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関西地方の忌まわしき「事件」

報道
07 /18 2019
相変わらず梅雨空続く東京。
コミケ新刊オリジナル新作原稿執筆も続く。締め切りまで2週間ちょっと。
此処からが正念場。

夕方、テレビをつけると、なにやら只ならぬニュースが流れている。
関西にある著名なアニメーションスタジオが「放火」され、尋常ならざる犠牲者が出ているとか。
現時点ではまだ「事件」発生から半日も経過しておらず、詳細は知らない。
報道やネットで流れてくる情報も断片的で、どれが事実かも定かでない。
妙に抑制的報道になっていることも気になるが。
しかし、この事象の原因が何であれ、日本のコンテンツ産業の中核に位置する「現場」が完全に破壊されたという事実に驚愕する。
あの「作品」を送り出したスタジオが灰燼に帰すとは俄かには信じがたい。
恰もミッドウェー海戦で虎の子の日本帝国海軍空母機動部隊の中核が撃沈されたのごとくの衝撃。
なぜ、このタイミングで、この場所なのか?
現時点での情報に基づく「憶測」によれば、「放火容疑者」は40代男性。
このスタジオの従業員でも、元従業員でもないらしい。
「容疑者」が叫んでいた内容から推測するに、このスタジオで製作された作品を観た結果、何らかの妄想に駆られた挙句、ガソリンをまいて火をつけたと考えられなくもない。
これまでもアニメ、コミック界隈のイベント等でそういった「放火騒ぎ」というのは存在した。
コミケットでも確か開場前にペットボトルに可燃物を仕掛けた輩が捕まったという事件の記憶がある。
個人レベルを含めればこのような妄想狂気沙汰は枚挙に暇がないと聞く。
だから、今回の事件もその類なのかもしれない。

だが、ここまで大規模で、尚且つ国政選挙中で、更に新海誠監督作品新作封切前日というタイミングがなんとも引っかかる。
へたをすると犠牲者は放火事件史上最悪になるかもしれない。
これだけの優秀な人材を一挙に失う事は、日本アニメーション製作現場においても大損失だし、日本のコンテンツ産業からしても打撃は大きい。
果たして「個人レベル」でここまで犠牲者を生じる「放火」が可能なのだろうか?
憶測の域は出ないが、この「放火容疑者」は単なる鉄砲玉で、日本の基幹産業になりうるコンテンツの現場に打撃を与えたい内外勢力のテロ攻撃の可能性も捨てきれない。
「容疑者」が現場で叫んでいた内容はそれを偽装するために仕組まれたのかも知れぬ。
まだ事実確認されていないようだが、「容疑者」には刺青があったという。
アニメに妄想を抱くほどの内向的男性が刺青を入れる可能性は極めて低い。
今後、どのような「事実」が解明されていくかは解らない。
結局、真相は闇に葬られる可能性も否定できない。
いずれにしろ、今回の「放火」事件は、かつての連続幼女誘拐殺人、秋葉原無差別殺人に次ぐ日本コンテンツ分野に対してのネガティブな重大事件として記憶に残っていくことは想像に難くない。
この産業に少なからず生業として関わっている者としては、この「事件」を利用して「攻撃」してくる敵対勢力に対し、常に警戒と反撃能力を保持しておかねばならないだろう。

今回の「禍」に際して犠牲となったクリエーター諸氏に謹んでお悔やみ申し上げる。

梅雨の妄言

報道
07 /09 2019
梅雨。
このシーズンはずっとコミケット頒布用自費出版作品原稿執筆期間となって久しい。
今年の梅雨は中休みもなく、雨天が続く。

作画中、BGMとして10年近く前のラジオ番組を録音したカセットテープを聞いている。
その中におしゃれテレビというグループの「恋のテロリストNO.1」というのが入っていた。
1986年頃の曲で、当時としては先進的な打ち込み楽曲。
「三里塚」とか「パレスチナ」とか「原爆」とか、いまでは到底商業ベースでは発売できそうにない歌詞をアイドル少女風に歌い上げるコンセプトが香ばしい。
当時、テロリストは「こっち側」の存在だった。
今思えば、バブル前の日本は自由で精神的豊かさがあった。


新海誠監督の新作が7月19日に封切りだそうだ。

予告編を観たが、いつもながら他人に思えない。新宿高層ビル群に日差しが一気に差し込むビジョンは自分が10代後半にイメージしたそれと寸分も変わらない。
『快晴旅団』の書き下ろし「風の神話」にそのイメージがある。
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果たして本編はどんな話になるのか恐ろしくもある。

アニメ新作といえば『エヴァンゲリオン』の続編も来年完成予定で、冒頭10分間程度が公開されたとか。
ちらっとネットで観たが、『ナディア』の終盤、パリ上空で発掘戦艦とレッドノアが戦闘したシーンのオマージュにも感じる。
しかし自分が傾倒した『エヴァ』とはもはや別物。

TVシリーズ初放映時はオウム真理教事件とリンクした世紀末的絶望感が庵野秀明世代とシンクロして異様なるレボリューションを醸し出した。
その依り代たる御神体が『エヴァ』であったのだ。
正に日本凋落の始まりを象徴させるレクイエムとして『エヴァ』は民の記憶に深く刻まれた。
しかし、今作られている『エヴァ』は時代とのシンクロという観点からは、何ら意義を垣間見ることが出来ない。
安っぽいフェミニズムとアドビ・イラストレーターと聞き分けがつかないピンクメガネ女子が「使徒もどき」相手に暴れているだけのロボットプロレスアニメに堕ちた。
『エヴァ」はリアル精神ワールドとシンクロさせてこそ『エヴァ』なのだ。
現実とリンクした人類補完計画が描かれない『エヴァ』など存在価値はない。
その『エヴァ』を再びこの絶望日本とリンクさせるためには、碇シンジを昨年処刑されたオウム真理教13人の殉教者に見立て、イエス・キリストの復活劇と同様な福音書として描かなければならない。
庵野秀明氏にそれが貫徹出来るかが勝負どころだろう。

今春の朝のNHK連続ドラマシリーズは、何やら昭和40年代の東映動画長編漫画映画に参加した女性アニメーターが主人公らしい。
時たまタイミングが合うときだけにしか観ていないが、その限りにおいては主人公のアニメーターとしての活動と、その背景としての生い立ちがまったくリンクしておらず、全然別の物語に思える。
戦後の動乱期に命からがら北海道に逃れて酪農家に育てられてきた事と、本人がアニメーターを目指す事との整合性が見出せない。
せっかく東映動画黎明期という、興味深い設定があるのにも拘わらず、これでは台無しだ。
時代の雰囲気もリアリティーが欠けている。
昭和40年代頃のアニメ製作現場は、もっと殺伐としていてタバコの煙が朦朦と漂う中、取っ組み合いの激論を交わし、猛々しい男達が「安保反対!」とか「ベトナム人民と共に闘うぞ!」とか政治とリンクした闘争に明け暮れつつ、アニメ製作に邁進する状況を描かねばならない。
特に宮崎駿がモデルとして登場するようだから労働争議でジグザグデモやシュプレヒコールシーンは必須である。
にも拘らず、なんだか気の抜けたソーダのような軟弱な現場しか出てこず、拍子抜けだ。
だいたい、酪農という肉体労働で明け暮れる場に居る少女がアニメーターなど目指す精神的環境が生まれるだろうか?
一応史実に基づいた話らしいがどうにもリアリズムに程遠い。
過去の連続ドラマでコミュニティーFMを舞台にした話があったが、これも安比奈線という絶妙なアイテムがあったにも拘らず、馬鹿馬鹿しい荒唐無稽な演出で稀有な素材を台無しにしたケースと同じ。
それに比べ、夕方再放送中の『ゲゲゲの女房』は漫画家の実生活を描く話としてはバランスがよかった。
いずれにせよ、主人公にフェミニズムバイアスをかけた時点でダメになることだけは確かだ。

この7月から日本の商業捕鯨が再開とか。
小笠原辺りのホウェールウォッチングも鯨屠殺の場と化すのか?
もはや国内需要は殆どなく、ましてや輸出などもってのほか。大手流通スーパーも商社も鯨肉を扱う様子はない。
元々細々とした沿岸捕鯨しかなく、商業捕鯨など戦後になって本格化したに過ぎないのに「鯨は日本の食文化」等というデマに唆されて、大して美味しくもない鯨肉を食らったところで得るものは少ない。
自分は給食で散々鯨の竜田揚げを食らった世代だが、今更食べたいとは思わない。
食物連鎖の最高位で重金属がかなり蓄積しているという鯨肉を苦しみながら強要される国民はいい迷惑だ。
それでも鯨肉を食らいたいなら、アラスカのエスキモーと共に暮らせばよい。
結局、需要がないので捕鯨は国の補助金頼りだとか。
衰退漁業の捕鯨に使う金があるならその分をコンテンツ産業育成に回した方が余程日本の将来のためになる。
国も本音では金のかかる南氷洋捕鯨は止めたかったそうだ。
いきなり止めるのも反対派に屈したように見えるので取り合えず、沿岸捕鯨だけは形だけ残そうと。
それで需要がなければ自然消滅も止むなしと。
いずれにしろ、資源量云々以前に飽食の時代にわざわざ高等野生動物を食らうということ自体が野蛮人レベルと気がつくべきだろう。

ユーラシア大陸東側辺境の半島南側の国に戦略物資輸出規制。
かつて日本が圧倒的な経済大国であった時代ならば、こんな汲々とした事態は起こらなかっただろう。
その「力」がなくなったから、かつての植民地は強気に出られるようになった。
「貧すれば鈍す」である。
かつては日本が世界の景気を左右するほど国際経済のイニシアティブを握っていた。
それが今や漢民族国家の台頭に到って衰退し、その存在すら世界から忘れられようとしている。
戦略物資を制限したところで、もはや大した効果は得られまい。
なめられているのだ。
もはや没落日本にイニシアティブは取り戻せない。
年金老後2000万円不足云々も結局は国力衰退が生んだ災いだ。
強大な国家であれば、一人当たり2000万円などポケットマネーで補える。
それが出来なくなった時点でおしまいなのだ。

何やら7月に国会第2院選挙があるとかないとか。
もはやこんなものに何の意味がある?
相変わらずの北米軍事大国の妾である1950年代から思考停止した世襲与党と旧態依然の憲法を「毛沢東語録」のように振り上げて行進するしか能のない離合集散劣化紅衛兵野党、マスコミ。それに加えてNHK何とかとか、どうたら新撰組とか。
ふざけているのか。
こんな偽政屋に日本国を任せろというのか。
冗談にも程がある。
何かの悪夢にしか思えない。
まだ、ピカチューとか初音ミクが立候補したほうが救いがあろうと思うほど絶望的な候補者面々。

この期に及んでは浩宮天皇陛下に直々御出陣賜り、皇軍を率いて、この愚偽政屋を一掃し、「令和維新」として神聖皇国日本を立ち上げる以外に救いはないだろう。


「恋のテロリストNO.1」のいたいけな少女は歌う。
最後の仕事は地球を消滅。
原爆落として吹き飛ばしたわ。
死体の山が銀河に飛び散り、
・・・・ロケットで口笛吹いてラブソング


是非、恋のテロリストNO.1少女に日本の次期宰相の座を。
以上、梅雨の妄言終わり。原稿執筆に復帰する。


国民皆貧乏農奴の未来

報道
06 /20 2019
タカラの『人生ゲーム』というのがある。
メジャーなゲームなので説明するまでもないが、双六みたいなもので最後は「大富豪」か「貧乏農場」行きで上がる。
プレイヤーは有り金がわずかになると最後は一か八かで全財産をルーレットに乗せて、己の人生を運に委ねる。
そしてほぼ9割9分、身包み剥がされて「貧乏農場」行きとなる。

最近、財務大臣が「2000万円貯蓄がないと老後が立ち行かなくなる」とか発言して、民は右往左往。
公的年金だけでは暮らしてゆけぬと。

己が子供の頃は貯金すると利子が付くのが当たり前だった。
放って置いてもお金が増えていく時代だった。
だが、そんな高度成長期は終わり、バブル崩壊によって日本は経済大国から転げ落ち、超少子高齢化によって更なる衰退を加速させた。
この期に及んでは、もう公的年金で国民の老後を安定的に維持することは不可能になりつつある。
一方、貧富の差は開いて、富める者は平民からますます搾取するようになった。
この2000万円云々もその類だ。
すなわち、中間層が唯一の「命綱」として溜め込んでいる貯蓄を「投資」の名の元に吐き出させ、搾取する巧妙な罠という事。
公的年金では足りないから、お前の持っている貯金で金融商品を買えと。
「ニーサ」とかお洒落な名前が付いてはいるが、所詮はルーレットと同じ賭博だ。
慣れない者がそんな賭博に手を出したら、あっという間に元本割れして破産一直線がオチ。
儲かるのは胴元だけといつの時代も相場は決まっているのだ。
この2000万円騒動でパニックになった愚民は、まんまとこの罠に嵌って身包み剥がされるのである。
タカラの「人生ゲーム」と同じである。
もはや日本国民の9割方は「貧乏農場」行きだ。
日本はもう此処まで堕ちるに堕ちたのである。
経済大国から貧民大国への転落はあっという間であった。
貯蓄のなくなった「旧中間層」は土地と財産を奪われ、江戸時代の小作人と同じく、富裕層や地主の所有物として奴隷のように扱われるのだ。
妾世襲と劣化紅衛兵しか選べない選挙制度の下では、もはや政治に救いはない。
日本は明治維新以前の貧民国となる。
そのうち士農工商も復活するのではないか?
飢餓も頻発して、毎年100万人単位で餓死していく。
「貧乏農場で餓死」
これが近い将来の日本人の平均的な末路であろう。




「キチガイメディア」に花束を

報道
06 /04 2019
2019年ももう半分近く過ぎた。
還暦を控えて新陳代謝の低下は如何ともし難い。
これまで仕事趣味生活全般でのルーティンが、自然体のままだとうまく回転せず、片付けられなくなっている。
「何か」がそれを阻害圧迫しているのだが原因がいまひとつ突き止められぬ。
表層的にはスマホの存在が上げられる。
新たな道具を有効に使いきるスキルがないと、身を滅ぼす。
だがそれだけが問題という訳でもない。やはり加齢という「宿命」には抗えない。

今更ながらメディアの垂れ流す「世相」にいちいち反応することが如何に馬鹿馬鹿しく、不毛なのかは論を待たない。
しかし、悲しきかな俗人の域を出られぬ身。
取り合えず物言わねば「便秘」になってしまうので、このあたりで汲み取り便所メディアに向かって「排泄」しておかねばなるまい。

小田急線沿線のどこかで「キチガイ」が刃物を振るったそうな。
事あるごとに述べているのだが、かつて、「キチガイ」が公認されていた時代ならば、まさに「キチガイ」の所業で終わっていた事案だ。
何千万分の1の確率で不幸にも「キチガイ」の所業に出くわしてしまっては、避けられるものでもない。
崖から岩が突然落ちて来たのと基本的には変わらない。
こんな事例を避けようものなら生涯地下室に一人閉じこもっている以外に方策はない。
だが、いつしかこの「キチガイ」という存在を否定し、数多の健常者から紐付けして原因を恣意的に「操作」するようになってからおかしくなってきた。
今回は今回で、「ひきこもり」、「ゲーム愛好者」が起した「犯罪」ということになっているようだ。
確率的にも科学的根拠もないのにだ。
そうすることによって何者かの既得権益に有利に展開する意図が垣間見れる。
かつての幼女連続殺人の時と同じく、容疑者を「ヲタク」と紐付けして、メディアがジェノサイド報道した時と何も変わらない。

「キチガイ」は唯一無二だ。
そんなものに属性はない。
「キチガイ」を「キチガイ」と認めず、「キチガイ」の尊厳を剥奪することこそがむしろ「犯罪行為」なのだ。
自分の生い立ちや境遇で無差別殺人を妄想する人間などいくらでもいる。
だがそれを実行に移す人間は「健常者」には居ない。
その一線を越えるのは「キチガイ」という肩書きを持ったものだけだ。
昔から「キチガイに刃物」というではないか?
「キチガイ」に動機もきっかけもヘッタクレもない。
理由はひとつ。
「キチガイ」だからだ。
「キチガイ」はいつの時代にも一定数存在し、それが生物の業として遺伝子に組み込まれた宿命と理解すれば、何の問題もない。
人は望む望まぬに拘わらず、常に運不運に左右される。
そんなものは「神のみぞ知る」だ。
それを健常者に結び付けようとするから、新たな不幸を生むのだ。

一説によると中高年の「ひきこもり」は推計61万人余り 39歳以下を上回るという。
そもそも「ひきこもり」とはなんだ?
実家に高齢者の親と同居することが「ひきこもり」か?
家から出ないと「ひきこもり」か?
で、それが何で「無差別殺人」と紐付けされるのか?
因果関係とか根拠が不明瞭なのにも拘わらず、メディアはひたすら「ひきこもり」を「殺人鬼予備軍」呼ばわりし、独身絶望男性のジェノサイドに奔走、発狂している。
「8050問題」なる事案も懸念されているようで、80代の親を50代の息子が面倒を見なければならないからどうのこうの。
それも「殺人鬼」とどう関連しているのだ?

そもそも、「ひきこもり」世代男性の中心である第2次ベビーブーム世代が結婚に恵まれなかったのが、真の原因ではなかったのか?
結局第3次ベビーブームが起きなかったことで、超少子高齢化に拍車がかかり、年金問題、そして「ひきこもり」問題を深刻化させているのはビッグデータから見ても明らかだ。
まさに、結婚適齢男性に、花嫁をめぐり合わせなかったことが、諸悪の根源なのである。
マスコミが叫ぶ、「ひきこもり」が「殺人鬼」を生んだというのが「真実」ならば、それは同世代婦女子の怠慢が引き起こしたということだ。
そういうことだな。
フェミファシストと組んで「結婚」という選択肢を罪悪化するプロパガンダを無垢な婦女子にオルグし、結婚適齢期の男性を孤立化させ「ひきこもり」に追い込んだメディアこそ「殺人鬼」の張本人ということになろう。
「ひきこもり」が「殺人鬼」を生み出したのならばそういうことではないのか?
そう!マスコミ糞尿メディアこそが「殺人鬼」を作り出したのだ!
まさに盗人猛々しいとはこのことである。
マスコミ自身が下手人であるにも拘わらず、その濡れ衣を「ひきこもり」絶望独身男性に擦り付けて、聖人君子面を謀る糞尿メディアには吐き気しか感じない。
更には「ひきこもり」でもない実家住まいの無垢な絶望独身男性を「元官僚」の父親に殺させ、更なる絶望独身男性ジェノサイド扇動に走っている様は人の皮を被った悪魔の所業だ。

ジェノサイド扇動は留まるところを知らない。
メディアに洗脳されて結婚を否定し、子も生まなくなった気の毒な婦女子の増長は狂気の域に達した。
驚くべきことに「痴漢行為」に対しては凶器で対抗しても良いとのフェミファシストの宣伝を正当化しているのだ。
暴力、ヘイト反対と言いながら、凶器を使った殺傷行為を奨励するとはどんな論法だ?狂気のサタである。
これが間違って「大量無差別殺人」に繋がってもよいということか?
それともこれは「綺麗な大量無差別殺人」とでも説明するのか?
結構な身分である。
これもまた、無垢な絶望独身男性を弾圧し、死に追い込む策謀であることは論を待たない。

「ひきこもり」対策を抜本的に解決するためには、ひきこもっている絶望独身男性に独身婦女子を嫁がせるしかない。
すれば、新たな独立世帯が生まれ、子供も設け、子が増えれば生産人口が増え、税収も豊かになり年金問題も少子高齢化問題も「ひきこもり」解消に向かうだろう。「5080問題」も嫁が高齢親の面倒を見れば解決可能だ。社会も若い活気に溢れて新たな価値観の下、明るい新生日本が待っているだろう。
「一石100鳥」である。
どう考えてもこれ以外に策はない。

ところが、これを口にした途端に、右左上下あらゆる方面からメディアに加勢を受けたフェミファシスト共が狂犬かゾンビのごとく、飛び掛って、涎を垂らしながら噛み付いてくる。
まるで「大量殺人鬼」のようにね。
これはいったいなんなのだ?

婦女子は全員、結婚を否定することが義務なのか?
結婚は不幸なのか?
子供を生んだら全員不幸になるのか?
子育ては罪悪なのか?
独身婦女子がすべて100パーセント出産は悪とそう願っているのか!
根拠を出せ!

もはやどちらが狂気か解らない。
狂気を否定する連中が狂気を実践しているのだ。
おぞましいという他ない。

糞尿メディアとフェミファシストは無垢な絶望独身男性を「健常者」から追い落とし、「キチガイ」のレッテルを貼り、スケープゴートに仕立てようとしている。
これほどの「悪意」があるであろうか?

やがてこの国はこのまま、超少子高齢化して泥舟のように沈んでいくであろう。
「ひきこもり」もへったくれもない。
糞尿メディアが偽善よろしく騒ぎ立てても、みんな最後は惨めに終わっていくのだ。


拙著『影男煉獄シリーズ』3部作はこの希望なき独身絶望男性の為すべき行く末を描いたシリーズである。





「令和」の行方

報道
05 /02 2019
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世は5月1日をもって「平成」から「令和」となった。
基本、西暦で年月を認識しているから、何がどう変わる訳でもないが、社会の空気が改元一色なのでその影響をまったく受けぬわけにもいかない。
平成の明仁天皇が上皇となり、浩宮殿下が今上天皇として即位された。
正式には仁徳殿下と呼称したほうがよいのだろうが、昔から浩宮殿下という称号のほうが馴染んでいたので、そう記すことにする。
浩宮殿下は自分と世代が同じだから、時代的価値観も共有し、だから「令和」という時代は否応にも己自身の人生を象徴している。
浩宮殿下の即位は59歳。
歴代天皇では記録が残る8世紀以降の範囲では2番目に高齢だという。
即位時の最高齢は光仁天皇の60歳11か月。西暦770年以来とか。
もう還暦真近では嬉々とした即位とは言い難い。
昭和天皇は25歳で即位し、44歳の頃に「玉音放送」を録音するなど在位中は波乱万丈の人生だった。
それと比べると、余りにも歳を重ね過ぎた即位だ。
仮に浩宮殿下が生前退位なくして90歳まで生きられたとしても「令和」は30年。
100歳まで在位されたとしても40年。
果たしてそこまで「令和」が長く続くとは思えない。

浩宮殿下の天皇としての地位もこれまでと比べ、絶対的とは言い難い。
即位したとて、上皇の存在は無視出来ない。
更にお世継ぎとしての男子の子供も居ない。
皇后たる妻も精神的に不安定でその職責を全う出来るか解らない。
更には秋篠宮文仁親王殿下の「野望」に脅かされるかもしれない。
臣民は超少子高齢化、人口減の中、経済大国の座から急激に転げ落ち、勃興する新興北東アジア諸国の軍事的脅威に脅かされつつある。
にも拘らず、マスコミは上皇のことばかり報道し、現天皇の浩宮殿下に関しては殆ど無視状態。
これでは、どうやって「令和」という新時代の象徴として生きていけというのか?
あまりにもお労しい。

「平和憲法」という呪縛下では、もはやこの国の未来を現実的に切り開いていくことは出来ない。
本来、日本国の象徴たる元首天皇は、軍服を身につけ、己の統帥すべき皇軍を率いることが最大のアイデンティティー。
半世紀以上前の総力戦で敗北し、「軍隊」を剥奪されて以降、日本国において、天皇は軍を率いるという崇高な役割を失った。
戦後の高度経済成長下で覆い隠された本来の国家と天皇のあり方は、この「令和」の時代に改めて問い直されなければならなくなった。
北東アジアからの脅威を旧態依然の北米軍事国家との安全保障に依存してきた時代はもう限界に近い。
己の国は己自身で守るという当然の「国の在り方」に帰順するための拠代として、浩宮殿下は天皇に即位しなければならない。
だが、それが許されないところに浩宮殿下の悲劇がある。
更に皇后たる雅子妃との成婚は浩宮殿下にとって結果的に「不幸」を招いた。
外交官だった雅子妃は本来ならば殿下以上に皇室外交に邁進し、殿下を支え得る存在だったはず。
ところが実際には「適応障害」という「病」を患い、逆に殿下の「重荷」となってしまった。
男子の子を設ける機会もなく、秋篠宮文仁親王家に「世継ぎ」の座を奪われ、浩宮殿下の地位はあまりにも惨めなものとなった。
しかし、それが宿命だったのである。
己が選んだ妃が望まれない存在だったとしても、それが浩宮殿下の業であれば、それを宿命として受け入れなければならない。
浩宮殿下のカルマは彼の臣民たる絶望独身男性とも共有している。
己の遺伝子を残せず、還暦を前にして逡巡する哀れな独身男性達の群れが浩宮殿下そのものであり、「令和」はその惨めな雄の群れを伴う世紀でもあるのだ。
閲兵する皇軍もなく、世継ぎもなく、上皇に実権は握られ、弟君には地位を狙われ、妻の病に翻弄され、臣民も人口減と老齢化で勢いは失われ、国土は周辺軍事大国に脅かされつつある。
そんな浩宮殿下に救いなどある訳がない。
恐らく「令和」は数年で終わるかもしれない。
皇后たる妻は結局職責を果たせず、即隠居状態になるやもしれぬ。
象徴としての儀式は尚も上皇の干渉で一歩下がらねばならない。
事あるごとに秋篠宮文仁親王殿下から妨害と脅威を受け、日々生命の危機に曝される。
臣民の財はますます減り、その不満は「何も出来ない」今上天皇たる浩宮殿下に向けられる。
そして国土は中共、ロシア、北米に脅かされて、それを阻止する皇軍の指揮権もない。
これでは、どうして天皇としての職責が果たせるか?
絶望しかない。
やはり浩宮殿下は「絶望天皇」として皇位を全うしなければならぬのか。

しかし、天皇に絶望は許されない。
この絶望から彼を救う策はある。
それが「浩宮殿下補完計画」だ。
まず今こそ、浩宮殿下にはそのアイデンティティーたる皇軍を与えよう。
憲法改正し、浩宮殿下に陸海空3自衛隊の指揮権を与えるのだ。
軍服を着れば男は蘇る。
そして、雅子妃との離縁が不可能なら、せめて側室を与えて世継ぎたる男子を設ければよい。
若く生き生きとしてはつらつな美少女を側室として迎えれば、浩宮殿下も生まれ変わった心地になろう。
更には上皇、弟君の干渉を廃すため、その権限を限りなく小さきものとする。
軍を持ち、世継ぎを設け、磐石な地位を築けば、浩宮殿下はきっと復活する。
それなくして浩宮殿下の未来はない。
そしてその臣民達も生き生きと、この「令和」の時代を生き抜くことが出来よう。
超正規宇宙空母「アカギ」「カガ」「ソウリュウ」「ヒリュウ」を観艦する祝典に浩宮殿下を讃える同世代の独身男性はやっとそこに「希望」を見出すことが出来る。
「浩宮殿下!万歳!」という声が日本中に響き渡れば、やがて超少子高齢化時代は終わり、出生率は急上昇し、誇りある富国強兵ネオアトランティス日本帝国が復活するであろう。

しかしこの革命的な「浩宮殿下補完計画」も所詮は胡蝶の夢。
現実は現状を維持するのも儘ならぬほど衰退している。
もはや何も変わらず、死に逝くのみが現実の日本。
結局は、内外の重圧に耐えかねて、恐らく数年で浩宮殿下は現上皇がご存命のうちに退位なされるであろう。
「令和」は5年も持たない。
雅子妃との出会いをカルマとして受け入れるも、その雅子妃も娘を連れて欧州王室に亡命。
浩宮殿下とはもう会おうともしないだろう。
妻と娘には去られ、弟君には軽蔑され、上皇からは存在を否定される。
そう、「令和」はなかったことにされるのだ。
その次に誰が即位するかなど、もはや浩宮殿下にとってはどうでもよいことだ。
退位後、行動の自由も制限され、皇室の場末施設に幽閉され、寂しく隠居生活を強いられよう。
お労しき浩宮殿下。
そして誰に看取られることもなく、この世を去るのだろう。
だが、それが浩宮殿下の宿命たるカルマだとしたら、もはや抗うことなど出来はしないのだ。
どんな地位にあろうとも、この業に逆らうことは不可能だ。
それが「令和」という時代なのだ。


あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/