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2月末の妄言

報道
02 /28 2019
いつしか梅も満開を迎えた。
2018年度もあと一月で終わってしまう。
年度替りになると、毎年悲喜交々な事象に遭遇する。

近所にあった「阿佐ヶ谷アニメストリート」が閉鎖。
鳴り物入りで5年間位にJR中央線ガード下に設けられたアニメグッズ商店街。
秋葉原や中野を意識したのだろうか?
企画自体は悪いとは思わなかった。阿佐ヶ谷界隈には漫画やアニメに従事するクリエーターやスタジオも多いから、関連の施設が出来ることは街発展のプラスに繋がる。
10年前に原画展でお世話になったGOFAの分室もテナントとして入っていた時期もある。
しかし、これだけ近所なのにあまり立ち寄ることも、利用することもなかった。
ショップ中心で、クリエーターが何かしら利用したいような施設や企画も記憶になかったし、グッズショップ自体が淘汰される時代に多くの客を呼べるコンテンツやイベントも存在しなかったような。
クリエーター同士の交流の場やギャラリーとしてもっと活用できる空間であれば、何かしら利用できたかもしれないが。
根本的にプロジェクト自体が脆弱で行き当たりばったりだったのかもしれない。

この「阿佐ヶ谷アニメストリート」に加えて神保町にあった漫画専門店の老舗「高岡書店」も閉店するとか。
1970~80年代、マニアックな漫画誌やコミックスは必ずここでチェックした思い出がある。
自分の単行本もここで平積みされているかどうか確認したりしもした。
立ち読みを注意されるので落ちつけなかったが、当時はアヘン窟のようなレイアウトが漫画専門店のスタンダードな形の先駆けみたいな場所だった。
2020年を前にして紙の媒体としての漫画が流通の世界から雪崩を打って消えていくのを実感する。

伊集院光のラジオで聴いたのだが、最近はラジオ聴取率調査を従来のアンケートに頼るのに改め、ネットの声を重視するようになったとか。
ツイッターで「このラジオヤバイ」とハッシュタグを付けて呟くとかで人気度を決めるとか?
これはどうかしている。
そもそもラジオはネットやスマホを観ながら聴くものではない。
テレビを見ながらラジオなんて聴かなかったのと同じ。
にも拘らず、ラジオと同時にツイッターなんかしてどうするというのか?
ツイッターをする時点でラジオは終わっているのだ。
ラジオを聴かせたければ、スマホを捨てさせるしかない。

以前からブログで繰り返しているが、ツイッターは「貧者同士が潰し合う場」であることに疑う余地はない。
最近は一部の「金持ち」がアカウントをフォローすれば抽選で100万円贈呈とか、まるで乞食に金を恵んでやるみたいな企画も盛んだとか。
それにわらわらと集まってくる様は、まるで物乞いだ。
加えて「バイトテロ」も参戦と、香ばしさを増している。
SNSは貧者と乞食と馬鹿が渾然一体となって蠢いている肥溜めみたいな様相を呈してきた。
そこに更に輪をかけて「無能な働き者」が参入し、状況を悪化させている。
「無能な働き者」とはゼークトの組織論に出てくる最も忌むべき存在を言う。
正しい判断力も正しい行動力も備わっていないのに、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こしてしまうというのが特徴。
そんな「無能な働き者」が、拡散する価値もないゴミのような呟きをSNSに膨大に撒き散らすのである。
特にフェミニストが書き込むセクハラ系の呟きに多い。
こんな呟きを真に受けようものなら外出すら儘ならない。恰も異性との接触は危険きわまる犯罪行為のごとく誇張宣伝する様は常軌を逸している。
ただでさえ超少子高齢化の時代に異性同士の接触すら躊躇させる妄言をせっせと拡散し、更なる少子化を助長させている様は笑うしかない。
それすらに気がつかないところに「無能な働き者」の真骨頂がある。
今次の「セクハラ狂想曲」はかつての「赤狩り」、マッカーシー旋風を思い起こさせる。
尋常ではない。
狂気だ。

芸能人の「病気自慢」にも辟易する。
人気商売である以上、自分の病気を宣伝に利用することは止むを得ない部分もあろうが、それをマスコミが拡散することの意味が解らない。
病気治癒は本人の問題で、特別の理由がなければ、積極的に人に公言する類のものではなかろう。
そもそも知りたいとも思わぬ。
己の病を人に知られるなんて願い下げだ。人に気を使わせるだけで百害あって一理もない。
同じ病気の人を勇気付けられるなんてどこからそんな発想が出るのか理解し難い。
「知らぬが仏」が健康にもっともよい。
病まで使って己を宣伝しなければならない時代の恐怖を感じる。
もっともこれも薬品医療関連ステマの一環なのだろう。
真に受けた時点で負けである。

5月に元号が変わり、来年は2020年。
子供の頃、2020年など遥か未来のことだった。
当然、ここまでくれば世の中も変わり、自分も世界も変わっていく。
その変化がすでに自分の許容範囲を外れていることに驚愕する。
街を歩いていても、隣にいる「他人」が突然襲い掛かってくるんじゃないかという不安に駆られる。
これもSNSなどの過剰情報で些細なことをマナー違反と警告しまくる「不謹慎狩り」、「繊細チンピラ」、「無能な働き者」等の蔓延と無縁ではない。
万人がスマホという「監視装置」を使ってお互いを監視し合う恐怖社会がついに到来したのだ。
『華氏451』が遂に現実となっているのである。
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いずれにしろ、SNSを日常に取り入れた時点でエスタブリッシュメント層支配下の「貧民乞食妬み嫉妬人民収容所」に入所したようなもの。
かといって今更アナログ紙媒体社会に戻ることも出来ぬ。
こちらはこちらで総右肩下がり。いずれ沈没する泥舟であることに疑いはない。
結局「行くも地獄、戻るも地獄」なのである。

こうしてまた絶望独身男性の下にも2019年の春が来るのだ。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/