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小学49年生 昭和91年の夏休み日記

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08 /01 2016
世間は夏休み。

先週は土用の丑の日というのがあった。
かつては特別な時に専門店で嗜む鰻丼が、スーパーに山積みされる時点でもう常軌を逸っしている事にそろそろ気が付く頃。
鰻はコロッケじゃないよ。
子供の頃にはこんな習慣は記憶になかった。
今は強迫観念に追われて鰻を食わずにはいられなくなったのだろうか?

ゴジラの新作「シン・ゴジラ」。
まだ観ていない。
夏休みになると「映画大会」みたいなのを公民館やら学校でやっていた記憶がある。
深夜のテレビで恐怖映画も流されていた。
今は新作映画よりも、1960年代の「社長シリーズ」や「駅前シリーズ」が楽しい。
当時の風景やアイテムが焼きついていて香ばしい。
まさに芳醇な熟成されたワインのごとし味わいだ。
夏休み、母方の里(といっても世田谷区奥沢)に帰るとバヤリスオレンジが定番。
そんな情景が「社長シリーズ」とかの映画には確実に残っている。
たまにBSなんかで放映されていると食い入るように画面に魅入る。
当時の自分を探すかのように。
「1969年の俺はどこにいるのだ?」と。

先日、NHKで大阪万博のことをやっていた。
もはや、これすら「歴史」番組で扱われるようになったのか。
自分は万博には行かなかったけれど、1970年代的「未来」潮流を今になって猛烈に渇望する。
大阪万博を忠実に再現したテーマパークがあったら、確実に通うだろう。
「70年代われらの世界」を口ずさみながら。
そこで、あの時、得られなかった「未来への羅針盤」を拾ってくるのだ。

昨日19時過ぎ、都知事選投票のため嘗て通った学校へ。
7月最後の黄昏空が広がる。
ヒグラシの鳴き声に子供時代の記憶を反芻させる。
通過儀礼なき我が人生からすると今年で小学49年生だ。
小学49年生の絵日記には何と記そうか?
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夜、蚊取り線香をつけて庭で花火をする。
これも45年近く前の夏休みの反芻作業だ。
思ったよりも燃焼時間は短く、儚きぞ花火の寿命。
灯りにコフキコガネが集まってくる。子供の頃、マジックで番号を付けて放し、翌日戻ってくるのを楽しんだ。そんな記憶が蘇る。
今夜遣ってきたコガネムシは、もしや45年前に己が放ったときの虫か?
IMGP8356a.jpg

永遠の夏休み。
8月32日のゲートを今年も探し続ける。

「夢声戦争日記」を読み始める

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07 /02 2015
「夢声戦争日記」を最初から読みはじめる。
徳川夢声という戦前、戦後に活躍した漫談家、俳優、随筆家が記した太平洋戦争中の日記。
父親の書棚に全巻揃っている。
これまでも終戦間際の部分は掻い摘んで読んだことはあったが、昭和16年暮れからは初。
いまのところ、第2巻の昭和17年末まで読み進んだ。
戦争中の庶民から見た戦争というコンセプトだが、夢声は当時の売れっ子タレントみたいなものだから若干違う。
開戦直後は日本軍の快進撃に疑心暗鬼。上手く行き過ぎているところは当時の一般人も感じていたよう。
それに、開戦日はコックリさんの予言通りだとか、開戦して何もかもスッキリしたとか、炎上でもしそうな内容なのだが、実際そんなものだったのだろう。
また、日記の大半は食う事と飲むことばかり。
酒もガブガブ、タバコもスパスパ。
人伝で高級ウイスキーも手に入る。
戦争中の緊迫感はあまり記されていない。
昭和17年4月のドーリットル東京初空襲も報道管制で被害のニュースも流されず、これは日本軍の「やらせ」ではないかと疑っている記述も興味深い。
今のSNSとあまり変わらない。
戦時一辺倒という雰囲気もない。芸能活動も思ったより制限されていない。中村メイコが子役で出てくる。
当時、夢声は49歳位。でも「耄碌」したとか記されて当時の五十路はもう、老年という感覚。
結婚も2回して、娘息子も3人位いるようだ。
サザエさんに描かれた波平が50代というのも頷ける。
日本が占領したシンガポールまで慰問した記述も興味深い。当時の林家正蔵も慰問団に参加していたのか。
洋の東西を問わず、芸能人が戦線を慰問するのは当然の義務だったのだろう。
潜水艦に商船が沈められる頻度が高まっていた頃なので、慰問に参加した芸能人たちも命懸け。
時勢柄、国のために何かを為さねばいけない焦燥感が生々しい。
人を笑わせる仕事は、戦争になると途端に疎まれたりする。だから国のために率先して軍に協力する姿勢こそが。有事の芸能人には求められるのだ。
だが、勇んで南方行きの船に慰問団として乗り込んだものの、船室は2等以下。軍属のタイピストよりも待遇が悪く、同じクラスに配属されていたのは慰安婦達。
慰問先でも無頼な現地陸軍将官から「男はいらん。女だけ派遣しろ」とか理不尽な要求されたりと結局、軍からすれば芸能人なんてこんな程度と、憤慨する夢声の怒りが興味深い。海軍のほうがまだマシだったらしい。
夢声はシンガポールで病気になって現地の陸軍病院に入院してしまうのだが、そこでなぜかお腹のサナダムシを駆除してもらう描写が可笑しい。
恐ろしかったのは、軍属の女性事務員が捕虜の英兵を顎で使うシーン。それに夢声が嫌悪感を示していたのは何となく頷ける。
いまのところ、読んだのは昭和17年末まで。
おそらく、ここから戦況も悪化し、阿鼻叫喚となるのだろう。
でも、売れっ子著名人の日記(現在のブログ、SNS含め)は古今東西、常に飲食し、人と会い、何処かに行き、好奇心旺盛に何かをしている記述で埋まっている。一時たりとも無駄な時間を過ごさない。
愚痴、不満ばかり記しているのは大抵、うだつの上がらないレベルだ。
それだけは解った。
戦争中だろうが、平時だろうが、それは変わらない。
時流に合わせ、臨機応変に動かねば生き残れない。悲観も楽観もしない、如何に生き抜くべきかが必須なのだろう。
恐らく、70年以上経った今も、基本は同じか。

ミラーサイト開設

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02 /22 2009
あびゅうきょ公式サイトにある日記の予備サイトとしてこのブログを開設した。
基本的には公式サイトと内容は同じ。
公式のほうはホームページ作成ソフトで作ったページに書き込んでアップロードしていたのだが、もう10年前のパソコンをずっと使い続けていたのでそろそろ限界。
そこでアプリケーションに依存しない日記サイトを予備として作ってみた。
以後、こちらもよろしく。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/