50歳児、ここに極まれり。

日常
06 /08 2010
NHKのドラマ「ゲゲゲの女房」を見たら主人公に子供が産まれるという展開になっていた。
こんな激貧の家庭にも子供を設ける事が出来た時代だったのか?
「子供手当て」などなくても子供を育てられた時代。
貧困だったとしても妻が働きに出なくてもよかった時代。
子供が出来ると妻は夫を「お父ちゃん」と呼び、夫は妻を「おかあちゃん」と呼ぶ。
高度成長期日本の20~30代にとってこれが真っ当な通過儀礼の1シーンだったのだ。

先日、このドラマと同じく、もうすぐ1歳になる赤ちゃんを設けた30代の知人に会う機会を得た。
まだ「ばぶー」としか言えない赤ちゃんだが、母親をちゃんと認識出来るまで成長している。
一方、母親になった知人もちゃんと育児に勤しんでいた。
赤ちゃんをあやす姿は微笑ましい。

その赤ちゃんを背負う知り合いの姿を眺めつつ、その後を付いていくと突然奇妙な錯覚に襲われた。
そう、45年以上も前、弟を背負った自分の母親の後を追っかけていたシーンが甦ってきたのだ。
50歳にもなって未だ幼子だった1965年当時と同じ感覚が自分に残っている。
今、知り合いが背負っている赤ちゃんは50歳違いの「妹」だ。そして、その知り合いは自分より20歳も若い「母親」。
自分はその「妹」を背負った「母親」の後をついてまわる「50歳児」。
何一つ通過儀礼がなかったから、45年前の5歳の自分と今の50歳の自分は完全にリンクしたまま。
それに気が付いたとき、己がまったく成長しない人生を歩んできた事に愕然とする。

普通50歳にもなれば、このような親子に接すれば保護者の立場として振舞うのが当然であろうが、通過儀礼を経ない自分のような「50歳児」だと「保護者」の立場になったことなど皆無だから、結局赤ちゃんと同じ立ち位置で「母親」に甘える発想しか出てこない。
だから、赤ちゃんが「ばぶー」というと、自分も「ばぶー」といって母親にしがみ付かねばという衝動に駆られる。
親子を保護するという立場でなく、「母親」に依存し愛情や食料を乞うという赤ちゃんと同じ感覚しかなかったのだ。
もはや「ブリキの太鼓」をも凌駕するキチガイ沙汰。
そこには50歳児の「兄」と0歳児の「妹」の関係しかなかった。
その50歳児の「兄」が心の中で叫ぶ。

「ばぶ~。ママー。僕チンにもミルクがほちいよう~」

知り合いに背負われた「妹」たる赤ちゃんがその妄想電波を察し、逆にテレパシーで呼びかけてくる。

「キモイ50歳児!お前の分のミルクなんかあるか!
さっさと家に帰って80歳になるお前の実母のおっぱいにでも吸い付いてろ!この人生の敗北者!」

それを受信した己は思わず失禁しそうになって「びえ~ん」と泣き出すのだ。
そう!0歳児の「妹」に泣かされる50歳児の「兄」。
50年生き続けてこのザマである。
そんな妄想に恥じ入って、己の立場の惨めさを改めて再確認するのだ。

自分にはこの歳になっても「お父ちゃん」と呼ばれる事もなく、いつまでも「50歳児」として生き恥を晒さねばならないのだ。

やがてこの知り合いに背負われた赤ちゃんも成長し、自分を追い抜いていくのだろう。

嗚呼、なんという惨めな人生!

結婚もせず、子供も設けられない独身絶望男性は皆こんなものだ。
「お父ちゃん」「お母ちゃん」と呼ばれない年老いた単身者は、既婚者とその子息からイジメ抜かれ、惨めな死を迎えるしかないのだ。

通過儀礼のない人生。
そういえばテレビで見た新政権閣僚の年齢が40代後半の政治家もいたな。
そうだ。もはや政治に関わる者たちすら「年下」なのだ。
かつて高校野球に夢中になっていた頃、ふと気が付くと高校球児は皆「年下」になっていた。
それを悟った瞬間、もう高校野球に対する関心は霧散した。
だからもう「年下」が就く政治もどうでもよくなった。
日本がどうなろうとも知った事か。
50歳児がどうアクションしようと、世の中は「父親」に成れない男子など相手にもしまい。
だからもう、どうでもいい。

車窓から見える風景の如く、周りはどんどん時間の彼方に通り過ぎ、自分だけが取り残されていく。
精神年齢は5歳のまま、どこまで行けるのだろう。
「100歳児」として生き伸びたとしても、もはや「ばぶ~」と甘える相手はいない。

嗚呼、辛い。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/