本はどう転んでも「過去の遺物」に縋る以外に生き残る道はないのだ。
今の日本に価値あるものといえば廃墟位なもの。

過去志向ニッポン万歳。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/