東京都青少年健全育成条例改正案と『非実在青少年』規制を考える集会出席

創作活動
03 /16 2010
昨日、新宿都庁舎議会棟で開かれた「東京都による青少年健全育成条例改正案と『非実在青少年』規制を考える集会」に参加してみた。
たまたま興味ある知り合いも居たので同行することに。
14時開場だったが30分くらい前にはすでに会議室前には相当数の参加者が集合。異様な熱気に包まれていた。
予想外にたくさんの人が集まったものだ。
やはり東京である。
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その中には知り合いの漫画家もいらっしゃり、やはりこの条例改正案に危惧を持つ同業者は多い。
14時からイベントが始まる。
壇上には重鎮クラスの漫画家、評論家、革新系元国会議員、民主党都議、無所属革新系都議が臨席。
記者席及び、傍聴エリアは立錐の余地もないほどの参加者。
集会の具体的内容はすでに各方面で述べられているし、16日付け朝日新聞朝刊にも大きく取り上げられている。
記者会見についてはこちらを参照

ここからは自分の思ったことを徒然なるままに記す。
まず、集会の主旨が事前に解っていなかったからかもしれないが「内向きの説明」が多かった事に違和感が。
外に向かってのアピールの場としては、やや集会の方向性が曖昧な気がした。
事前の記者会見が主だった声明の場だったらしく、結局「内輪の報告会」にされた雰囲気は否めない。
壇上の評論家が「健全と不健全の分離は不可能」と説明していたが、部内者からすればそれは周知の事実で、ここで改めてレクチャーを受ける必要もない。
一方で、規制賛成派や懐疑派からしたら、そんな理由で考え方を改めそうもない。
これは捕鯨問題と似て、推進派からしたら「食の対象」に過ぎないが、反対派からしたら「崇高な動物の虐殺」に当たる訳で、どこまで行っても平行線。
最後は文化、文明、宗教、民族対立に行き着くだけ。
この「非実在青少年」規制についても同じで、いくら時間を費やしても平行線の議論に終始するだけだ。
「内輪の報告会」のために貴重な場と時間を費やすのは如何なものだろう?
もはやこの法案成立回避のために残された時間は残り少ない。
改正案排除のため如何に実務的な行動計画を発表し、それを参加者に実践してもらうかを伝達する場であって欲しかったのだが。
ここで情緒的な不合理を説いても無意味。
実務的に法案を可決させないための議会工作として、この法案に反対している議員にどのような支援が出来るのかを論じる場であって欲しかった。
「水際」で敵の上陸を阻止出来なかったのだから、内陸に引き込んで包囲殲滅する戦略を立てる時に来ているのにも拘わらず、何となくのんびりした雰囲気が漂っていたのが気になった。
具体的な法案阻止の戦略がなく、同席した知り合いに言わせれば「ロードマップなき反対運動」である。
無論、今回は時間がなかったとも言えるが、普段より自分たちが置かれている「危機」を自覚してこなかったところにも責があろう。
だから不意をつかれ「奇襲上陸」を許してしまうのである。
この集会で意義ある事だったと思うのは、永井豪氏のお話。
実際自分の作品が批判に晒された経験からこの状況を危惧されているため言葉に説得力がある。
永井豪氏の作品は国内外でも高く評価されており、もし当時、法律で「不道徳」漫画表現を規制していたら今の日本コンテンツ産業の土壌は育たなかったであろう。
あと、反対派都議の出席も有意義だ。
ここに実質法案を採決する当事者が居なければ何ら意味がない。
直接、自分たちの主張を都議たちに訴えるために都議会に来ているのだからね。
その都議にしても「票」になりにくい「コンテンツ擁護」の主張を如何に展開していくかに苦労しているようだった。
自動車産業のように、その地域まるまる企業の「城下町」みたいな構図があれば運動の展開はしやすいだろうが、コンテンツ産業の場合、従事者が散在してなかなか難しい。
精々、杉並区とか練馬区、武蔵野市、三鷹市位なもの。
もっと産業規模の大きい、出版、流通、取次、書店をも巻き込んで動いていかないと有効な戦略にはなり得ない。
首都からこのようなコンテンツ事業の一切をボイコットするような経済効果に訴える戦略方針が立てられれば、恐らくこんな教条的法案などあっという間に吹き飛んでしまうだろう。
そんなことを思案しつつ16時の閉会を迎える。
準備不足等で集会内容には若干の不満があったにせよ、このようなイベントが開かれたことは有意義だった。
また、パソコンの前で悶々としているだけでは解決策にならぬ。実際動いて陳情するという行動も必要だ。

まだまだ、状況は予断を許さないようだ。
しかし、法案反対の声は各方面から着々と上がっているらしい。
遅まきながら続々と援軍到着という状況だ。
スターリングラード戦のジューコフの如く敵を包囲殲滅出来るか、はたまた硫黄島持久戦の如く敵に多大なる出血を強いて法案を退ける事が出来るか否か。

今回の事案が日本コンテンツ産業の未来を決めるといっても過言ではなかろう。
中国、韓国などがコンテンツ産業育成のために国家を挙げて取り組んでいる今、日本が首都東京でそのコンテンツ産業を萎縮させる法律を施行したら、家電、自動車、電子機器産業と同じように彼らの後塵を拝する結果を招くことは目に見えている。
コンテンツを制するものが、これからの基幹産業たる情報ネット分野の世界覇権を獲得する。
諸外国がなりふり構わずその覇権に向けて動いている今、「奇麗事」を言っている場合ではない。
ダークな部分を含めてコンテンツなのだ。
たとえばグーグルに「青少年の健全育成に有害」なものを一切検索できないように法で縛ったらここまで大きく成長したろうか?
否。
一切の規制を与えず萎縮させずに容認したからこそグーグルは国際的基幹産業として成長出来たのだ。

もし「青少年の健全育成」に「有害」なものを見せたくなければフィルタリング、ゾーニングを徹底させればよろしい。
実際それは必要だし、それ相応の対応は実践されている。
東京の一般書店の子供向け書棚に成人向け漫画が一緒に並んでいるケースなど殆ど観たことがない。
コンビニしかりだ。もはや「成人向け漫画」誌の立ち読みすら容易ではない。

にも拘らず、一部の者が「有害」と判断したものを存在すら否定するならばナチスの「退廃芸術」排除運動と寸分変わらない。
そんな国は遅かれ早かれ自壊していく。
更にこんな例えもあろう。
スピードが出すぎる車で事故が起きるからといって時速120km以上出るエンジンを開発してはいけないと技術者に法律で禁じたら高性能エンジンが開発出来ると思うか?
そんなことをしたら世界のシェアを他所に奪われ、市場を失うのがオチである。
無論、公道で120km出せば交通違反だ。しかし取り締まるのはドライバーであって車ではない。
同じく仮に「有害」なものを観て事を起こす者が居たらその人間を厳しく取り締まればよいのだ。

ところが規制反対派は人間ではなくコンテンツが悪いから、市場からコンテンツを排除すれば「この世の春」が来て「青少年が健全に育つ」とでも説く。
今や、コンテンツがどれだけ基幹産業として成長し始めたかも知らずに。
青少年が「健全」に育つ前に国が滅ぶよ。

恐るべき、無知と無邪気さである。

すでに日本は「コンテンツの黒船」に囲まれてしまっている。
規制に妄進する守旧な者たちは己の「無知無策」を知るべきなのだろう。
手遅れになる前に。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/