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「プレミアム商品券」と自動車会社雇われ外国人店長漫遊記のこと

報道
01 /09 2020
今年は年始ダッシュを計るべく、様々な計画を練る日々。
既刊コミックスと同人誌の電子書籍化は喫緊の問題であって躊躇なく遂行すべし。
また自費出版においても、趣味領域に限定するのではなく、将来商業化の礎となるような企画も模索。

「プレミアム商品券」
気がついたら申請締め切りを過ぎていた。
最大5000円割引可能な商品券だったが、地元の小規模個人経営店舗しか使えないと思い込み、それではあまり意味がないと放置していた。
締め切り過ぎた後、改めて登録店舗をチェックしてみると地元にある大手スーパーやコンビニ、チェーン店での買い物も有効とあるではないか。
地元スーパーでの食品調達は常であるので、それなら商品券は期間内に使い切るほど需要はあった。
5000円分は大きい。冷凍食品なら1ヶ月分以上確保出来よう。
メディアのネガティブな報道や情報ばかりに振り回されて、実際の現状を見誤る。
以前も似たような還元企画を放置して特典を行使出来なかった事がある。
同じ失敗を何回も繰り返す愚。
いや、解っていても締め切り過ぎる前は、大した価値はないと思い込むのである。
使えなくなって初めて惜しいという意思が擡げてくるのだ。
だから、申請時期がまだ先だとしたら、今尚結局申し込まないまま放置し続けるのは想像に難くない。
相変わらず「気付いたときには遅すぎる」のだ。

あの雇われ外国人店長は、15億円の保釈金を溝に捨てても平気。
一方、こちらは5000円に後悔する身だ。
結局これも「貧すれば鈍す」である。

その自動車会社雇われ外国人店長が逃亡先の故郷で日本のメディアを排除して記者会見したとか。
日本の前世紀的司法制度を酷評。
イエローモンキーの野蛮な国で裁かれるなど耐え難い。やはりアングロサクソン白豪主義の国でないと「正義」は行使出来ないのだと。
まあ、白人富豪にとっては常識的な正論なのだろう。
イエローモンキーには文明を理解できない。そんな知能が低い土人の国からエスケープすることは当然だし、その逃避行はハリウッド映画並み英雄劇として讃えられるべきだと。
まあ、確かに言い得て妙ではある。
戦後、GHQの下級士官が適当に数日で書いた憲法草案を鵜呑みにして出来上がった憲法9条を、御神体のごとく崇め奉っている様は確かに文明人のすることではない。
雇われ店長から未開の土人、野蛮人扱いされるのももっともではある。
いくら反論したとて、馬鹿にされるだけの素養しかないのだから止むを得まい。

北米軍事強国と中東のイスラム国の一つが対立して一触即発だとか。
一部には「第三次世界大戦」の危機とか流れてはいるが、1970年代と比べてあまり本気度が感じられない。
北米の統領は、ドローン暗殺を単に次期選挙で己を有利にするための宣伝にしか考えていないし、中東イスラム国も革命時の熱気には程遠い。
両方とも本気で戦争する気なんざない。
結局のところ当事者からしたらマネーゲームの余興。石油価格操作の出汁程度の戯言レベルでやっているのだろう。
そんな深い洞察なしで「戦争反対」とか馬鹿の一つ覚えに叫んだところで、富豪や権力者達からは失笑を買うだけ。
日本は中東の石油権益なしには生き残れないのだから、自衛隊艦艇派遣どころかホルムズ海峡を日本の領土に編入する位の戦略が必要なのにそんな声はどこからも聞こえず、相変わらず馬鹿の一つ覚えで「戦争に巻き込まれないために何もするな」の大合唱。
だからあの雇われ外国人店長から未開人扱いされるのである。
テレビ東京だけ記者会見許可を許されたのは、ひょっとすると生身の日本人よりもポケモン「ピカチュウ」のほうがより進化して理解力があるからとの判断なのかもしれない。
こうなったらテレ東がポケモン「社長漫遊記」でバーチャル森繁久彌を作って、日産の次期社長の座に就けばよろし。そうすればあの雇われ外国人店長もニコニコしながら日本に戻ってくるかもしれない。

これで万事解決だ。



還暦初妄言

報道
01 /05 2020
謹賀新年。
遅ればせながら今年もよろしくお願いいたします。
2020年賀版下aa

2020年も明けて、還暦後初の新年。
ここ数年、単発的なイラスト受注がメインな仕事になり、思えば暫く商業漫画誌での定期的な漫画作品執筆がない。
一応肩書きは漫画家なのでどこかで定期的連載を持つのが理想ではある。
しかし昨今の雑誌事情を鑑みると、自分のような奇特な作品を掲載出来るような商業漫画誌はもはや見当たらず。
自分なりにいろいろ探ってはいるが、人脈も薄く、無闇に持込をしたとしても限りなく可能性は低い。
ただ、様々なアプローチは続けていかねばならない。
還暦を越えて、心身共にモチベーションを維持するかは、やはり如何に「必要とされるか」に掛かっている。
その部分から突破口を探るしかない。
常にイラスト、マンガ問わず作品受注の窓口は開放中。
気兼ねなくご一報を。

大晦日、「紅白歌合戦」をラジオでBGMとして聞いていた。
かつては「紅白」辞退がステータスだったはずのニューミュージック系のシンガーソングライターがポリシーをかなぐり捨てて、紅白に出場していた。
奇妙にも昭和34年生まれの自分に聞き覚えのある曲を多く耳にする。
紅白対戦という意義も薄れて、ただみんな仲良く沈みゆく「泥船」に必死につかまっているかのごとき様相。
視聴率も低下して、これでは紅白というより「白黒終活お悔やみ合戦」だ。
やがて歌手もスタッフも視聴者も時代にダンシャリされて墓の中。

年越しにNHK第一ラジオに合わせたが、なんと「行く年来る年」を放送していない。
通常の「ラジオ深夜便」。その上、カウントダウンも除夜の鐘もなし。
普通に電話インタビュー中に零時が過ぎていく。
ここまで年越しの雰囲気を否定して何がしたいのか?
昭和から平成にかけての必須番組であった「行く年来る年」をあっさりと捨ててしまう理由が知らない。
キチガイクレーマーから「ラジオから除夜の鐘が流れてうるさい」という抗議を真に受けて中止にしたのか?
あるいは「働き方改革」なるキャンペーンに乗って深夜生中継は止めにしたのか?
結局、「働き方改革」など体のよいリストラみたいなもの。
クリエイティブな世界にまで浸透したら、もう終わりである。

報道によると2021年に90万人下回ると予想されていた日本の出生数が、2年前倒しで90万人割れとなる見込みが濃厚となったという。
今更ながらの報道にもはや笑いすら漏れない。
四六時中、結婚出産に関してネガティブな情報しか流さず、挙句の果ては「子供部屋おじさん」が悪いというフェミファシストの代弁ばかりするマスコミが何を言うか。
すべては「案ずるより産むが易し」だ。
産む前に障害物のような瓦礫を並べ立て、出産の意志を削ぐことばかりに終始する愚者を一掃し、出産こそがすべての幸せの礎となる世論を構築すればこの不安の闇は一夜にして晴れ渡る。
収入とか、環境とか、そんなものは関係がない。
悪意に満ちた欺瞞こそが超少子化の原因であることは火を見るより明らかだ。
子供のいない未婚独身者はいずれはもれなく「いらない人間」、「社会のお荷物」として厄介者扱いされる。
老老介護の末、惨めな人生の最後を遂げなくてはいけない。
その恐怖から逃れるためにも、子供は創らねばならない。
既婚だろうが、未婚だろうが、重婚だろうが、未成年者婚だろうがそんなそんなものは関係ない。
ただただ産む事に喜びを感じる社会にするだけでよい。
40歳以上の独身絶望男性でも相思相愛であれば10歳程度の少女と結婚出来る社会こそが求められる。
すべてはそれで解決する。

どこかの「ひきこもり」が官僚の父親に殺された事件。
結局、下手人の父親は「保釈」という形で無罪放免。
如何に独身絶望男性ニートの命が軽いかを物語る事象だった。
これでは家畜以下である。
同じ被疑者でも絶望独身男性が下手人の場合は例え微罪な痴漢でも社会的に抹殺される重罪を背負わさられるのに、逆の立場だと殺されても無罪となる。
こんな理不尽がまかり通るこの国の不正を打ち破るには、やはり子供を作るしかない。
子供はすべての免罪符となる。
水戸黄門の印籠と同じ。
「この少子化に子供を設けた者に対する狼藉とは許せぬ!」と示せば、すべてが許される。
だからこそ、惨めな独身を捨てて子供を作る努力をしなければならない。
この日本では独身絶望ニートは溝鼠以下の害獣程度の存在でしかないことを思い知るべきなのだ。
苦渋の迫害を受けたくなければ子供を作れ。
これがフェミファシストに対する最大の武器となろう。

保釈中の某元自動車会社外国人雇われ店長に海外逃亡されたニュースも香ばしい。
日本の「前時代的司法制度」に加え、今度は出入国審査の甘さに世界から失笑を買う始末。
痴漢程度の微罪で世間に名前と顔を晒されて人生終わらせられるニート独身男性で溢れる一方で、その何万倍もの「不幸」を作り出した「富豪」にはあっさり海外逃亡を許すなど、なるほど日本の司法行政制度は出鱈目であることは証明された。
テロリストもニッコリだ。
そういう意味ではこの雇われ外国人店長の存在は有意義だったかもしれぬ。
中東からどんどんこの糞な日本司法行政マスコミを罵倒して頂きたいものだ。

安全保障に関しても相変わらず「初笑い」させられる。
尖閣諸島は中共の公船に領海侵犯され、北方領土も戻る気配はない。
いや、戻る筈などなかろう。
領土など武力で分捕った者の勝ち。
これが「世界の常識」であって「日本の常識」など世界では通用しない。
念仏を唱えていれば禍が去るみたいな世迷言でしかない憲法9条をこの期に及んで有り難がっているうちは何も変らない。
ドローンから一発ミサイルでも打ち込まれれば一巻の終わり。
六法全書でミサイルが防げるか。
気がつけば日本列島が別の国の国旗で埋め尽くされるだけだ。

昨年の「京アニ」放火殺人は今にして思うと恐ろしいほどのジェノサイドであった。
奇妙に類似する事件として1985年の日航機墜落を髣髴とさせる。
あの「事故」で優秀な日本製造メーカーの技術者が多数「殺害」された。
これを機に日本は凋落の道を一気に転げ落ちていく。
あの事故を偶発的な事象と見る者はいない。明らかに意図的な陰謀暗殺計画であることは公然の秘密だった。
同じく2019年京アニ放火「事件」は、日本のコンテンツ産業壊滅を狙った策謀であることは火を見るよりも明らか。
たとえあのキチガイ容疑者がスタジオを逆恨みしたとしても、体よくガソリンを入手し、スタジオまで辿り着き、あっさり侵入まで許し、更に大多数の有能なクリエーターが揃っている時間帯に一点集中で一気に殺害するほどのタイミングで放火出来るなどとても考えられない。
人生失敗続きのキチガイ妄想男がこの「放火」に関してだけはまるで精密機械のように特殊部隊並みの効率で一気に多人数を一瞬にして殺害するというミッションを完遂出来るなどありえない。
どう考えても背後で「プロ」が糸をひいていると考えたほうが合理的だ。
さらに秋葉原献血ルームのポスターに難癖をつけたフェミファシストによって、萌え系のビジョンを街中から一掃しようとする策動や、「ガイナックス」に纏わる事件報道等も、この京アニ「事件」陰謀とリンクしていると考えたほうがよい。
将来の日本基幹産業に成長しうるコンテンツ人材と環境を根底から破壊しようとする勢力が2020年も確実にこの国を蝕みつつあることを知るべきだ。

紅白歌合戦が「白黒終活お悔やみ合戦」に変わり、そしてやがてベテルギウス超新星爆発のように消えてなくなりつつある日本。
いや、そんな輝かしい最期もなく、このままではただ線香が潰えるごとく、誰にも気が付かれずに野たれ死ぬだけ。
令和に生きるとはそういうことなのだ。
儚きかな日本。



関西地方の忌まわしき「事件」

報道
07 /18 2019
相変わらず梅雨空続く東京。
コミケ新刊オリジナル新作原稿執筆も続く。締め切りまで2週間ちょっと。
此処からが正念場。

夕方、テレビをつけると、なにやら只ならぬニュースが流れている。
関西にある著名なアニメーションスタジオが「放火」され、尋常ならざる犠牲者が出ているとか。
現時点ではまだ「事件」発生から半日も経過しておらず、詳細は知らない。
報道やネットで流れてくる情報も断片的で、どれが事実かも定かでない。
妙に抑制的報道になっていることも気になるが。
しかし、この事象の原因が何であれ、日本のコンテンツ産業の中核に位置する「現場」が完全に破壊されたという事実に驚愕する。
あの「作品」を送り出したスタジオが灰燼に帰すとは俄かには信じがたい。
恰もミッドウェー海戦で虎の子の日本帝国海軍空母機動部隊の中核が撃沈されたのごとくの衝撃。
なぜ、このタイミングで、この場所なのか?
現時点での情報に基づく「憶測」によれば、「放火容疑者」は40代男性。
このスタジオの従業員でも、元従業員でもないらしい。
「容疑者」が叫んでいた内容から推測するに、このスタジオで製作された作品を観た結果、何らかの妄想に駆られた挙句、ガソリンをまいて火をつけたと考えられなくもない。
これまでもアニメ、コミック界隈のイベント等でそういった「放火騒ぎ」というのは存在した。
コミケットでも確か開場前にペットボトルに可燃物を仕掛けた輩が捕まったという事件の記憶がある。
個人レベルを含めればこのような妄想狂気沙汰は枚挙に暇がないと聞く。
だから、今回の事件もその類なのかもしれない。

だが、ここまで大規模で、尚且つ国政選挙中で、更に新海誠監督作品新作封切前日というタイミングがなんとも引っかかる。
へたをすると犠牲者は放火事件史上最悪になるかもしれない。
これだけの優秀な人材を一挙に失う事は、日本アニメーション製作現場においても大損失だし、日本のコンテンツ産業からしても打撃は大きい。
果たして「個人レベル」でここまで犠牲者を生じる「放火」が可能なのだろうか?
憶測の域は出ないが、この「放火容疑者」は単なる鉄砲玉で、日本の基幹産業になりうるコンテンツの現場に打撃を与えたい内外勢力のテロ攻撃の可能性も捨てきれない。
「容疑者」が現場で叫んでいた内容はそれを偽装するために仕組まれたのかも知れぬ。
まだ事実確認されていないようだが、「容疑者」には刺青があったという。
アニメに妄想を抱くほどの内向的男性が刺青を入れる可能性は極めて低い。
今後、どのような「事実」が解明されていくかは解らない。
結局、真相は闇に葬られる可能性も否定できない。
いずれにしろ、今回の「放火」事件は、かつての連続幼女誘拐殺人、秋葉原無差別殺人に次ぐ日本コンテンツ分野に対してのネガティブな重大事件として記憶に残っていくことは想像に難くない。
この産業に少なからず生業として関わっている者としては、この「事件」を利用して「攻撃」してくる敵対勢力に対し、常に警戒と反撃能力を保持しておかねばならないだろう。

今回の「禍」に際して犠牲となったクリエーター諸氏に謹んでお悔やみ申し上げる。

梅雨の妄言

報道
07 /09 2019
梅雨。
このシーズンはずっとコミケット頒布用自費出版作品原稿執筆期間となって久しい。
今年の梅雨は中休みもなく、雨天が続く。

作画中、BGMとして10年近く前のラジオ番組を録音したカセットテープを聞いている。
その中におしゃれテレビというグループの「恋のテロリストNO.1」というのが入っていた。
1986年頃の曲で、当時としては先進的な打ち込み楽曲。
「三里塚」とか「パレスチナ」とか「原爆」とか、いまでは到底商業ベースでは発売できそうにない歌詞をアイドル少女風に歌い上げるコンセプトが香ばしい。
当時、テロリストは「こっち側」の存在だった。
今思えば、バブル前の日本は自由で精神的豊かさがあった。


新海誠監督の新作が7月19日に封切りだそうだ。

予告編を観たが、いつもながら他人に思えない。新宿高層ビル群に日差しが一気に差し込むビジョンは自分が10代後半にイメージしたそれと寸分も変わらない。
『快晴旅団』の書き下ろし「風の神話」にそのイメージがある。
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果たして本編はどんな話になるのか恐ろしくもある。

アニメ新作といえば『エヴァンゲリオン』の続編も来年完成予定で、冒頭10分間程度が公開されたとか。
ちらっとネットで観たが、『ナディア』の終盤、パリ上空で発掘戦艦とレッドノアが戦闘したシーンのオマージュにも感じる。
しかし自分が傾倒した『エヴァ』とはもはや別物。

TVシリーズ初放映時はオウム真理教事件とリンクした世紀末的絶望感が庵野秀明世代とシンクロして異様なるレボリューションを醸し出した。
その依り代たる御神体が『エヴァ』であったのだ。
正に日本凋落の始まりを象徴させるレクイエムとして『エヴァ』は民の記憶に深く刻まれた。
しかし、今作られている『エヴァ』は時代とのシンクロという観点からは、何ら意義を垣間見ることが出来ない。
安っぽいフェミニズムとアドビ・イラストレーターと聞き分けがつかないピンクメガネ女子が「使徒もどき」相手に暴れているだけのロボットプロレスアニメに堕ちた。
『エヴァ」はリアル精神ワールドとシンクロさせてこそ『エヴァ』なのだ。
現実とリンクした人類補完計画が描かれない『エヴァ』など存在価値はない。
その『エヴァ』を再びこの絶望日本とリンクさせるためには、碇シンジを昨年処刑されたオウム真理教13人の殉教者に見立て、イエス・キリストの復活劇と同様な福音書として描かなければならない。
庵野秀明氏にそれが貫徹出来るかが勝負どころだろう。

今春の朝のNHK連続ドラマシリーズは、何やら昭和40年代の東映動画長編漫画映画に参加した女性アニメーターが主人公らしい。
時たまタイミングが合うときだけにしか観ていないが、その限りにおいては主人公のアニメーターとしての活動と、その背景としての生い立ちがまったくリンクしておらず、全然別の物語に思える。
戦後の動乱期に命からがら北海道に逃れて酪農家に育てられてきた事と、本人がアニメーターを目指す事との整合性が見出せない。
せっかく東映動画黎明期という、興味深い設定があるのにも拘わらず、これでは台無しだ。
時代の雰囲気もリアリティーが欠けている。
昭和40年代頃のアニメ製作現場は、もっと殺伐としていてタバコの煙が朦朦と漂う中、取っ組み合いの激論を交わし、猛々しい男達が「安保反対!」とか「ベトナム人民と共に闘うぞ!」とか政治とリンクした闘争に明け暮れつつ、アニメ製作に邁進する状況を描かねばならない。
特に宮崎駿がモデルとして登場するようだから労働争議でジグザグデモやシュプレヒコールシーンは必須である。
にも拘らず、なんだか気の抜けたソーダのような軟弱な現場しか出てこず、拍子抜けだ。
だいたい、酪農という肉体労働で明け暮れる場に居る少女がアニメーターなど目指す精神的環境が生まれるだろうか?
一応史実に基づいた話らしいがどうにもリアリズムに程遠い。
過去の連続ドラマでコミュニティーFMを舞台にした話があったが、これも安比奈線という絶妙なアイテムがあったにも拘らず、馬鹿馬鹿しい荒唐無稽な演出で稀有な素材を台無しにしたケースと同じ。
それに比べ、夕方再放送中の『ゲゲゲの女房』は漫画家の実生活を描く話としてはバランスがよかった。
いずれにせよ、主人公にフェミニズムバイアスをかけた時点でダメになることだけは確かだ。

この7月から日本の商業捕鯨が再開とか。
小笠原辺りのホウェールウォッチングも鯨屠殺の場と化すのか?
もはや国内需要は殆どなく、ましてや輸出などもってのほか。大手流通スーパーも商社も鯨肉を扱う様子はない。
元々細々とした沿岸捕鯨しかなく、商業捕鯨など戦後になって本格化したに過ぎないのに「鯨は日本の食文化」等というデマに唆されて、大して美味しくもない鯨肉を食らったところで得るものは少ない。
自分は給食で散々鯨の竜田揚げを食らった世代だが、今更食べたいとは思わない。
食物連鎖の最高位で重金属がかなり蓄積しているという鯨肉を苦しみながら強要される国民はいい迷惑だ。
それでも鯨肉を食らいたいなら、アラスカのエスキモーと共に暮らせばよい。
結局、需要がないので捕鯨は国の補助金頼りだとか。
衰退漁業の捕鯨に使う金があるならその分をコンテンツ産業育成に回した方が余程日本の将来のためになる。
国も本音では金のかかる南氷洋捕鯨は止めたかったそうだ。
いきなり止めるのも反対派に屈したように見えるので取り合えず、沿岸捕鯨だけは形だけ残そうと。
それで需要がなければ自然消滅も止むなしと。
いずれにしろ、資源量云々以前に飽食の時代にわざわざ高等野生動物を食らうということ自体が野蛮人レベルと気がつくべきだろう。

ユーラシア大陸東側辺境の半島南側の国に戦略物資輸出規制。
かつて日本が圧倒的な経済大国であった時代ならば、こんな汲々とした事態は起こらなかっただろう。
その「力」がなくなったから、かつての植民地は強気に出られるようになった。
「貧すれば鈍す」である。
かつては日本が世界の景気を左右するほど国際経済のイニシアティブを握っていた。
それが今や漢民族国家の台頭に到って衰退し、その存在すら世界から忘れられようとしている。
戦略物資を制限したところで、もはや大した効果は得られまい。
なめられているのだ。
もはや没落日本にイニシアティブは取り戻せない。
年金老後2000万円不足云々も結局は国力衰退が生んだ災いだ。
強大な国家であれば、一人当たり2000万円などポケットマネーで補える。
それが出来なくなった時点でおしまいなのだ。

何やら7月に国会第2院選挙があるとかないとか。
もはやこんなものに何の意味がある?
相変わらずの北米軍事大国の妾である1950年代から思考停止した世襲与党と旧態依然の憲法を「毛沢東語録」のように振り上げて行進するしか能のない離合集散劣化紅衛兵野党、マスコミ。それに加えてNHK何とかとか、どうたら新撰組とか。
ふざけているのか。
こんな偽政屋に日本国を任せろというのか。
冗談にも程がある。
何かの悪夢にしか思えない。
まだ、ピカチューとか初音ミクが立候補したほうが救いがあろうと思うほど絶望的な候補者面々。

この期に及んでは浩宮天皇陛下に直々御出陣賜り、皇軍を率いて、この愚偽政屋を一掃し、「令和維新」として神聖皇国日本を立ち上げる以外に救いはないだろう。


「恋のテロリストNO.1」のいたいけな少女は歌う。
最後の仕事は地球を消滅。
原爆落として吹き飛ばしたわ。
死体の山が銀河に飛び散り、
・・・・ロケットで口笛吹いてラブソング


是非、恋のテロリストNO.1少女に日本の次期宰相の座を。
以上、梅雨の妄言終わり。原稿執筆に復帰する。


国民皆貧乏農奴の未来

報道
06 /20 2019
タカラの『人生ゲーム』というのがある。
メジャーなゲームなので説明するまでもないが、双六みたいなもので最後は「大富豪」か「貧乏農場」行きで上がる。
プレイヤーは有り金がわずかになると最後は一か八かで全財産をルーレットに乗せて、己の人生を運に委ねる。
そしてほぼ9割9分、身包み剥がされて「貧乏農場」行きとなる。

最近、財務大臣が「2000万円貯蓄がないと老後が立ち行かなくなる」とか発言して、民は右往左往。
公的年金だけでは暮らしてゆけぬと。

己が子供の頃は貯金すると利子が付くのが当たり前だった。
放って置いてもお金が増えていく時代だった。
だが、そんな高度成長期は終わり、バブル崩壊によって日本は経済大国から転げ落ち、超少子高齢化によって更なる衰退を加速させた。
この期に及んでは、もう公的年金で国民の老後を安定的に維持することは不可能になりつつある。
一方、貧富の差は開いて、富める者は平民からますます搾取するようになった。
この2000万円云々もその類だ。
すなわち、中間層が唯一の「命綱」として溜め込んでいる貯蓄を「投資」の名の元に吐き出させ、搾取する巧妙な罠という事。
公的年金では足りないから、お前の持っている貯金で金融商品を買えと。
「ニーサ」とかお洒落な名前が付いてはいるが、所詮はルーレットと同じ賭博だ。
慣れない者がそんな賭博に手を出したら、あっという間に元本割れして破産一直線がオチ。
儲かるのは胴元だけといつの時代も相場は決まっているのだ。
この2000万円騒動でパニックになった愚民は、まんまとこの罠に嵌って身包み剥がされるのである。
タカラの「人生ゲーム」と同じである。
もはや日本国民の9割方は「貧乏農場」行きだ。
日本はもう此処まで堕ちるに堕ちたのである。
経済大国から貧民大国への転落はあっという間であった。
貯蓄のなくなった「旧中間層」は土地と財産を奪われ、江戸時代の小作人と同じく、富裕層や地主の所有物として奴隷のように扱われるのだ。
妾世襲と劣化紅衛兵しか選べない選挙制度の下では、もはや政治に救いはない。
日本は明治維新以前の貧民国となる。
そのうち士農工商も復活するのではないか?
飢餓も頻発して、毎年100万人単位で餓死していく。
「貧乏農場で餓死」
これが近い将来の日本人の平均的な末路であろう。




あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/