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熊本地震に想う

地震、火山、気象、自然災害
04 /17 2016
熊本の地震。
今から、42年前、高校の修学旅行で阿蘇山に行ったことがある。
白雲山荘という宿に泊まった記憶が。
今はどうなっているのだろう。
阿蘇の後、高千穂、霧島、桜島と辿った。九州は本当に火山の国だと思った。

大きな地震が報道される度に思うのだが、いつかは解らないが遅かれ早かれ首都圏直下型地震は確実に来る。
71年前の東京大空襲以降、震災 戦災を免れつづけた首都。
ある意味、奇跡だ。
気がつくと可燃物に囲まれ、緩衝空間も避難所もない密集地に1000万人が住んでいる。
危険度は71年前の比ではない。
そんなところにどんどん人口が集中する。
地盤の軟弱な湾岸に高層マンションを建て、わずかに残された緩衝地になる緑地や庭すらも潰し、建売住宅をぎっしり建てることを辞めない。
火災旋風の材料をせっせと仕込んでおきながら、防災マニュアルを配っている滑稽さ。

徳川夢声の日記にこんなのがあった。
空襲延焼防止の緩衝地帯を作るため、家屋を疎開目的でどんどん壊している状況を夢声はこう嗤う。
家賃で暴利を貪っていた大家共の様を思うとこれで溜飲が下がるみたいな。
少なくとも、71年前には一瞬だけ都民は正気に戻ったのだ。
しかし、戦後は元の木阿弥。
密集都市に逆戻りだ。
バブルの頃には「土地の有効利用」の名の下にネコの額程度の狭い土地に天文学的な値を付けて取引した。
わずかに残された緑地や畑すら消えた。
挙句、東京は災害時の避難場所はどこにもなくなった。
東西南北家屋がぎっしり埋め、土はアスファルトの下に消えた。
夏になると耐え難い熱気でエアコンなしには生活出来ないレベルにまで達した。
もはや人間の住む場所ではない。

東京大空襲から71年が過ぎた。
再び、「その日」が来た時、どうなるかは想像に難くない。
溢れんばかりの自動車に搭載されたガソリン。膨大な可燃物の山。
火災旋風の好物が一面に用意されている。
火災旋風を擬人化すればこう狂喜乱舞して叫ぶだろう。
「御馳走だ!御馳走だ!食い尽くせ!」
マンションはパンケーキのように潰れ、アスファルトは沸騰し、高温ガスが逃げ場のない人々に襲い掛かる。
生き残ったとしても被災都民を数百万人単位で収容できる避難場所などどこにもないし、食料など用意出来る訳がない。
東京という国の中枢が潰れたら、指揮命令系統もないに等しい。
物流は停止し、パニックと飢餓、暴動でまた何十万人と犠牲者が出る。
ライフラインが復旧するまで何年かかるか?
その頃にはもう日本も残ってはいまい。

巷に流れる「防災云々」の呼びかけは無意味だ。
なぜならそんなもの何の役にも立たないから。

地獄の釜が口をあけている東京に今日も人口が流入する。
もはや恐怖を通り越して滑稽ですらある。

熊本の現状はお気の毒だが、まだ逃げ場があるだけ幸いである。
これから東京に住もうと思う人たちはそれ相応の覚悟をもって欲しいものだ。






あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/