東京スカイツリーは火葬場の煙突か凌雲閣の亡霊だ

日常
04 /02 2010
2010年の新年度が始まったらしい。
先週、いくつか花見をしたが、寒くて寒くてどうしようもなかった。
体感気温に加え、諸々の気力の衰えが寒さを増大させる。
世間と自分との時間のずれが激しくなり、走馬灯のように猛烈な速さで「自分以外」の風景が飛び去っていく。
ぼうっとしていると月曜の次に月曜が来る。木の芽が膨らんでくるのがコマ撮りフィルムのような速さで見える。
じっとしていればお金を使わない。
しかし、社会保障費とかは否応なしに貯金から引き落とされる。だから何もしていなくともお金は減っていくのだ。
物価も賃金もどんどん下がっているのになぜ国民年金の保険料は増えるのか納得のいく説明を聞いたことがない。
自分が支給される歳まで預金がもたない。そもそも本当に年金などもらえるのか?
それすら疑わしいのに保険料だけが上がっていく。
ただでさえ、収入の低い若い世代の未納率が高いというのに、これではまともに払う人間が居なくなってしまうのではないか?
やれエコポイントだ、やれデジタルテレビだと消費を煽っているCMが流れるが、この恩恵は誰が受けているのか?
少なくとも自分には関係ない。
もはや「消費する」という感覚すら薄れてきた。情報とか趣向はすべて「原則タダ」のネットで済ます。本屋に行くことさえめったになくなった。
買いたいものなど何もない。
ひたすら寝て時間を潰す。
ただそれだけだ。
テレビでは入社式の映像。しかしまともな正社員として「社会人」になれるのは大卒でも一部のものだけらしい。
今日もハローワークで職探しする新卒者も多いそうだ。
だから敢えて就職留年する学生も多いとか?
こんな状況で若者が消費にお金を回すはずもなかろう。
お金を持っているのは高齢者ばかりで消費対象も高齢者。デジタルテレビやエコポイント商品も買っているのは高齢者か、ごく稀に恵まれた一部の若い高所得者だけだろう。
大多数を占める「低所得者」にとってはもはや関係がない。どうでもいいことだ。
ましてや「子供手当て」「高校無償化」なんて何処の世界の話なんだ?
そしてその財源は哀れな低所得者の懐から掠め取られる。
なんの希望も与えられない絶望の愚民がどろどろと蠢いているという現実を忘れ、「家族持ち」なんていう「童話の世界」の住人のためにお金がばら撒かれている。
もはや昭和じゃないのだ。結婚し、子供を設けるなんて今や「童話」以外のなんなのだ?
もう笑うしかない。
これが今の日本だ。

東京スカイツリーが東京タワーを抜いたそうである。
しかし家からは見えず、先日たまたま池袋サンシャイン60に昇ったときに初めて目にした。
下町のほうにぽつんとみすぼらしく突っ立っている灰色の棒。
なんとも覇気がなく、あれが600mを超えたとしても何の感慨もなかろう。
重く沈んだ時代背景の中で、東京スカイツリーの存在は火葬場の煙突にしか感じられない。
しかし、本当に完成するのだろうか?
俄かには信じられない。
あれは途中でどうにかなって放棄されるような予感さえある。
不幸の象徴みたいな重苦しさが漂い、気分が曇る。
建設主は今から観光客の皮算用しているようだが、あまり期待しないほうがよかろう。
押しかけるのは小金と暇を持て余す高齢者ばかりだ。高齢者が押しかけるから塔自体も早く老朽化するかもしれぬ。
意外と東京タワーより早く解体されるか倒壊してしまう予感がする。
いっそ巨大な卒塔婆にすればよいのである。
あれは関東大震災で崩壊した凌雲閣の亡霊だ。
運命を同じくして悲惨な最期を遂げよう。

妻も娶れず、子供も設けられず、ただ孤独死を待つだけしかない絶望独身男性にとって、この新年度は単に人生の蝋燭がまた短くなったという再確認に過ぎない。

今年もまもなく桜が散っていく。
恐ろしい。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/