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ハロウィン妄言

日常
10 /27 2018
気がつくともうハロウィンだ。
今年のハロウィンカード。
ハロウィン1810色ab
季節的には冷暖房も要らず、心地よいシーズン。
このハロウィンというイベントが日本で盛り上がり始めた10年位前は、妙に心地よいものだった。
しかし、最近はどこか俗っぽい面が肥大化して新鮮さが失われつつある。
あとお祭り騒ぎに対する抑圧も何だか冷や水を浴びせているような。
クリスマスに並ぶ一大商期に成長したから、このまま萎むということはないだろうが、お祭りとしては基礎が軟弱で方向性が定まらない。

某コーヒーショップ(フランス語で黒猫)がこのシーズンにコップに乗る「ふちねこ」のハロウィンバージョンを景品として出している。

ドリンク3杯分のレシートで一つ貰える。全部で5種類。
特に集めるつもりはないのだが、何となく気になって手を出す。
10月末日までなのでもう粗方都内の店舗では在庫切れ。
わずかに吉祥寺の店舗に残っていたので、わざわざ3杯分のドリンクを1日でオーダー。
かなりお腹に来る。
最低でも600円以上はかかる。
普通の小物ショップで売っていたら100円でも買わなかったろう。
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やはりモノを売るためには、話題性、希少性、期間限定感を醸し出し、購買欲を煽る戦略が必要だということを学ぶ。
店にいた間、半数以上の客がこの「ふちねこ」をレジでGETしていた。
中には数人で来店し、一気にドリンクをオーダーし、複数景品交換する客も。
日本は平和だ。

最近は電子書籍関連のアプローチが多い。いろいろと原稿依頼や電子出版の依頼を頂く。
既刊作品ばかりでなく、オリジナル連載配信も増えてきたようだ。
電子書籍だから在庫管理、取次、流通、印刷費等から解放され、もっと伸び伸びと広範囲なジャンルで展開出来そうな印象を持つが、実際は紙の媒体と大きな違いはなく、確実に売れるジャンル以外は、あまり冒険的な作品を欲しない。
だから自分のような特殊でマイナーな漫画家の作品は電子書籍でも掲載のハードルが高く、なかなか企画が現実化しない。
時代は確実に電子化に向かって入るが、電子書籍ジャンルは紙媒体に比べ、まだまだ業界規模が小さく、先行投資する余裕がないようだ。
だから結局Kindleのような巨大外資系に席捲されてしまうのだろう。
描き手からしても、印税70パーセントは魅力。
但し、個人出版だと、宣伝、経理、作品管理等全部自分で処理しなければならず、相当な知名度がないと商売にすらならない。
ある程度は既存の電子出版社と組み合い、柔軟で多角的な販売戦略を構築していく手立ては必須と思う。

ところで既存単行本を電子化する場合、ほとんどが「底本」からのスキャンに頼っているという。
「底本」とは紙媒体で出版した本を指す。この「底本」をそのままスキャンして電子化するということだ。
自分は今のところ、「底本」を使った電子書籍化は一部の同人誌を除き、実施していない。
一旦、印刷された作品は線が掠れたり、潰れたりして原画の魅力を著しく損なっている。
特に自分のような細かい描写で構成された絵の場合は影響が大きい。
繰り返しになるが電子書籍化する際は、すべて原稿からグレースケールでスキャンしなおし、ゴミや下書きの線を取り除き、ネームも改めて打ち直して版下を作る。
これが思ったよりも手間が掛かる作業で、単行本一冊分に一ヶ月位掛かってしまう。
拘りがあるので、人に任せる訳にもいかない。
だが、自分の作品をよりクオリティーの高いレベルで読者に観て頂くためには当然の工程だと考えている。
単に「底本」をスキャンして電子書籍化するという手法が自分には理解しがたい。
描き手の漫画家のほうもこれで満足なのだろうか?
これが電子書籍がいまひとつ伸び悩む理由なのかもしれない。
もっとも改めて原稿からスキャンするというのは膨大な作業量になるからその経費を考慮すると商業レベルではペイしない。
だから漫画家側も電子書籍出版社側も安易な「底本」スキャンで妥協しているのだろう。
が、読み手からすれば電子書籍ならではのクオリティーを欲しているはずだ。
でないと有料でダウンロードする理由付けが希薄になる。
いずれにしろ、こういう手間を省いていては、なかなか電子書籍の未来は開けないと思うこの頃。

昨今ニュースで流れる様々な「報道」は、もう数日で忘れてしまう。
ちょっと気になった事も、あっという間にどうでもよいことと化す。
昨日も、中東のどこかで人質になった「フリージャーナリスト」が解放されてどうのこうの云々というニュースが流れてきた。
巷では「プロ人質」だとか「自己責任」だとか、その是非を巡って不毛な呟きが行き交う。
もう最近は、どっちの立場にしろ、「己の正義」をSNSという「肥溜め」に投げ込む糞尿中傷合戦には辟易。
その「飛沫」が飛んできたところで何の徳にもならない。
貴重な限られた人生を無駄にしないためにも首を突っ込まず、スルーするのが一番だ。
どうせ数日経てば忘れてしまう。
でもまあ、定かではないが国家レベルの「救出劇」に発展したに拘わらず、この人は取り合えず「ジャーナリスト」としてこれからも生きていけるのだろう。
一方で、たかがスマホで女性のスカートの中を「盗撮」しただけで社会的信用を失ってしまう男性と比べると、あまりにもその行為と結果の格差が激しく、香ばしい思いに駆られる。
こんなどこか狂っている「メディアの正義」に翻弄されては、本当に人生の無駄である。
相手にしないのが身のためだろう。

テレビで『もののけ姫』を放映していた。
公開されてからもう21年も経っているのか?
当時即興で描いた主人公アシタカの落書き。
アシタカ19970730aa
ちょうど最初の劇場版『新世紀エヴァンゲリオン」もこの年だった。
世紀末の緊張感漂う1997年界隈。
この二大ヒットアニメ作品が当時の時勢を象徴していた。
『もののけ姫』のラストで、ヒール役のジコ坊がこう呟いた。
「いや参った参った。馬鹿には勝てん」
これが当時の宮崎駿氏の本音なのだろう。
レプカにしろ、カリオストロにしろ、ムスカにしろ、四角い顔の悪役は皆、宮崎駿の分身だ。
若者は馬鹿になれる。歳とって分別つくと、新しい思考が出来なくなる。
年老いて硬直していく己を嘆いたのかも知れない。

日本は超高齢化社会を驀進中だ。
もう「馬鹿」になれる者もいなくなり、滅びの道を行くのみ。
あるのは右も左も上も下も「老害似非正義」ばかりなり。
アシタカやもののけ姫みたいな「昭和純愛カップル」などもう望むべくもない。

新たな世代が生まれなければ一巻の終わりである。
ハロウィン妄言終わり。

9月諸々

日常
09 /28 2018
もはや9月も終わろうとしている。
台風24号が沖縄の南辺りで停滞し、秋雨前線が関東地方に長くかかっている。
典型的な秋の長雨パターン。
東京は梅雨時よりも9~10月の秋雨のほうがダメージが大きい。
昨年も、この時期尽く週末雨に降られてイベントが潰れてしまった記憶がある。

少し前になるが、東京駅の美術館で開催されていた「いわさきちひろ」展を観た。
練馬区にある専用ギャラリーにも過去赴いたことがあるが、今回はスペースも広く大規模。
いわさきちひろといえば、自分の幼年期、すなわち1960年代のシンボリックな絵本画の典型であった。
学校の図書館や病院などの待合室には必ずといってよいほど彼女の本が転がっていた。
テレビまんがばかり観て、児童文学や絵本をまったく読まなかった自分ですら知っている作家。
今思うと、思想的にバイアスがかかっていてやや複雑な気分になるが、いろいろと経歴なんかを垣間見ると山の手のお嬢さんという感じで裕福な家庭に産まれたが故に自由な創作活動が許されたんだろうなあと羨ましくなる。
実家が裕福でないと、クリエーターが大成することはなかなか難しいのは今も昔も変わらない。
そういうことばかりが気になってしまい、作品自体の感想は二の次になってしまう。
しかし、シンプルな線で情感を表現するのは、1960年代特有だ。
『ねこじゃら市の11人』のオープニングと同じだ。
あの頃は若者が人口比の多くを占めていた。
だから、常に皆前のめりに生きていた。
が、若年層は多かったが、大学生の数は全体の2割程度。
高度成長期の企業にとっては大卒は貴重な人材だったから、学生運動等で多少暴れてもいくらでも就職口は見つかった。
火炎瓶を投げてゲバ棒振り回しても終身雇用が約束されていた時代。
今だったら、大学生など特別ではないから、下手な運動したらもやまともな所には就職できない。
いわさきちひろの絵を観ていると、そんなエネルギー溢れた1960~70年代の残滓が迫ってくる。
昔の左派系新聞に連載していた「働く女性」みたいなコラムに真空管を手作業で作る女工エピソードの挿絵が紹介されていて、古き良きアナログ時代は遥か古に遠ざかってしまったことを改めて感じる。
別に真似した訳ではないが、いわさきちひろ風に水彩を淡く溶かした絵を描いたことがある。
これは自分の学生時代に描いた落書き。
昔の水彩画1979aa
だがこんな画風で漫画は一度も描かなかったな。

もうひとつ、自分の学生時代の後輩が出展している展示会にも足を運んだ。
国立の閑静な住宅街の中にあるギャラリー。
現代芸術っぽい作品が多い。参加しているのはアマチュアの方が多いのだろうか?
しかし芸術にアマもプロもない。アートとはそういうものだ。
出展物の中に、蛇状に長いルービックキューブみたいなものがたくさん机に置かれていたコーナーが。
観覧者が自由に造形してよろしいと案内されていたので、ひとつ徐に手にとってくねらせる。
そしてタイトルも記す。
題して「58才児」。
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適当に赴くままに作ったので主張も何もない。
強いてあげればそんな無目的に時間を過ごしていたらまともな造形物に至らぬまま還暦近くまで子供のまま年取ってしまった事を訴えてみたと、適当に自分を納得させる。
暫くすると、50代くらいの女性グループがこのオブジェの前を通りかかり、笑い出した。
「58才児ですって。ぎゃはははは」
多少でも反応があるだけマシだという事か。

更に、知人のアマチュアバンドライブにも顔を出す。
1970~80年代のJPOPsである。
「おやじバンド」ブームというのがあって、定年近くの会社員が組んで若き時代のニューミュージックを演奏するグループが増えた。アマチュアといっても腕や歌唱力は馬鹿にならない。
あの頃は才能があっても、一般企業に就職する以外、選択肢はなかった。
プロになるのは極々限られた者だけ。
今のようにユーチューブなんかなかったからアマチュアの自己表現の場など限られていて、サラリーマンになったらひたすら滅私奉社の時代。
会社員やりながらバンドなど不謹慎といわれた。
みんな趣味を捨てた。思えば乏しい時代。
そんな世代が子育ても終わり、余裕が出てきて再びかつて爪弾いていたギターを取り出し、歌いだしたのだ。
一流企業に勤めている人が多く、定年後も年金で潤える世代だから皆、悠々自適。
「いわさきちひろ」と同じである。

還暦とは次世代を育み終わり、これから悠々自適に余生を楽しむ入り口なのだ。
しかし、そのためにはお金がいる。
お金のない絶望独身男性還暦は惨めだ。
表現活動を趣味ではなく、生業にしている者は生涯現役で死ぬまで仕事で描いていかねばならぬ。
描けなくなったらおしまいだ。
「58才児」に余生を楽しむ60代はやってこない、としかと心得ねば。

2018年横田基地友好祭

祭り
09 /16 2018
季節は移ろい、気が付けば9月中旬。暑さがぶり返すこともあるが、もう流れとしては秋の気配。
「ハロウィン」のデコレーションが出現したら、もう夏は過去の追憶の彼方。
18時にはもう暗くなってしまう。
儚きぞ夏。
数年前から9月開催となった横田基地友好祭。
毎年のルーティンとして欠かせない横田詣。午後3時前に基地到着。
午前中はあいにくの雨で人出も少なく、いつもとはうって変わっての閑散とした第5ゲート。
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タイミングよく正式配備となったオスプレイも展示飛行を実施していた。
以前にも海兵隊仕様オスプレイは横田で展示されていたが、今回は空軍型。
沖縄に行ったときも飛行状態のオスプレイは目撃していなかったので今回が初めてか。
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雨が止んでも空は曇天。
こんな日はまともな写真は撮れない。
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地上展示のオスプレイも盛況。機内も撮影可能。
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以前、海兵隊型を見学した時にも感じたのだが、配線がむき出しで、乗組員はその胎内に押し込められている感じ。
もはや人の乗る航空機ではない。オスプレイ自体がトランスフォーマーして戦闘ロボットに変形すればよいのだ。
オスプレイ以外にも、航空自衛隊のC2輸送機が初展示。
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C1より確かに大きそうだが、隣に米空軍のC5ギャラクシーが駐機してしまっては台無しだ。
あと、昨年に続き、横田に配備されている無人偵察機も展示されていた。
隊員の娘さんだろうか?可愛い売り子がいたので思わず部隊ワッペンを買ってしまった。
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更にはお馴染みの機種が並ぶ。
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一通り写真を撮った後、食事。
いつもの「色水」ことゲータレート。
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近年、エナジードリンク目当てに米軍基地祭りに赴く人も増えたとか。
やたら自販機に行列が出来ていると思ったら、これか。
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日本国内では販売していない品種もあって大量に買っている者も。
エナジードリンクなど飲んだことがないのでよく判らぬ。
服用すると目が冴えると聞いたので●●●●のようなものか?
一方で米軍基地祭には平成が終わろうとしている今も、パンパン風の婦女子が徘徊しているのは相変わらず。
これも風物詩として欠かせない。
あと、日本人の雇われ警備員風の男子も多く見受けられた。
拳銃をぶら下げていてかっこいい。
日本国内で日本男子がいつでもぶっ放せるスタンスでGUNを所持出来るのは米軍基地内で雇用される警備員位。
少年時代の夢や憧れも未だ進駐軍の敷地内に閉じ込められている。
今更、どうしようもないのだが。
19時頃、基地を後にする。

8月が逝く

日常
08 /30 2018
8月3週連続ビッグサイト行商イベントもお蔭様で、何とか乗り切る事が出来た。
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猛暑に加えて7月末からの夏風邪、尿管結石発症などで健康面的にしんどい面も多々あった。
が、客観的に鑑みれば10年くらい前であればもっとハードなスケジュールでもこなせていた気がする。
一つのことを処理するのに加齢と共に時間がかかるようになったし、クオリティーも低下してきた。
結構頑張ったつもりでも、遣り残した案件が山積みだ。
「やりたかった事」も「やらねばならない事」も全然出来ていない。
ただ時間だけが経過し、いったいその間、何をやっていたのだろう?


この8月は猛暑であったが、吸い込まれるような青空にも恵まれた。
蝉時雨と焼け付くような日差し。
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感性が研ぎ澄まされた年齢であればそれを創作の糧として貪欲に表現したであろうが、還暦を前にひたすら暑さに耐えるだけの我が身が腹立たしい。

8月の夜空は15年ぶりに地球に大接近した火星が夜空に煌々と赤く照っていた。
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探査機画像でなく、己の裸眼で火星像を垣間見たいと望遠鏡購入を模索したが、やはり高価なものをこの時のためだけに出費するのは躊躇する。
だが次の大接近時にはもうそのような気力体力が維持されている可能性は少ない。
これまた「やりたかったこと」が結局出来なかった事案の一つでもある。

たまにテレビで放映される昭和30~40年代に制作された『社長シリーズ』や『駅前喜劇』という高度成長期華やかなりし頃の映画。

これを観る度に思うことだが、この頃の映像が丁度熟成されたワインのごとく、芳醇な味わいを見せてたまらなく「美味しい」のだ。当時の風景、人間関係、服装、家屋、風俗、飲食物等そのすべてが自分の子供時代の空気感そのものを運んできて、心地よく酔えるのだ。
今だったらコンプライアンスに反することも公然とやってのける爽快感もある。
「あの頃はよかった」というものでもない。当時に戻っても水洗トイレもコンビニもないから、恐らく耐えられまい。
しかし、半世紀を経てあの時代を垣間見ることが、とても喜びに感じるのは紛れもない事実なのだ。
垣根や庭のある文化住宅、バヤリスオレンジ、リプトンのティーバック、カルピス等のアイテムが己の琴線を直撃するのだ。
例えれば一種の廃墟探訪や遺跡発掘に似た快感だ。
その映像には「生きた化石」が存在しているのだ。
感動できる映像はいまやこれ位しかない。
これも歳をとったせいかも知れぬ。

戦後昭和45~55年代くらいの子供時代を描いていた超有名漫画家が鬼籍に入ったという。
残念ながらこの方の作品はまったく読んでおらず、アニメも殆ど観なかった。
新聞連載の原作「サザエさん」は映画「駅前シリーズ」「社長シリーズ」同様に時代感覚がシンクロしてくるが、この「小さい丸の女の子」作品は、なぜか全然ピンと来なかった。
世代が10年も離れていないのに妙である。
因みにこの漫画家さんは、まだ50代前半だったそうだ。
でもまあ、漫画を生業とする身としては「人生50年」位がいいのだ。
売れていようと売れていまいと、だいたい感性が研ぎ澄まされるのは50代位まで。
あまり長生きして表現活動の第一線に留まろうとすると、「老醜」、「老害」と化して疎まれるから、これくらいが良い。
人は年取れば表舞台から姿を消して、影ながら次世代の支援をする役に徹するのが人生の作法。
それが出来なければ、鬼籍に入ったほうが世のためになる。
もっともこの漫画家さんは時代を一世風靡したほどの作品を輩出したのだから、悔いも何もなかろう。
クリエーターとして満願成就である。
この方が生前、こんなことを言ったそうな。
「何の苦労も下積みもなく、好きなことを描いて超売れっ子になってしまって申し訳ない」とか。
いや。それでいいのである。
漫画家に下積みも苦労もいらない。
そんなもの百害あって一利もない。
研ぎ澄まされた純粋な感性をそのまま表現し、世に問うことが出来ることこそ、表現者の理想である。
それが世に受け入れられヒットすることは表現者が食っていける必須条件だ。
下積みとか苦労はそんな感性を曇らせてしまうだけ。
結果、荒んだ人生観や人間関係を背負わされて、クリエーターとしてダメになっていくだけだ。

今年の8月も逝く。
永遠の夏休みのゲート、「8月32日」を探して彷徨い続け、気が付けば還暦が近づく。
儚きぞ人生。

あびゅうきょ

漫画家あびゅうきょ
職業/漫画家
ペンネーム/あびゅうきょ
生年月日/19××年12月25日
血液型/O
星座/やぎ座
出身地/東京都
帝京大学法学部卒
徳間書店刊「リュウ」1982年5月号『火山観測所』でデビュー
著書/
大和書房刊『彼女たちのカンプクルッペ』(1987)
講談社刊『快晴旅団』(1989)
日本出版社刊『ジェットストリームミッション』(1995)
幻冬舎刊『晴れた日に絶望が見える』(2003)
幻冬舎刊『あなたの遺産』(2004)
幻冬舎刊『絶望期の終り』(2005)

公式ホームページ
http://www.ne.jp/asahi/abyu/abe/