沖縄取材記その3

旅、訪問記
04 /29 2013
沖縄取材3日目。
25日朝、6時頃起床。
外は雨模様。天気予報でも一日中雨と伝えていた。
残念。幸運も昨日までだったか。
このホテルでは朝7時より無料朝食バイキングがセットされていたので利用する。
家族連れ、中国人団体観光客、女子会風グループがちらほら。
独りボソボソ食べているのは自分だけか。
ゴーヤチャンプルなどあったので食する。
熱い日本茶が美味しい。沖縄のコンビニではホットドリンクが買えず、これは貴重。
かなり疲れてきたので、午前10時までホテルで休む。
今日の予定は今帰仁城跡ロケハン。
「ストレンジャー」ではUFOが発着する場所だ。
しかし、この雨模様ではテンションも下がりキャンセルする事も心を過ぎるが、取りあえず行って見ようと決める。
世冨慶バス停より名護バスターミナルへ。
そこから66系統のバスで今帰仁城跡バス停へ向かう。
雨は本降り。次のバスまで暫く時間がある。珍しく若い女性が一人、同じバス停に佇んでいる。やはり今帰仁城跡に向かうのだろうか?
10時50分発のバスに乗り込む。三日目の路線チェックは入念にしていなかったため降りるタイミングが難しい。運転手にも行き先を告げるのを忘れてしまった。
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案の定、今帰仁城址前バス停を危うく通り過ぎる処だった。料金は720円。
先程の女性も降り立った。何だか迷っている様子。
どうやら中国人らしく日本語が解らないとのことらしい。こちらの進む方向を見て安心したようで事なきを得る。
ここでバスの中に折りたたみ傘を忘れてきた事に気が付く。
例によって料金支払い時に焦って気が付かなかったのだ。幸い雨合羽を持参していたので何とか雨は凌げたが。
と、暫くすると雨が止んで来た。
今回のロケハンは不思議な事に見学場所に到着した途端に晴れたり雨が止んだりする。
尚も幸運に恵まれている事は確かなようだ。
しかしバス停から1キロほど登らねばならない。歩道は苔生しており、多分徒歩で登ってくる人は稀なのだろう。
今帰仁城址は有料で観光地化されていた。なぜかネコがたくさん居る。
チケット代を払い、城内へ。雨に濡れる城跡も趣きがある。
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しかし、勝連城ほどの雄大さには欠けるか。
東シナ海を望む高台で暫し身体を休める。
よく此処まで1人で来れたものだ。生まれて半世紀、こんな旅はしたことがない。
だが目的意識がハッキリしていると意外に出来てしまう。
流石にカメラのバッテリーやメモリー残量も底が尽き始めた。体力も限界に近い。
早いうちに那覇に戻ったほうがよいと判断し、14時前にバス停に戻る。
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次のバスまでは1時間近くある。
少しバス停の周りを探索してみる。古い民家の廃屋を見つけ、何枚か写真を撮る。タクシーやレンタカーで周っていたら決して見つけられなかったろう。庭の奥まで探索を考えたがハブがいるかもしれないので止めた。
路線バスを待つ時間帯は無駄ではない。
その土地の空気を感じ取れる貴重な時間だ。
今帰仁城跡バス停のベンチで佇んでいると、珍しく下校途中の小学生が通りかかる。習慣なのか「こんにちわ」と声を掛けてくる。
こちらも挨拶を返す。誰も居なくなったと思ったら、今度はネコが通りかかってこちらを見ている。
何だか面白い。
沖縄の路線バスはいつも空いていた。たまに乗って来るのは高齢者か障害者と思われる人。学生も殆ど見かけない。
健常者は皆、自家用車で移動なのだろう。
もっとも路線バスが空いているのは沖縄に限らない。都市部以外の公共交通機関はガラガラだ。しかし路線バスが廃止になったら超少子高齢化が到来する時代を控えてどう対処するつもりなのだろう。集落ごと廃墟にしてしまうのだろうか?
そんなことを考えつつ、15時50分頃名護バスターミナルへ戻る。
ターミナルの事務所で忘れ物の傘の事を尋ねてみたら、幸いな事に届いていた。
まだ幸運が続いていたらしい。
次の那覇行き高速バスまで1時間あるのでターミナル近郊を歩いてみる。
車は多いが人影は薄い。近くのコンビニでコーヒーを買い、うろうろしていると徐に自転車の白人2人組に声を掛けられる。
何事かと思えばモルモン教の勧誘だ。取りあえず社交辞令で逃げてきた。
やれやれ。
やっとのことで16時45分発那覇空港行き高速バスに乗り込む。
那覇バスターミナルに着いたのは18時半近く。料金は2040円。
此処でまたもや千円札がなく、運転手さんに1万円札を両替してもらう。
本当にバス料金支払い時だけが鬼門であった。
もう少し那覇市内の風景をカメラに収めるべきだったのだが、流石にバスに乗り疲れて余力なし。
帰りの飛行機も控えていたので、あとは空港内で土産を買う位しか気力がなかった。
最後はゆいレール旭橋駅からモノレールで那覇空港に向かう。ラッシュ時だったのでかなり混んでいた。
空港内の土産屋はいろいろあって迷うが、知人から指定された物品を選び、時間を潰す。
20時55分那覇空港発、ANA138便のB767で帰途に就く。
帰りの飛行機も窓側席。真っ暗で何も見えない分、平衡感覚が狂い往路にも増して緊張する。
例によってBGMは伊集院光のラジオ録音だ。
帰路は偏西風に乗る分、往路よりも早く1時間50分で東京に辿り着けるのは幸い。天候も安定。
アプローチに入った東京上空の夜は絶景であった。上手く撮影する事は出来なかったが裸眼でしっかりと脳裏に焼き付ける。
23時10分、無事羽田空港に帰還。
あっという間で怒涛の沖縄ロケハンがやっと終了した。

結局、3日間で現地での交通費は、路線バス、高速バス、ゆいレール含めて総額8000円ちょっと。タクシーで周ったらこの数倍は掛かっただろう。十分なリサーチを積めば、路線バスも有効な移動手段であることが証明された。
東京12チャンネルの人気番組「路線バスの旅」を一人でやったようなものだ。
わずか数日の沖縄であったが、マスコミ報道というかなりバイアスが掛かった「沖縄像」しか知らなかった自分にとっては実り多き遠征であったような気がする。
様々な意味で沖縄は潤っている部分も多いと感じた。もっとも3日間だけでは全てを垣間見る事はとても無理だったが。

今回の旅の経験を踏まえ、「ストレンジャー」2話以降のコミカライズ制作の糧にしたい。


沖縄取材記その2

旅、訪問記
04 /29 2013
沖縄取材2日目である。
午前5時頃起床。
この日はハードスケジュールで名護市まで行かねばならぬので早めに行動する。
宿を7時にチェックアウト。ゆいレール県庁前駅近くのモスバーガーでお茶。ゆいレール旭橋駅まで行き、那覇バスターミナルへ。
ここから本日最初の訪問先、宜野湾市にある森川公園に路線バスで向かう。
予めチェックしておいた那覇バスターミナル8時発52系統「屋慶名」行きバスに乗り込む。乗客は自分と数人のみ。
天気予報では晴れのち雨であったが、すでに8時過ぎあたりから雨がぱらついてきた。これは辛い。雨だと写真撮影が台無しだ。
バスは58号線を北上する。道は整備されていて交通量も首都圏と殆ど変わらない。
道路を走る限り、沖縄では不便は感じない。
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最寄りバス停である中大謝名に30分ほどで到着。料金は470円。
バス停から公園までの道筋もネットで調べた地図をプリントアウトしてきたので迷うことなく辿り着く事が出来た。これは「ヤフー知恵袋」で教えてもらった。ネットの質問サイトも意外と役に立つものだ。
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森川公園は「天女伝説」由来の公園。
「ストレンジャー」ではかなり重要なロケーションとなる。
現地に着いた途端、雲が切れて日差しが射してきた。
何という幸運。
お陰で絵になる遺構写真が多数撮れた。
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撮影中、自分以外訪問する者も居らず非常に良いタイミングだった。
正に「天女の思し召し」だったかもしれない。
4月の沖縄は「うりずん」と呼ばれ、梅雨までの間、好天が続き草花も綺麗に咲き揃うシーズンとか。
その言葉とおり、新緑と花と蝶が美しい。
森川公園には高台があってちょっとばかり登ってみる。牧港湾が見渡せて気持ちが良い。
残念ながら此処からは普天間基地は覗えないが。
のんびりしてはいられない。次はうるま市にある勝連城跡だ。
再び徒歩で中大謝名バス停に折り返す。
同じ52系統のバスに乗れば辿り着くはずだ。10時17分の屋慶名BT行きバスに乗り込む。
一応、乗車時に運転手さんに行き先確認をすれば安心だ。乗客が少ないので普段は通過している可能性もある。
渋滞もなく、約1時間ほどで勝連城跡バス停に到着。乗客はほぼ自分ひとり。貸し切り状態で目的地に至る。
案の定、危うく運転手さんがバス停を通り過ぎかけて停まってくれた。
これも行き先を告げていたお陰だ。料金は中大謝名バス停から870円。
勝連城跡は沖縄のグスクの中では尤も美しいとされる。「ストレンジャー」原作には登場しないが、コミカライズ脚色の際、是非とも此処を舞台としたい場所。是が非でも観ておきたかった最優先のロケ地だ。
予想に違わず、雄大な城壁が広がる。天気も上々。
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入場は無料。特にゲートもない。出入りは自由だ。
平日にも拘わらず観光客がちらほら。中国人が目立つ。
城内の「三の郭」では、アメリカンスクールの子供達が我が物顔でリクレーションに興じていた。
世界遺産なのに構わないのだろうか?日本人の肩身が狭い。
「二の郭」にある拝所場には花が咲き乱れ、蝶が舞う。
城全体が高台にあるので、南米アンデスの空中都市マチュピチュを彷彿とさせる。
あるいは天空の城ラピュタか。
何処からか召使のロボットが出てきそうな雰囲気。
実に素晴らしい。
「一の郭」の頂上から見下ろす中城湾はエメラルドグリーンに輝いている。風が気持ちよい。
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要所を様々な構図から撮影し、2時間ほど過ごす。
一旦、街道沿いの駐車場隣接の休憩所に降りてバス時間調整。ここは勝連城の歴史館みたいな施設でトイレもある。
状況的に埼玉県のさきたま古墳群訪問時を思い出した。
次の目的地は嘉手納町「サンパウロの丘」。
勝連城跡バス停を14時37分に出る61系統の那覇BT行き上りバスでコザに向かう。そこでバスを乗り換えなければならぬのでややこしい。大きなターミナルなら案内所で訪ねればよいが、ここは単なる十字路だ。
この乗り換えも、予め「ヤフー知恵袋」で指示された地図をプリントアウトし、念を入れた。
約25分でコザ十字路着。料金は410円。地図とおり斜向かいのバス停に向かい、62系統読谷行きを待つ。
15時8分のバスに間に合いそうだったが、なぜか時間より早く行ってしまい次の38分の便を待つ。
バスを待つ間、上空には米軍機が離着陸する様子が覗える。嘉手納基地が近い雰囲気だ。
10分ほど遅れて目的のバスがやってきた。
なぜかコザ周辺の路線バス運転手はスキンヘッドが多い。
米兵に見下されないための防衛策だろうか。それとも単なる流行か?
15時50分頃、ゴザバス停を出発。一路「サンパウロの丘」最寄バス停の「嘉手納町運動場前」に向かう。暫くして路線バスの前に黄色いスクールバスが走るのが見えた。
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左手に嘉手納基地を見ながら74号線を走る。16分ほどで現地着。料金は330円。
ここは「ストレンジャー」原作で主人公とヒロインが初めて出会う場所だ。
この丘からは嘉手納基地滑走路が一望出来る。
ついに極東最大の米空軍基地に辿り着いたのだ。
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確かにスケールは大きいが思ったほどの圧迫感はない。
米空軍最新鋭戦闘機F22が離着陸を繰り返している最中にも拘わらず、この丘には誰の姿も窺えない。
一瞬立ち入り禁止なのかとも錯覚するほどの過疎さ。
横田基地周辺だったら考えられない特等席独占だ。
もっとも74号線を挟んで道路の向こうに「駅の道かでな」があって、其処のテラスのほうが眺望が利く。
案の定、振り返ると人が鈴なりである。
暫くすると、何やら法被を着た女性二人組が丘に遣って来て花の種らしきものを撒き始めた。そして怪しげな新聞を渡される。
何かの宗教団体だろうか。
暫く丘の上で写真を撮った後、自分も「駅の道かでな」のテラスに移動する。
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観光バスがひっきりなしに遣って来て修学旅行生らしき団体が入れ替わり、慌しい。
もう此処は観光名所になっているのだろう。
この時間になっても晴天は続いて、写真撮影には申し分なく、2日目も順調なロケハン日和が続いた。
狙ってもいないのにF22が目の前を飛んでくれるなんて、どれだけ幸運か。
これも森川公園の「天女」の思し召しなんだろうか。
いよいよ2日目最終目的地の名護市に向かうため、嘉手納町運動場前バス停17時6分発、62系統下りに乗り込む。
先程の路線を戻り、途中「池武当」という沖縄自動車道と交差する場所で高速バスに乗り換えるのだ。
高速バスは1時間に1本。19時代までしかないので早めに動く。
予定通りに池武当バス停に8分ほどで到着。料金は200円。
ここから高速道路に上がるのだが、そのルートに迷う可能性があると予想し、ここの詳細な地図もプリントアウトしてきた。
備え在れば憂いなし。が、迷子になることなく不安は杞憂に終わり、すぐに上り口を見つけた。
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暫く高速道路上のバス停に独り佇み、物思いに耽る。
本当に沖縄の道路は充実している。首都圏並に整備されている。
その理由も大凡察する事が可能だ。
だがそのことは誰も大っぴらに口にしない。それが暗黙の了解になっているのだろう。
17時37分の名護BT行き高速バスに乗り込み、一路名護へ。
次第に暮れてゆく車窓の風景。低いながら山岳地帯も通過する。海岸沿いの発電所らしき建物も立派だ。
18時24分、名護BT一つ手前の世富慶バス停で下車。料金は1320円。下車時に小銭がなく難儀する。路線バス旅行の鬼門は料金支払い時の小銭不足だ。
さて、世富慶バス停から歩いて5分程の所に2日目の宿泊ホテルがある。
国道58号線沿いの海岸に接した場所で1日目よりは旅情がある。部屋も8階で眺望が利き、申し分ない。
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このホテル9階には大浴場があったので利用してみた。
かなり日焼けしてしまって腕がヒリヒリするが、疲れた身体に大風呂は気持ちがよい。客も殆どおらず、これまた独占状態。
夕食はないので、近くのファミリーマートでサンドウィッチを購入。ついでに初音ミクのウエハースも。
沖縄に来てまで普段近所でも買えるコンビニのパンとお菓子で済ます感覚は奇妙だが、疲れていたのでもうこれでいいと思った。
なんとか2日目のロケハンも無事終了。この日も好天に恵まれたことに感謝しつつ、22時前に就寝した。

沖縄取材記その1

旅、訪問記
04 /29 2013
先日、4月23日から25日にかけて2泊3日で沖縄取材旅行に赴いた。
隔月刊誌『ジャパニズム』に連載中の作品「ストレンジャー」コミカライズのための単独ロケハンである。
その様子を3回に分けてレポートしてみたい。
予算や時間も限られているため出来るだけ費用を抑えて計画を立ててみた。GWに掛かると高くなりそうなので直前の4月後半平日を狙う。
旅行代理店の棚からいろいろパンフレットをもらってくるがよくわからない。
旅行などまったくしない人間だから「旅」のノウハウがさっぱり。
結局、ネットで検索して探すのがベターな方法だと知る。
ANAスカイツアーズの安いフリーツアーから飛行機宿泊代込みで3万円前後のプランが見つかった。
4月上旬に申し込みを済ます。
あとは沖縄本島の移動手段だ。
以前のブログにも記したが、那覇近郊モノレールを除き、鉄道のない沖縄では車かバスしか交通手段がない。
免許があればレンタカーが定番なのだろうが、車とは無縁の自分にとってはこの選択肢は取れない。
残るはバスか観光タクシーだ。
沖縄の観光タクシーのサイトをいろいろ調べてみると、大凡1日貸切で小型タクシーが2万円強。
だが単独行だとこの額はやや負担が大きい。
一方、観光バスツアーは場所や時間が制約されて思うようには動けない。
そこで路線バス乗り継ぎを考える。
最近アップされた「バスなび沖縄」という検索サイトを使えば乗り継ぎ方法や料金が解る。2013年4月現在はまだ試験運用中で使い勝手はあまり良くないが大凡のルートはつかめた。
あと「バスマップ沖縄」という本島バス路線が網羅された地図も直感的にルートが見えて必須アイテムだ。
更に「ヤフー知恵袋」などに質問を出してみると詳しい人からの丁寧な路線バスルートを教えてもらえる。
こうして調べていくにつれ、意外にも路線バスが使えそうなことが解ってきた。
総額でも3千円前後で済みそう(高速バス除く)。タクシーと比べれば一桁安い訳でバスを利用しない手はあるまいという考えに傾いた。
早速、目的地までの路線と停留所の時刻表、乗り換え地点の詳細な地図をプリントアウトする。
スマホがあれば現地で検索サイトにアクセスすればよいことなのだが、昭和30年代生まれは紙に出力したほうが安心感がある。所詮はアナログ人間だ。
因みに荷物を極力減らすためにパソコンも持参しないからネット接続は一切しない旅となる。従って旅先からの「呟き」もない。

さて出発前日の22日。
ギリギリまでGWイベント用の新刊版下作業に追われ、印刷所に入稿したのがこの日の昼前。
それから準備作業にかかる。
商売道具のデジタル一眼レフの受光センサーに埃が付着しているので西新宿の「ペンタックスフォーラム」まで行ってクリーニングしてもらう。費用は1000円(税抜き)。
デジタル一眼レフは重く、嵩張る。そしてレンズ交換の度にセンサーに埃が付着し、撮影した画像にそのゴミが映りこんでしまう。正直、この致命的な欠陥のせいでデジ一眼はあまり使いたくはないのだ。むしろ条件によってはスマホや携帯に付属しているカメラのほうが使い勝手はよい。とはいえ望遠とか速射とかデジ一眼でないと撮れないシーンもある訳で仕方なく持参することに。
また、魚眼用に使っているサブのコンデジのメディアが128MBしか容量がなかったので新しく4GBのコンパクトフラッシュを購入。
ところが家に帰ってこのメディアが使えない事に気がつく。
古いタイプのコンデジでは大容量のコンパクトフラッシュは対応していないのだ。因みに所有しているコンデジはクールピクス4300という10年近く前の機種。仕方なく購入した新宿の量販店に戻って512MBのコンパクトフラッシュに交換してもらう。まったく参った。
とにかく写真撮影がメインなので余裕を持たせた装備で挑まねばならない。適当では済まされないのだ。
バタバタしながらも何とか準備を終える。

さて取材旅行初日の23日朝が来た。
幸いにも東京は晴天に恵まれた。
出発便は羽田8時55分発発那覇行きANA127便。
朝のモノレールは背広姿で一杯。こんなに普段から仕事で飛行機が利用されているとは驚く。
出発時間より1時間以上早く羽田に到着。
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何せこれが自分にとって初めての飛行機だ。余裕を持って挑まないと何が起こるか解らない。
8時10分頃、保安検査ゲートを潜る。機材のひとつがチェックされるが問題なく通過。
搭乗ロビーを見渡すと乗客は初老の団体や家族連れがメイン。背広姿は殆どいない。平日なので地味目な人ばかり。
59番ゲートから搭乗する。
機種はB747-400
座席は2階席の窓側だ。
今回の取材旅行の目的の一つは「空撮」も含まれている。
これまで空のシーンの作画資料はどうしても公の資料を使わざるを得なかった。しかし、やはり自分で撮影した空や雲の写真は必須と考えていたので、何としてもゲットしなければならない。
幸い良い天候に恵まれたので視界は良好だ。
航空機が離陸すると、すぐに眼下には羽田空港や東京湾のパノラマが。
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必死になってカメラのシャッターを切る。
もはや初フライトの恐怖とか不安とか感じる暇はない。
ひたすら「撮るべし!撮るべし!」と言い聞かせる。
第2次世界大戦のB29搭乗員と比べたら東京上空の恐怖感など比べものになるまい。
菊水作戦に参加した旧軍パイロットが沖縄に向かう心境とて同じだ。
ただの旅客機で恐怖に震えていては何も始まらないのだ。「我が任務は空撮なり!」と心で叫び続けていた。
眼下の風景は横浜から相模方面へと流れていく。鉄道や工場が手に取るように見える。
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生で見る「空撮映像」は当たり前だがなんとも「生々しい」。
遠くには奥日光辺りの雪を戴く山脈が望める。富士山は方角的に視界に入ってこない。
あれは南アルプスの山塊だろうか?
高度はやがて1万メートル前後まで上昇。
伊勢湾知多半島あたりも確認出来る。
関西方面は次第に雲が広がり雲海の上をひたすら飛ぶ。まるで『紅の豚』に出てきた「飛行士の墓場」みたいな風景だ。
吸い込まれるような葵い成層圏に真っ白な雲海。
この世のものではない感覚に襲われる。
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安定した巡航状態に入って揺れは殆どないに等しい。
キャビンアテンダントがサービスを始めるがそれを受ける余裕がない。
やはり初めての飛行機とあって、空中で狭い空間に閉じ込められているという不安感が勝り緊張する。
鉄道などであればある程度、自分の意思で乗降可能だが、観覧車やロープーウェイはそうもいかない。
地に足が着いた高所は問題ないのだが、狭い空間に不安定な状況で閉じ込められるというシチュエーションはまずい。
外の風景も動きがなく、視覚情報で平衡感覚をコントロールすることも出来ない。
仕方なく、ICレコーダーに録音しておいた伊集院光のラジオ番組を再生して「これは新幹線なんだ。地上1万mではないのだ!」と言い聞かせ、三半規管を安定化させることに努めた。
11時過ぎ、航空機は降下に入る。
雲海に突入する瞬間は『風の谷のナウシカ』でのガンシップとの空中戦を彷彿とさせる。つくづく「宮崎アニメ」の影響は大だ。
何層もの雲を抜けると海面が見えてきた。
そしてエメラルドグリーンのサンゴ礁。
おお!沖縄の海だ。
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11時25分、無事に那覇空港にタッチダウン。義烈空挺団のような対空砲火の中の強行着陸はなかったのでほっとする。
沖縄地方も晴天。
タキシング中に航空自衛隊等の軍用機が多数覗えた。軍民共用の飛行場ならではだ。
空港ロビーのテレビでは沖縄ローカルテレビの昼前ニュースで尖閣諸島に多数の中国公船が領海侵犯したと報じている。でもロビーの乗客はまったく関心を示さない。
持参したラジオを87.3MHzにチューニング。
夏のEsシーズンにしか聴けなかったFM沖縄がクリアに聴取出来る。

ゆっくりする間もなく、航空自衛隊那覇基地の広報担当に連絡を入れる。
「ストレンジャー」原作者、佐藤守氏のご好意で基地見学が叶う事になった。
那覇空港を出て沖縄唯一の鉄道(モノレール)「ゆいレール」に乗る。1日乗車券(600円)は便利。
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鉄道はほっとする。乗り心地は「多摩都市モノレール」に似ているか。
乗客は現地の人よりも観光客が目立つ。
空港から一つ目の駅、「赤嶺」で降車。改札口で広報担当氏が出迎えてくれた。
第83航空隊司令部監理部 基地渉外室 広報班の方である。
車で基地を案内していただけることに。
因みにドライバーは女性隊員。私のサイトもチェックしていただいたようで恐縮の極み。
この方は那覇基地月刊新聞の「おきなわ」に4コマ漫画を描かれている。かつては漫画家志望だったとか。
12月那覇基地祭の時には是非おいで下さいとのこと。
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この日は、尖閣諸島方面で中国の領海侵犯が相次いだためか次々にスクランブルがかかってF15が飛び立っていく。その状況をベストロケーションから撮影することが出来た。
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また基地内に残されていた旧軍の海岸砲など貴重な遺構の数々も案内していただけた。
高台からは通称「ガメラレーダー」も覗えた。1945年の沖縄戦当時、この丘から米軍上陸艦艇が埋め尽くすように見えたという。
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任務多忙の中、快く基地内を案内戴けて感謝の極みであった。作品執筆の上で貴重な資料になることは間違いない。
この場を借りて改めて御礼申し上げる。

基地見学を終えて、再び赤嶺駅からモノレールへ。
気温は25度近い。羽織ってきたジャケットが暑い。取りあえず本日の宿泊場所である那覇市久米に向かう。最寄駅はモノレール旭橋駅から徒歩5分位だ。
那覇市内の道は片道3車線もあって広い。そこをひっきりなしに車が走る。
車だけは東京並みか、それ以上だ。もはや完全な「車社会」なのだろう。一方、歩道には人影は疎ら。寂しい位だ。
そんな歩道を数分歩いて宿に辿り着いたのは16時。
ワンルームマンションを改造したホテルの3階。お世辞にもランクは上とは言えず。勿論食事も付いていない。
ただの素泊りであるからまあこれでも問題はない。キッチンとかもあって要するに長期滞在用には便利かもしれないホテル。
一旦荷物を部屋に置いて17時過ぎ外出。
那覇市内ロケハン先の一つである「とまりん」という港湾施設に向かう。
モノレール県庁前駅から美英橋駅で下車。歩いて10分ほど。
「ストレンジャー」では黄昏時に舞台になるのだが、そのタイミングを見計らって訪問。運良く夕日も拝む事が出来た。
ここは離島に向かうフェリーのターミナルビル。ホテルや商業施設、オフィースが入っている複合施設。
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訪れる人も少なく、弱冠寂れた雰囲気。国道58号線向かいにあるパチンコ屋のほうが豪華で賑やかだ。
暫し、夕日を眺めながら現地のFM等を聴取する。もうツバメが飛び交っていた。日没を見届けると「とまりん」を後にし、モノレールで県庁前駅まで戻って国際通りに向かう。
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那覇随一の繁華街。ここも「ストレンジャー」で少し描かれているから見ておかねばなるまい。
雰囲気は何となく東京の原宿を彷彿とさせた。とりあえず沿道の沖縄地料理屋に入って食事。
あぐー餃子とジーマーミーの揚げ出しをオーダー。
現地の黒砂糖で漬けた梅酒も飲んでみる。
なかなか美味しい。
21時頃、宿に引き上げ。
流石に疲れてしまったので22時頃には床に就いた。
ところがである。夜中になると暴走族らしき集団が58号線を行き来しているのか喧しい。ホテルは街道沿いにあるので車の走行音は直接飛び込んでくるので難儀。耳栓を持ってくればよかったと後悔。
これは毎晩なのか?因みにこの日は平日。週末はもっと酷くなるのだろうか?
米軍機の騒音はニュースになるが、那覇市内の深夜暴走族の騒音は知らなかった。
兎にも角にも、なんとか沖縄取材1日目は天気にも恵まれ、無事に終了した。
(2日目に続く)

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/