6月末の妄言

報道
06 /29 2017
気が付くともう6月が終わろうとしている。
近日、頓に精神的、肉体的に代謝が衰えていることを実感する。
以前だったら3日で片付く事が一週間たっても終わらない。やらなければいけないことがどんどん先延ばしになっていく。
なぜなら、やるべきことの前に、片付けなければいけないことが終わらないからだ。
どこに時間が吸い取られていくのだろうか?
以前はこれほど酷くはなかった。
歳を取るということはそういうことなのかもしれぬ。
少し代謝を高めるために役に立つか解らぬが、久しぶりに「パチンコ屋のチラシの裏」に妄言を記す。

どこかの古典舞台役者の元放送女流朗読担当勤務だった妻が病で倒れたことを世界の終りのごとく取り上げていたと思ったら、今度は卓上ゲーム少年の連勝記録に血眼になるマスコミ。
「人の不幸」の次は、卓上ゲーム少年の昼ご飯が「国家の一大事」だそうである。
去勢された宦官みたいな痩せ細男子アナウンサーが、胡散臭さに輪をかける。
両方、関心もないから見ようとも思わないのにも拘わらず、耳に入ってくる。
もっと国民に伝えるべき事柄があるはずなのに、相変わらずだから、ますます、新聞、テレビを観なくなる。
それでもまったく無視出来ぬからいくつか反応してみることにした。

少し前、ニュースで「週休3日制」のことをやっていた。
一週間に3日休むのだという。
一方で、小学校の夏休みを短縮して「10日間」だけにする自治体があるとか。
「休暇」という概念の感覚がよくわからない。
「週休3日」も「夏休み10日」も、誰が渇望していたのか知らない。
少なくともそんな世論が沸騰していたなんてことは聞いたことがない。
ニュースでは週休3日にしないと、若い社員が会社に残らないとか、夏休みを10日にしないと教師が過労で苦しむとか理由を流しているが、俄かには信じがたい。
誰の、何のために、そういう休日の取り方を決めるのが、胡散臭さだけが残る。
いっそ、「月月火水木金金」を標榜するほうが、信用できる。
少なくとも、胡散臭さはない。
自分が子供の頃は、休みは日曜日だけだった。
それでも、過酷だとは感じなかった。
一方、夏休みは40日が当たり前でそれを短縮するなんで狂気だとさえ思う。
夏休みが10日になれば良くも悪くも「夏休みの思い出」というものが、存在しなくなる。
普段の授業時間が短縮されたところで、学校に通うことには変わらない。
机上の空論で、夏休みを子供から奪って、教師に楽させるという発想自体、何か間違っている。
「休み」という概念が狂い始めた。
たとえ、週休7日になったとしても、恐らく意味不明な理由付けで週休10日になるのではないか?
誰も望んではいないのに。
そして「週休10日」になったとて「幸せ」になれる人は現れない。

どこかの国会議員が、秘書に暴言を吐いて、そのパワハラ記事が週刊誌に載ったり、暴言音声がテレビから流れ出ていた。
正直、どうでもよいのだが、しかし、ある意味、国会議員と秘書との関係はあんなものだという話も聞く。
程度の差はあっても、議員なるものは格下の人を人間扱いしない。
そんな人格に問題がある者が、選挙や国会質疑のときだけ「聖人君子」を装う。
何かに似ていると思ったら、高校野球だ。
「さわやか」とか言っておきながら、実態は暴力、いじめ、パワハラ、狂気の巣窟。
「清き一票を」なんて街頭で頭を下げていながら秘書に暴言を吐く候補者と、「さわやか甲子園」に出るために学徒を「野球人形」として泥まみれにさせて制裁を加えている部活指導者と妙にシンクロする。
あのパワハラ議員もいっそ、記者会見でこう言えばよいのだ。
「東大卒以外は人間の屑だ!愚民共、私に投票せよ!逆らうとあの秘書のように酷い目にあわせてやるから覚悟しな!私には議席が必要なんだ!政策なんてどうでもよい!国がどうなろうと知ったことか!お前らが路頭に迷おうと、中国が攻め込んできたとしても知ったことか!国会議員であればアメリカに亡命できる特権があるんだ!生き残りたいんだ!だから私に投票せよ!解ったか愚民!」
今、真っ盛りの都議会選で、もしこんな街宣をしていたら、その人に投票してもよい。
なぜなら少なくとも嘘は言っていない。
やはり「正直者」が議員になるべきである。

テレビを見ていたら「空襲警報もどき」のお知らせが時々流れる。
なんだこれは?
アラードが出たら、地面に伏せろとか、家の中に入れとか?たぶん朝鮮半島北側のミサイル弾着に備えよという趣旨なのだろう。
しかし、己の領空に敵性国の弾頭なり、爆撃機に侵入された時点で、もう戦争には負けている。
かつての大戦中、防空意識云々を叫んでみても、B29に侵入されたら為すすべもなく焼け野原にされたのを忘れたのか?
国家安全保障の立場に鑑みれば、まず目標とされないこと。そして同等以上の報復手段を持つことが必須。
それがない国は独立国とは言えない。
それを他国に依存している時点で終りだ。
だから日本は独立国ではないし、いずれまた「勝てない戦争」に引きずり込まれて、酷い目に合うのだろう。
これも建前と本音を使い分けて、既得権に縋りつく守旧的な偽政者たちの「賜物」。
そしてそれを選んだ国民自身から出た錆だ。
もはや選挙制度自体が硬直して、未だに1950年代の価値観で動いているのは滑稽ですらある。
そして、それを是正しようとする者もいない。
この国も終わりが近い。

少し前だったか、朝日新聞夕刊の「オトナの保健室」というコラムに、個々の男女間情事を日本文化全体の悪癖と決め付けてすべての日本男性の基本的人権までを抑圧すべしと促す趣旨の記事が目に留まった。
これを書いている「活動家」のことは知らないし、関心もない。
どんな主張をしようとその人間の自由だし、世迷言だろうが何だろうが人の勝手だ。
だが、新聞はネットのような「トイレの落書き」、「パチンコ屋のチラシの裏」ではなかろう。
いつの世も偽政者は「世迷言」や「妄言」を、さも価値のある「正論」として担ぎ上げて、世論を扇動する「道具」として利用する。
この「活動家」もそんな類の一つだ。
科学的根拠もなく、情緒的、恣意的な「妄言」をさも「真実」として世に放ち、態々外国人記者の前で会見させたりする機会を設けるなどということ自体が、それを証明している。
これらは、日本女性の人権や自由を守るためではない。
日本文化、国家の基本的基盤を崩して、国外勢力の権益確保のための「文化、経済侵略」の一環に他ならない。
己が非難している「性ビジネス」の胴元が、日本人から国外勢力に変わるだけ。
搾取される方法が巧妙になるだけで事態は変わりはしないのだ。
「活動家」本人がこれを自覚しているか否かは知らない。
だが、己が怪しげな勢力に担がれていることぐらいは、知っておいたほうがよい。
利用価値がなくなった途端、ゴミのように捨てられるだろうから。

以前もブログに記した事があるが、旧大戦中に戦争日記を記していた徳川夢声が終戦前後に何回も延べている噂話。
「進駐軍がやってきたら、日本男子は皆、睾丸にレントゲンを当てられて種無し去勢される」と。
物理的には、そのようなあからさまな行為はなかったかもしれないが、こんな記事が全国紙に平然と載る現実を鑑みると精神的には戦後70年以上経った今も、営々「日本男子去勢化工作」が続いている事実を実感する。
ただでさえ、超少子高齢化、生涯未婚率が急騰しているのにも拘らず、男女間交流を「犯罪化」して、出会いを阻み、人口減少に拍車をかける記事を掲載しているのだ。
これで誰が得をするかを考えれば、その背後に「誰」がいるか容易に想像できる。
どんな些細なことですら、事の真偽に拘わらず、男子が女子にアプローチすると「犯罪者」として強制収容所行きを目指しているのは明らか。
最近、痴漢容疑者が必死になって線路上を逃げるのも頷ける。

以上、妄言終了。
ここまで書いて代謝が上がったかは、不明。
むしろ、貴重な限られた人生をまた無駄にしたか・・。

他に代謝を高める何かを探さねばならぬな。







新聞を読んだ日

報道
04 /15 2017
桜も散り始め、新芽が覗くようになった。
だが、まだ夜は風が寒く感じ、コートは欠かせない。
久しぶりに新聞にじっくり目を通す。

「50年後に人口8808万人」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
出生率1.44。
50歳まで一度も結婚したことのない人の割合「生涯未婚率」は男性で23.5パーセントという。
世間は経済力云々を理由に挙げるが、それはおそらく違う。
第2次世界大戦終了後、5年しかたっていない1950年。その時の「生涯未婚率」は男性で1.5パーセント。女性も同じ位。
ほぼ全員が結婚、出産を経験していた。
あの敗戦の混乱期が今より「裕福」だったなどと誰も思うまい。
結婚、出産しなくなった理由は他にある。
今後、いくら景気がよくなったとしても、日本人は結婚しないだろう。
たとえ年収1兆円になったとしてもますます「生涯未婚率」は上昇する。
恐らく遺伝子レベルで人口抑制トリガーが仕込まれているのだ。
ある程度の文明度まで達すると、人間は生殖活動を停止する。
その理由は恐らく地球レベルで許容以上の消費活動を抑えるために生物界が生み出した不文律のルール、あるいはホメオスタシスの一種なのかも知れぬ。
だがこのまま緩やかに人口減が続くとは思えぬ。
どこかで劇的に減るのだ。
恐ろしきカタルシスによって。

「化学兵器の貯蔵庫ない」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
どこかの内戦続く中東国に北米軍事大国が巡航ミサイルを撃ち込んだという。
理由は化学兵器使用に対する制裁だとか。
本当かどうかは知らない。
ただ、戦争の歴史上、攻撃の口実を捏造した例は枚挙に暇がない。
ベトナム戦争トンキン湾事件。
湾岸戦争におけるイラク軍のクウェート人少女虐待事件等。
これらは後から「事実ではなかった」と報道されている。
北米軍事大国の攻撃は国際法違反だという。
笑止。
戦争が始まれば法律など無意味。
「勝てば官軍。負ければ賊軍」
発端が捏造だろうが、国際法違反だろうが、歴史と正義は「戦勝国」のものとなる。
それ以上でもそれ以下でもない。
だから「負ける戦争」はしてはいけない。

「フィギュア人生 悔いはありません」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
有名フィギュアスケーター引退。
脂の乗りきった最初のオリンピックではわずかの差で年齢制限で引っかかり、出場出来ず。
4年後は強力なライバルの後塵を拝し、あとはジリ貧。
勝利の星の下に生まれなかった悲運のアスリート。
それを過剰に持ち上げたマスコミ。
本人は過酷な期待を背負わされ、「フィギュア人形」として弄ばれたのではないか。
星飛雄馬が「野球人形」として苦しんだように。
彼女は26歳になった今尚「ちゃん」付けされて呼ばれている。
これは幸いなのだろうか。
今や40代、50代でも「女子」だ。
永遠の氷上の妖精アイドルとして80歳を超えても「ちゃん」付けされ続けるのだろう。
ジャネット・リンが懐かしい。

「空母朝鮮半島近海へ」(朝日新聞4月11日付け朝刊)
ユーラシア大陸東端の半島北側の独裁国の動向に危惧して、北米軍事大国の空母機動部隊がオーストラリア沖から朝鮮半島近海へと移動とか。
米韓合同演習に呼応して北の国がミサイル発射や核実験を繰り返すのはいつものルーチン。
これで誰かが潤うのだろう。
本気で戦争始める気は更々ない。
新しい北米大統領は自国の利益を最優先に「世界の警察官は辞める」とか公約していたが、その最先鋒の閣僚が追い出され、いつの間に生粋の保守軍人層が周りを固め、大統領を操り始めた気配がする。
プロの軍人は思い付きで戦争は始めない。
だが、何かのきっかけで予想外のことが起こらないとは言えぬ。
これを機に世界の秩序の大転換を画策する者がいないとも限らない。

我が世襲宰相は「北が核、あるいは毒ガスを搭載しだ弾道弾を撃ち込む恐れがある」と注意を喚起したとか。
いまさら何を言っているのか。
弾道ミサイルを撃ち込まれない体制を構築することがなによりも先決で、そもそも相手に撃ち込む隙を晒す時点で「戦争に負けている」のだ。
核武装には核武装で対抗するしかない。
迎撃ミサイルなど気休めにもならない。相手が飽和攻撃してきて1発でも着弾したらアウト。
だから相互破壊確証によって、核を使ったら同じダメージが自分にも降りかかるという「恐怖」を相手に抱かせればならぬ。
すれば、そもそも標的にされるはずもない。
核による「恐怖の均衡」が戦争回避の大原則。
少なくとも「負ける戦争」に巻き込まれずに済む。
それなくして戦争抑止は実践できない。

日本が核武装しておらず、攻撃しても反撃されないのなら核攻撃する誘惑を相手に与えてしまう。
半島の北もその後ろ盾の漢民族軍事国家も核武装国だ。
やるとなったら核武装していない日本に最初の一撃を加えるだろう。
北米軍事国家大統領側近の軍人達はこの際、日本は壊滅しても致し方ないと思っているかもしれない。
半島の北独裁国家に先制攻撃し、万一報復があったとしてもそれは今のところ日本が標的だろう。
北米本国は痛くもかゆくもない。在日米国人と在日米軍を性急に引き上げさせればあとは北と漢民族国家に好きにやらせればよい。
結果、北東アジアは漢民族軍事国家にくれてやる結果となるが、それでウインウインならば、まあ北米大統領も妥協せざるを得ないだろう。

「自分の国は自分で守る」
核搭載弾道弾を配備してこなかった日本にこの情勢下、生き残れる可能性は少ない。
この期に及んで、未だ1950年代の価値観で思考停止している対米追従世襲と原始宗教のような劣化紅衛兵の取っ組み合いで成り立っている日本の政に付き合っていたら滅びの階段を転げ落ちるだけ。
弾道弾に狙われているという時点で、この国は「負ける戦争」に突き進んでいる。
戦争を回避するならば核弾道弾を持てばいい。
思考的にいえば、半島北の独裁国のほうが余程マトモだ。
電話の一本や平和憲法の条文を見せれば、相手国の戦意が喪失するのなら、そう信じればよい。
「日本人は仏陀のように特別なフレンドなんだよ」と世界に知らしめればよいではないか。
幸い、エコノミックアニマルと呼称されていたのだ。
世界から「すごーい」と言われて特別扱いされるかもしれない。
だが日本は他の先進国同様、石油も買うし、食料も買う。貨幣を使って経済活動もする。どこにでもある俗な国だ。
戦争だけが特別免除されると信じているのは当の日本人だけだ。

「見守る人が犯人、どうやって子ども守れば…」(朝日新聞デジタル4月15日付)
「容疑者は保護者会の長」
南関東のどこかの県で起こった幼児誘拐殺人犯容疑者が「正義の味方」のはずの保護者の長だったことにマスコミは右往左往している。
「庶民の敵」とレッテルを貼ってきた「宮崎勤」予備軍の仕業というシナリオしか持ち合わせていなかったから、よもや「身内」の犯罪とは予想も付かず、どう報道してよいかも解らないらしい。
マスコミはいつものごとくレッテル張りに執心するしかないから、今度は保護者会が「庶民の敵」と祭り上げねばならぬところ、それは「自分の味方」なのでそれも出来ず、もはや自分で自分の頭を壁に打ち付けてもんどりうっている状態。
「見守り隊」を疑いの目で見るキャンペーンを敷くことも出来ず、これまでの誘拐報道が如何に偏向恣意に満ちていたかに思い知らされていることだろう。
そもそもレッテル張りが間違っているのであって、子供は親にだって殺される場合がある。だったら生まれた瞬間から子供は親から離れなければならぬが、そんなことは出来るわけがない。
すべてはマスコミの「人の不幸を飯の種にして犯人のレッテル張り」に執心した姿勢が悪い。それこそが罰せられるべきなのだ。
今度は「見守り隊」を飯の種にするのか、注視しておこう。
結局、保護者会すら「子供の敵」みたいなキャンペーンを始めざるを得なくなり、「子供は家から一歩も出ずに学校も教師とも接触を避けて引き篭もってじっとしていなさい!」とか言い出すのだろうか?
噴飯ものである。

こんなメディアが半島危機云々を伝えても、信用に足る情報は微塵もない。


遅かれ早かれ、この国は「負ける戦争」に引き込まれ、50年後を待たずに人口は5000万人を割り込むだろう。
生涯未婚率など、もはやどうでもよくなる。
ある快晴の日、頭上で核の閃光が輝くだろう。
それで、おしまいだ。
そういう運命だったのだ。
生き残るために何もしなかった国の末路は、いつも決まっている。

結局、新聞を読んだ日は憂鬱になるしかない。





晩秋の戯言

報道
11 /10 2016
気が付くと11月。
木枯らしが吹いて「寒さ」という感覚を体感しはじめた。
近年、「秋」がない。
9月過ぎてもだらだらと残暑が続き、秋はいつ来るのだと思っていたら突如として寒さに襲われる。
この極端な入れ替わりは、もしかすると気象がおかしくなったのではなくて単に己の代謝低下が原因かもしれない。
代謝が衰えると、すべての五感が鈍って環境変化に鈍感となり、暑さの次に遣ってくる「涼しさ」に対応しきれぬうちに寒さが来てしまうのだ。だから季節変化が極端に感じられてしまうだけなのかも知れぬ。
数多のものに鈍感となる。
歳をとるとはそういうものだ。

テレビやネットで北米大国大統領選挙の結果を知る。
メディアの予想を裏切ってかつての泡沫候補者が当選したという。
公職経験も軍歴もない、およそこの国の国是に相応しくない様な人物だそうな。

最近は「想定外」のことが多いという。
英国のEU離脱も予想外の出来事で、世はグローバイズムに終焉を告げ、時勢のベクトルが「内向き」に逆転しはじめたという。
今回の選挙もこの国が支配するエスタブリッシュメント(既得権層)に虐げられていた国民の鬱積を掬い上げた結果とか何とか。
本当かどうかは知らない。

この次期大統領は日本に対して安全保障負担は重荷だから手を切りたい、と選挙中は発言していたらしいそうな。
当選後、日本の宰相はそんな発言を知らなかったのごとく「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺ぎ無い同盟」とコメントしたと新聞に載っていた。
同盟に「普遍的価値観」なんてあるのかも知らない。
でもかつて第一次世界大戦時に結ばれていた「日英同盟」はどこぞへ消えてしまった記憶があるが、あれにはそういう「価値観」はなかったのか?。
いずれにしろ、かの国が日本列島を「不沈空母」として重宝していた冷戦時代はとうの昔に霧散していることだけは確か。

実際、この次期大統領が、本当に日米同盟を返上したいのかは、今のところ誰にも解らない。
ただこの状況を鑑みて己の権益を拡大しようと虎視眈々と狙う中国にとっては千載一遇のチャンスかもしれない。
北米大国の次期大統領が「内向き」であれば、己の国益に反しない限り、中国の軍事的冒険にも目をつぶって傍観してくれる可能性が大きい。
中国にとってこの混乱の機に乗じて、南シナ海、東シナ海、果ては太平洋西半分の権益を実力で奪取するまたとない好機。
中国がそんなことをするはずがないか?
否。
英国のEU離脱、今回の米大統領選だって「まさかの想定外」だったのだから、中国の電撃的海洋軍事攻勢だってあってもおかしくはなかろう。
米国追随しか選択肢がない日本の外交安全保障にとって、このような中国の軍事的冒険に抗する手立ては、ない。
指をくわえて為すがままに、尖閣諸島や沖縄を中国に持っていかれるだけだ。

そういえば、この次期大統領は「日本、韓国の核武装は容認する」とかなんとかも言っていたような。
これまた、どこまで本気なのかは解らない。
但し、韓国世論は、この機に核武装すべしという機運は高まっているという。
日本はこの期に及んでも「平和憲法」を信奉し、形骸化しはじめている日米安保を妄信して「核」なしで、中国の軍事力による現状変更に対処していくつもりのように覗える。
日本の行政府がどういう選択肢を鑑みているのかも知らない。
だが確実にいえる事は、賢明な未来ビジョンを推し示す事ができる指導者がこの国にいるとは、とても思えない。

今回の大統領選で露呈したのは既存メディアが伝える世論と選挙結果が食い違っていたこと。
多くの者は既存メディアが「真実」を伝えていないことに以前から薄々気づいていた。
しかしまさか本当にそうだったとは些かびっくりもする。
日本の既存メディアも似たようなもの。

その既存メディアによれば、これまで戦後一貫「日本は唯一の被爆国で国民は誰も核武装を望んでいない」と一般的に評している。
その根拠は知らない。おそらくそういっておくことが、誰かにとって一番都合が良いのだろう。
もし、今、国民投票か何かで日本の核武装の是非を問うた時、日本の既存メディアはこうコメントするだろうことは想像に難くない。
「国民は絶対的に核武装を選択するなんてありえない。そんな主張をするのは偏狭な保守主義者だけ」だけだと。
仮に投票結果が「核武装容認」と出たならば、既存メディアは何とするのだろう?
今回の大統領選挙みたいにあたふたするのか?
だがおそらく、この国でそんな国民投票はなされないだろうし、そんな「想定外」な結果も出ないだろう。
なぜなら日本は、英国や米国と違う。
日本は第二次世界大戦に敗北した「旧敵国」であって、核武装を許容する「世論」など「存在しない」ことにされているからだ。
既存メディアは、確かに「真実」を語らない。
誰かに「操作」され、誰かの都合によって嘘もつく。
そして、中国はまんまと尖閣と沖縄を手中にする。

北米大国はもう「世界の警察官」は辞めるのだろう。
遅かれ早かれ、自分の国を守るだけで精一杯となることだけは想像に難くない。
日本は「用心棒」を失う。
だからといって自分で己を守る気概もお金も武器も世論もないことにして「誰も攻めて来ない」という希望的観測のみに縋る国になる可能性が高い。
それはそれでよいのかもしれない。
世界に情勢に身を委ねて「為されるがまま」という生き方も一興だろう。

NHKテレビの大河ドラマ『真田丸』を何となく観ている。
そろそろ佳境だ。
大阪城に集いし血気盛んな牢人と守旧既得権にしがみつく豊臣家の確執構図が、どこかで見た光景に似る。
有能な武士は捨て駒にされ、既得権者は生き残りのために敵対勢力にすら擦り寄る。
いつの時代にも、損をするのは踊らされた「正直者」である。

今回の北米大国次期大統領も、結局巡り巡ってエスタブリッシュメントの御輿に担ぎ上げられ、彼らの代弁者に墜ちるかも知れない。中産階級の白人労働者は今よりも厳しい辛酸を舐めさせられるやもしれぬ。

実際どうなるかはわからない。
どこかで核爆弾が落ちて、一般市民は皆、壊滅し、ほんの一握りのエスタブリッシュメントだけが地下深いシェルターでひっそり生き残る未来が来るかもしれない。
そんなシェルターの中で、唯一の娯楽は次期大統領の理想郷を語る演説。
こんな滑稽かつ絶望的な時代が近づいて来る気がしてならない。

今年の冬はどの位寒くなるのだろう。





 

「痴漢撲滅ポスター」と俗人首長吊し上げ

報道
06 /15 2016
気がつくと6月も半ばに差し掛かっている。
気まぐれに徒然なるままに未だ『徳川夢声戦争日記』を読み続けている。
1945年5月のところまで読み進んだ。
夢声曰く、B29帝都来襲の際に繰り広げられる防空戦の「美しさ」に、これを見物料と思ったら家を焼かれても致し方なかろうと。
どこか感覚が狂っていたのだろう。
しかし戦争の悲惨さより、その「美しい情景」を嗜んでいる様子もまた「真実」だったのだ。
自分の家を焼かれる恐怖があったに違いないが、もうここに至ってはどうでもいい。
望む望まぬに拘わらず、戦争というものは恐らくすべての価値観を一変させてしまう力がある。
帝都の焼け野原に萌える新緑も「美しかった」らしい。

駅でよく見る「痴漢撲滅ポスター」。
コミック風に構成されているやつだ。
あれを観る度に「美人局」を連想させるのはなぜだろう。
そして最近は、マスコミが拠って集って叩いている首都の現役首長を連想させる。
周りの者を煽って一人の人間を徹底的に潰そうとする様。
これを「村八分」とか「いじめ」とか言うのだろう。
散々、己自身がそれに対する撲滅キャンペーンを謳っておきながら、自ら全国レベルで「いじめ」「村八分」を展開するという滑稽さは類を見ない。
自覚がないのか?それとも自覚があってやっているのかは知らない。
記者会見で泣き喚いた地方議員、オリンピックエンブレムデザイン盗用疑惑のデザイナー、そして今回の公金使い込み疑惑首長。
探せばまだまだ枚挙に厭わないだろう。
メディアスクラムとか「おぼれた犬は叩け」とか、まあ残酷なものである。

所詮皆、俗人なのである。
この国のほぼ100パーセントは俗人で構成されている。
俗人による俗人のための俗人の国がこの日本だ。
聖人君子などどこにもいない。
にも拘らず、俗人中の俗人である「議員家業」と「マスコミ家業」が、事もあろうに聖人君子面して俗人を裁こうとしている。
これほどの欺瞞を平然と「正義」と語っていじめ行為に奔走している様は恐怖にしか写らない。

昔、小学5年生の頃だったか、クラスでいじめ行為があった。
公園の一角でいじめ対象者を拠って集って突き上げる行為は昨今のテレビとそっくりだ。
もっともらしい理由をつけ、コメンテーターなる「良識者」がのたまう台詞は、いじめに加担した当時のクラスメートと言い様が瓜二つ。
程度の差はあれど、公金をプライベートに流用するなど、マスコミや議員家業に携わっている者としたら専売特許ではないか。
だが、自分のことは棚に置き、国政選挙が近づくやいなや、己の議席を確保するためには取り合えずスケープゴートを作っておかねばと誰かが頭を捻って妙案を考え付いたのだろう。
挙句、この乱痴気騒ぎだ。
選挙を控える議員業者にとって「正義」「潔癖」を装うのも選挙7つ道具の一つ。
マスコミ業者と一緒になって与党も野党も首都の現役首長を「悪党の象徴」とつるし上げ、糾弾し、テレビで「正義」を打ち始める。
まさに己の権利欲丸出しの俗人中の俗人が為せる行為であって、それとこの俗人首長の為したことと、如何程の違いがあるというのか?
いや、どこにもない。
議員商としての既得権と首長としての既得権。
目くそ鼻くそを嗤う。

俗人は俗人と認め、俗人らしく泥水に浸って身の程を悟り、おとなしく俗人として俗にまみれていればいいのに、俗人が微塵も持ち合わせていない「正義」「誠実」を言い出し始めた瞬間から不幸が始まる。
この日本に「正義」を謳える聖人君子はどこにもいない。
いるのは「聖人君子」を装った狡猾な俗人策士だ。
そんな策士に唆されて加勢に走る愚かな人間もこの国には多い。「村八分」が専売特許のお国柄だ。
そして、今こうして首長を叩いている俗人議員業者が国政に携わっている事実。
中国も笑って領海侵犯出来る訳だ。

このまま首長が辞任し選挙になると、4年後、東京オリンピック真っ盛りにまた都知事選挙をしなければならない。
オリンピック招致、オリンピック旗引継ぎ、そしてオリンピック開催当日、すべて違う人物が都知事の席に座ることになる。
一貫した責任者も指導的役割を担う者も現れない。
長期的視野を失い、ただ目先の既得権に翻弄されるだけの愚衆が蠢いているだけの国、日本。

だがそれがお似合いなのだろう。
そもそも首長に「清廉潔白」「誠実」「正義」など求めたところで、ろくなことにはならない。
そういう人間に限って人から自由を奪う。
公金を私的流用しないからといって、その人物がまともだとは必ずしも言えない。
清廉潔白で「飲む打つ買う」にも関心なく、お金にも綺麗な絵に描いたような誠実者が当選したとしよう。
だが顔の皮一枚はがせば己の思想信条に逆らうものに対して異様な憎悪を滾らせる潔癖症だったらどうする。
俗欲に関心のない人間に限って屈折した異常者も多いものだ。
公金に手を出さない代わりに焚書や都民監視、弾圧、収容所建設に予算を投入することに異様な情熱を傾ける人間だったら。
偏った思想信条だったり、バックボーンが怪しげだったりしたら。
今回もそんな胡散臭い候補が蠢いていそうだ。
それこそ、都民にとっては災難だ。

駅の痴漢ポスターに描かれた「痴漢だ!」と叫んでいる人物が、この世で最も疑うべき存在だ。
それに唆されて便乗したらひどい目に合う。
俗人都民には俗人首長がお似合いなのだということは肝に命じておいたほうがよい。

「青い地球は誰のもの?」

報道
06 /09 2016
気がつくと季節は入梅。
次第に空気が暑さと湿気を運んでくる。
先日、冨田勲の追悼番組をラジオで聴く。
数年前に放送された対談の再録ではあったが興味深かった。
その中で『70年代われらの世界』が話題に上った。
己の世代にとって「70年代」という響きは、ワクワクする事がたくさん待っている「科学が保障する希望の世紀」だった。
テレビから流れる『70年代われらの世界』のテーマソングはこう唄う。
「青い地球は誰のもの?」
繰り返しの合唱の中、アポロ8号が映したと思われる地球の画像をバックに子供たちがかけていく。

この番組のメインテーマは「文明批判」。
公害とか人口問題等が記憶に残る。
経済大国日本が極東の雄として欧米とガップリ四つで釈迦利器に渡り合えた時代。
自我が芽生え始めた小学校高学年から中学生に至る当時の己の脳裏に「文明の闇」と「批判精神」を植えつけた番組でもあった。
「青い地球は誰のもの?」
そう、当時はそれを未来を育む子供たちに向けて謳ったのだ。
その頃の子供たちはもはや60近い。

同盟国の大統領なる者が先月、最初に原爆投下された都市を訪れたそうだ。
「核廃絶」を謳いあげたところで、その手には核ミサイル発射指令装置が握られている矛盾。
日本の宰相がその「お礼」に近々真珠湾を参拝するそうだ。
これで思い出したのが、東京大空襲で非戦闘員を10万人のオーダーで殺害したカーチス・ルメイに、戦後、日本政府が大層な勲章を授与した件。
これも、たしか真珠湾攻撃を立案した当時の帝國海軍将官が、戦後国会議員になった際、アメリカから勲章をもらったのでそのバランスを取るためだったとか。
核廃絶等というお題目は、最初からどうでもよかったのである。

米国にとって核は日本を無条件降伏させた最大の功績者だ。
すべての核保有国はそれを知っている。
だから核で武装する。
それを止める意思などどこにもないのにも拘わらず、念仏のように「核廃絶」を謳うのは文明に対する怠慢以外のなにものでもない。

「青い地球は核保有国のもの」
これは疑いのない事実である。
核を持たない国に地球文明のイニシャティブは掴めない。
もし、日本が本気で「核廃絶」云々を実践するつもりならば核を凌駕するパワーを保持しなければならぬ。
『風の谷のナウシカ』に出てきた巨神兵を創出し、「調停者オーマ」として全世界を武装解除へ導かせる。
「調停者オーマ」のみが核廃絶の実践者。
そしてこれが唯一の、真の「憲法第9条」実践へと繋がる。
「調停者オーマ」がプロトン光線で南沙諸島の一つ二つ消し飛ばせば、誰もが彼に従うだろう。
だが、日本人の誰一人、巨神兵創出に向かって前進しようともしない。
「護憲論者」も「改憲論者」も机上の空論で無駄に時を重ね、何一つ実りのない「念仏」を繰り返すだけ。
そのような「念仏」は単なる自己欺瞞に過ぎない。
そんな国はいつまでも核保有国に翻弄され続ければよい。

どこかで、日本の報道自由度ランキングが72位だとか耳にした。
どこの誰がそんな順位を決めたかは知らない。
「自由」の度合いはさておいても「痴呆度」はかなりのものである。
日本の生命線である南シナ海がまもなく中国によって完全封鎖される状況が迫っているにも拘らず、その国家的危機情報を放置し、俗人の首長をつるし上げる事に血眼になっているマスコミが重度の痴呆であることは論を待たない。
公金横領とか騒いでいるが、歴代の首長は桁違いに使い込んでいたそうな。みんなやっていたことなのである。
要するにこれはただの口実で何処かの誰かが国政選挙も近いから、目障りな首長を陥れて取り合えず、国民の目を逸らそうと、まあそんな按配だろう。あのオリンピックエンブレム騒ぎと同じ。
それに踊らされる国民もまた哀れ。
かつての総力戦で海上封鎖され、飢餓列島と化した歴史的事実を省みず、南沙諸島の案件は中国とアメリカの諍いと他人事のように扱うマスコミの姿勢は国民に対する背信行為と同等だ。

中国は近年、南シナ海中央部を覆う「九段線」を持ち出して、その海域の全ての島々の領有権を含む独占的な権利を主張している。
南沙諸島のファイアリー礁、西沙諸島のウッディー島、そしてフィリピン西方沖のスカボロー礁を結ぶ三角点に強力な航空兵力を有する基地を確立させれば、南シナ海は完全に中国の実効支配権に落ちる。
ここが如何なる海域であるかは論を待たない。
即ち、日本の生命線である中東からの石油タンカー、戦略物資輸送の要のシーレーンであることは誰の目にも理解できよう。
ここが中国に抑えられれば、もはや日本に独立と自由は存在しない。
中国は「反日」で成り立っている国だ。この南シナ海支配が完成した暁に最も優先される作戦は決まっている。
日本に対する海上封鎖だ。
もはや、アメリカは日本の味方ではない。
アメリカは中国と利害が一致すれば、日本など眼中にない。あっという間に見捨てる。
中国は太平洋の西半分が欲しいと兼ねてから渇望している。アメリカにとって太平洋の東半分さえ保障されれば、別段南シナ海などどうでもよいのである。所詮極東の端っこの海だ。固執してまでアメリカが支配しなければならない海域でもない。
実際、米中は中日とは違い、首脳同士足繁く会っているし、交易面では相互依存が高まっている。
その気になれば太平洋を仲良く分け合う事だって辞さないだろう。
一方、日本にとって南シナ海は紛れもない生命線だ。ここが敵性国に抑えられれば完全に壊滅する。
70数年前の戦争がそれを証明している。そして中国は日本を滅ぼすことが国是な国なのだ。
かつて侵略された復讐を必ずや晴らそうと虎視眈々なのである。
だからこそ、中国の南沙諸島実効支配は日本存亡に拘わる戦後最大級の外交軍事事案。
彼らは歌う。
「青い南沙諸島は中国のもの」
「やがて日本も中国のもの」
その歌声に耳を貸そうともせず、下らない俗人首長のドタバタ劇に執心するマスコミの様は噴飯を超えて、国民に糞尿を巻き散らしているようなもの。
やがてアメリカに捨てられ、南シナ海を中国に支配され、最後通牒を突きつけられて、その時になって「欲しがりません。勝つまでは」とか叫び始めるのつもりか。
マスコミはいつの時代もこの調子だ。そして国民は欺かれ、ひどい目に合うのである。

先日、駅前を歩いていたら不動産販売の男が道行く人に「土地を買わないか」と片っ端から声をかけていた。
ああ、この国は気が狂い始めたと思った。
生活保護163万人。超少子高齢化に悲観的未婚率。いつ来るかもしれぬ大地震。
かつて栄華を誇った日本の家電メーカーは今や見る影もない。すでに日本の非正規雇用労働者は成長著しいアジアの所得水準を下回っているそうだ。大挙して訪れている外国人観光客のほうが裕福なのである。
要するに日本はもはや先進国から転げ落ちたのだ。
そんな国に住む庶民に億単位の都心の土地を飛び込みセールスする狂気。
完全にバランスが崩壊している。
もうおしまいだ。
この国は遅かれ早かれ、3発目の原爆を落とされ、隣の国の軍門に降るのは必至だ。

「青い地球は誰のもの?」
かつて子供たちに語りかけた希望の歌はもう聞こえない。
絶望が徘徊するだけのこの国に、もう青い地球を語る資格もない。
もはや希望を繋ぐ次世代はいないのだから。

この現状を覆せるのは「調停者オーマ」だけ。
広島オーマ16050色








あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/