サッカーとか相撲とか選挙とか

日常
06 /29 2010
先週は珍しく、寝る間もない程多忙で、あっち行ったりこっち行ったりバタバタ動いていた。
もっともこれが「働く常人」にとっては当たり前であって、普段の自分がおかしいのであるが。

それはさておき、そんな状況だと普段なら薀蓄を垂れそうなサッカーとか選挙とか相撲とかの話題に気を向ける余裕もなかった。
いやむしろその方が新鮮でよい。
確かに肉体的には疲れたが不毛な妄言吐きから開放された分、人間としては充実していた。
ネットに張り付いてマスコミの流す「不味い餌」に食いついて時間を浪費するよりかよっぽどよい。

そういえばワールドカップサッカーも日本が決勝トーナメント進出したというのにあまり高揚しない。
テレビの前にあまり居られなかったという理由もあるが、何だかんだいっても4年に一度の祭りだから、自分のブログでも開催の度に妄言を吐いていたのだが今回は何もない。
まあ、強いてあげれば優勝候補のヨーロッパ勢が尽く負けていること位が気になる程度。そのお陰かどうか知らぬが日本は1次リーグ突破出来たのだろう。
なんでヨーロッパ勢が今ひとつだったのかは知らない。
強いてあげれば、かつて植民地としてのアフリカから搾取の限りを尽くした旧宗主国だから「元奴隷」に囲まれた土地にあまり長く居たくなかったのではないか?
調子に乗って勝ち進めば「土人」たちに襲われるとビクビクしてたんじゃないだろうか?
選手たちはサッカーどころじゃなく、命の危険を恐れて逃げ帰る事を優先したのだ。
まあ、そんなところであろうか?
プロスポーツなんて過去からの悪しき因習と暗い歴史とかに塗れているから無関係ではいられない。
金もらったらさっさとトンズラだ。
純粋で綺麗なスポーツなどあるはずがないのだ。
だから敢えて「奇麗事」で装飾するのである。
チームの入場行進に子供を連れてくるが、これまた胡散臭い。
「汚い本質部分」を如何に奇麗事で誤魔化すかがプロスポーツの「作法」であろう。

それと同じく、大相撲の賭博騒ぎも笑止千万と言ったところか?
封建社会そのものの大相撲に「清廉潔白で爽やかで誠実」を求めるほうがどうかしている。
「君子色を好む」ではないが無頼漢ほど「飲む、打つ、買う」に長けているものだ。
個性的で魅力ある力士に限ってそういう「男の世界」に没頭するんじゃないのか?
それが人間的な厚みにも繋がってくる。
光が強ければ、影もまた強い。
賭博ごときで廃業なんてたまったもんじゃないだろう。昔は傷害致死なんて日常茶飯事だったんじゃないのか?
格闘技の世界はそういう「非常識で野蛮」な世界であることを認めないからおかしなことになるんだ。
大相撲が「国技」だとか公益法人だとか誰が決めたか知らないが、「野蛮で非常識」な人間が営んでいる組織なんだからその位は大目に見てきたんじゃないのか?
本人たちにとっては「今更なんだ?」って感じなのだろう。
そもそもこの世界の「指導者」に「清廉潔白」を求める事自体、キチガイ沙汰。
本当のキチガイみたいなのが指導しているんだから。
配下の選手に恐怖を植えつけて、旧日本兵やソ連兵みたいに敵陣に丸腰で突っ込ませて喜ぶような輩である。

どこかのニュースで見たが、女子バレーの指導者が選手に顔面膝蹴りして怪我を負わせて懲戒処分されたとかあった。
この人間は以前にも何回か同じような処分を受けているらしい。
こんな「暴行」しても名前すら公表されないのだ。
どうせまた違う学校行って同じ事をするのであろう。

これが「スポーツ指導者」の常識なのだ。
テレビで放映される「高校バレー」の中継なんか見ていると悪魔のような形相のコーチが化け物のような叫び声を上げて選手を罵倒するシーンが頻繁に写る。
よくこんな「キチガイ暴力筋肉リンチ生物」に自分の子供を預けられるものである。
親は平気なのか?
大相撲だって「賭博リンチ常習」親方の下に自分の子を弟子として預けるのだ。
親は自分の子が「賭博漬け」「暴力漬け」にされる覚悟を持って送り出しているのだろうか?

今の時代は「子供や女性」にちょっとでも危害が掛かりそうな事例で大騒ぎする。
たかが痴漢でマスコミに名前を晒され、社会的地位を抹殺されてしまう。それが冤罪であったとしても。
昨今問題になっている「児童ポルノ法改正」や「非実在青少年」問題にしろ、実際にそれが18歳未満青少年の「健全な育成」に著しく害するかどうかも疑わしいのに、徹底的に排除しようとする訳だからね。。

にも拘らず「スポーツに掛かる暴力と不道徳」に対しては異常なまでの「寛容性」を発揮する。
このまったく相反するダブルスタンダードをどう説明するつもりなんだ?
「スポーツ暴力」のほうが実際に「子供」を殺している訳であり、指導者が「反社会的」な賭博の入れ知恵をして更に暴力団の資金源をあたえているのになぜこちらは認め続けられるのだ?
そんな「反社会的スポーツ団体」が公益法人であり「国技」であり公営メディアNHKも放映する一方で、何で実際に直接的被害者など存在しない「非実在青少年」を法令まで制定し抹殺しようとするのだ?
スポーツ暴力は「きれいな暴力」、スポーツ不道徳は「きれいな不道徳」とでも言うのかね?
それで死んだ子供は「きれいな殺人」か?
結構な理屈である。

いい加減、奇麗事でスポーツを装飾するのは辞めたらどうだ?
もうメッキはあっさり剥げきっているんだ。今更隠すものもあるまい。
大相撲も公益法人から脱退して公営ギャンブルでいいだろう。
賭け事の対象にすれば万事解決だ。八百長もやりたい放題。幾ら賭けても誰も文句は言うまい。
桟敷席は皆「その筋」の人。
ちょっとでも意にそぐわない取り組みをしたものなら、その場で力士は「処刑」だ。
死人が出ようと、反社会的団体から脅されようと本人の責任。荒川に死体が浮かぼうと知った事ではない。
プロスポーツの根源は「勝利か死」なんだから寧ろこっちのほうが見ていて面白い。
下らない奇麗事の装飾なんてかなぐり捨ててガチンコで戦え。
そのうち八百長なんていってられなくなる。生きるか死ぬかなんだから。
その末に新たな「新生大相撲道」が生まれる可能性がある。
「国技」を名乗るんだったらそこまでしろ。
建前上の「謹慎」でお茶を濁して逃げ切る姿勢に大相撲の未来なんてあるか。
中川放水路の脇の草野球グラウンドの隅でこじんまり取り組むのが相応であろう。

スポーツもどうでもいいが、選挙もどうでもいいなあ。
もう公約とかマニフェストとか止めたらどうだ。
スポーツと同じく政治に清廉潔白とか出来るわけないだろう。
「有能」な人物には金も集まるし、政治活動には金も掛かる。
金が集まらない政治家は単に無能なだけだ。

昔のドイツ軍人ゼークトが言った有名な諺がある。たしか「組織論」。

「軍人は4つに分類される。
有能な働き者。これは参謀に向いている。
理由は勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として
司令官を補佐する方が良いからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。
有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
理由は主に二通りあり、1つは、怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、
どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
理由は自ら考え動こうとしないので、参謀や上官の命令どおりに動くためである。
無能な働き者。これは処刑するしかない。
理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、更なる間違いを引き起こすため。


事あるごとにいろんなところで引用されるから敢えて説明するまでもないが、政治家も同じようなもんだろう。
昭和の政治家は無能は無能なりに自分の「立ち位置」が判っていたし、戦争を生き抜いた有能な「戦犯」黒幕も居たからなんとか高度成長期を先導していけたが、平成の世、ただの世襲で「政治家」やっている輩にこの頃の仕事を期待するのは酷であろう。

にも拘らず「無能な世襲」議員がへんな「指導力」を発揮したらどうなるか?
先の諺に当てはめれば「無能な働き者」となる。
つまり銃殺するしかなくなるんだな。これは。
特に元クラリオンガールみたいのがこれに当たるから危険である。
日本を破滅に導くような「無能な働き者」は大人しくしているのが一番。

もう無能は無能と認めてお情けで有権者に哀願するのがよい。
こんなふうに。

「有権者のみなさん。私は無能な世襲議員です。だけど政治家は辞めたくありません。
お父さんやお祖父さんに申し訳が立たないからです。それに私は他の仕事が出来ません。
この少子高齢化の時代、新たに職を探すことは困難。だから私は先祖から受け継がれた票田で食いつないでいくしかないんだ。
だから私に票を入れてください。私を政治家として食い繋ぐチャンスを下さい。
日本がどうなろうと知った事ではないが、自分の生活と財産は死んでも手放したくないんだよう。
だから私に一票くれよう。
落選したら車で暴走してみんな轢いちゃうぞ」

こう演説すればよいのだ。
私はこの候補者に入れる。
少なくとも嘘はついていないからね。
無能な人間は無能なりな「知恵」を絞って生き抜かねばならない。
世襲議員もお情け頂戴選挙活動すれば、高齢有権者の同情を買って見事当選である。
これでいいのだ。
最初から「無能」を公言している奴のほうが「信用」出来る。
下手に「無能な働き者」に政治を支配されては困るからね。

どうせ、政策など外圧とか自然災害で動かされるのだ。
世襲無能政治家が導くものではない事だけは確か。
普段は流れに任せときゃいいんだ。
万一、国家的危機が起こったら平時は隠匿状態の「有能な働き者」の出番。
形骸に過ぎない政治家に期待も希望も持ってはならない。
これが有権者の心得として肝に命じておこう。

サッカーも相撲も選挙も「建前の形骸」に塗れた茶番劇。
それを解ってドンちゃん騒ぎである。

まあ、適当に楽しむのが日本人の嗜みであろう。
どれもこれもハエの大群みたいなブブゼラの音がお似合いだ。
ブヲオオオーー!

あーあ。また無駄な妄言に時間を食いつぶしてしまった。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/