2月も末なり

日常
02 /26 2016
2月ももう末となる。
梅も満開。陽も伸びてきたが、まだ気温は真冬並み。
「徳川夢声戦争日記」。暫く振りに続きを読み始める。
昭和19年後半部分。食い物の話が大半。食糧事情云々。でも田舎巡業だと御馳走が出る。
まだ東京は空襲前。しかしいずれは焼け野原になろうと半ば諦め感もあり。当時の文化人は戦局悪化を周知。
ラジオニュースは誰も信じず。
日記からすると「一億火の玉」とは程遠く。
疎開で潰される家屋を見て著者は同情どころか、地主の稼ぎ口がなくなる様を嗤って溜飲が降りたみたいな記述をしている。
学徒の出陣模様も、お国に身を奉げる覚悟なんて学徒は稀で、半ば自暴自棄で絶望無気力で腕も上がらない放心状態の出征学徒の様子も描いていた。
案外、これが現実だったのかもしれない。
敗戦後日本男子は皆、アメリカ兵にレントゲンを睾丸に当てられ「種無し」にされると、そんな噂がまかり通っていたとか。

ラジオDJの伊集院光が4月から昼ワイドも担当とか。
なぜ「ピカピカワイド」にしないのか?「ベタ」すぎて180度回って、意外にしっくりいく。
妙に文化人っぽい番組タイトルはインパクトが薄い。
昔、TBSラジオの昼は「榎さんのお昼だよ」を聴いていた。愛川欣也がSJ担当していた。最近はコミュニティーFMばかりで昼の県域局はあまり聴かない。
理由は「過払い金」のCMが鬱陶しいから。

新聞に続いて、テレビのニュースにもあまり関心がなくなりつつある。
だからといってネットからの情報は大半がスパムだから、その代替になっているとも思わない。
大抵のニュースがもはや己にとってはどうでもいいような事に思える。

BSで『刑事コロンボ』を見る。今見ても飽きない。たまに未見の回があるので新鮮だ。
ネットもなく、携帯もなく、アナログが支配し、タバコをスパスパ吸うのが普通の時代。アメリカにまだ中産階級が存在していたからこそのコロンボ。
今だったら失業だ。
デジタル監視社会になってから、「推理」は不要となった。
コロンボが「推理」する前に、ビッグデータのデータベースに「真実」が記録されている。
クリックひとつで犯人は特定される。
そしてコロンボはいなくなった。

どこか北海道の農地の木が所有者によって伐採されたという。
人が押しかけて迷惑だから、切り倒したという。
詳細な事情は知らない。
だが木にとってはそんな理由知ったことではなかろう。好きでこの地主の土地に生えていた訳でもあるまい。
見物するに値する価値があったのだから、人が見に来たのだ。
地元自治体も知恵を出すのが億劫だったのか?私有地に放置しっぱなしで地主任せで傍観?
挙句伐採とはなんとも滑稽。
人を呼びたくたって、誰にも相手にされない土地もあるのに、人を呼ぶ木があっても切り倒す不思議。
一本の木ひとつすら保全できない日本人。
人を呼びたくなければひっそりと極寒の土地で慎ましくしたいと宣言すればよい。
誰も来ないから。

高度成長期、日本人は散々外国で迷惑行為をやってきた。
今になって外国人観光客を迷惑がっても因果応報。
「エコノミックアニマル」のエコノミックがなくなれば、ただの害獣。
だから中国が台頭して日本の主権が脅かされても欧米は知らん振り。

押しかけているのは過去の自分。
それに気がつかぬ愚かさ。
欧米の観光地ではそんなかつての日本人客を地元民は苦々しく思っていたのだろう。
だからといって、木を伐採なんてしなかっただろうけど。

NHK大河ドラマ『真田丸』。
目下、主人公は史実で言えば15歳だそうだ。
当時はこの歳で、生きるか死ぬかの闘争で最前線に駆り出される日々。

今は五十路を過ぎても、世継ぎなしの男子で溢れている。
生きるか死ぬかもおぼろげ。
ただ、微温湯に浸かって朽ちるのを待つのみか?

どちらが幸せなのかは知らない。







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あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/

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